「ホップ君...まさかもう逃げられたとか言わないよね...?」
舞踏会の会場となった広間でコードレーンストライプのロングタキシードを着こなしてフリーダムの元同僚と談笑しているホップを見つけて、両側に双子を連れたシザーは声をかけた。
「ちっす、シザー。双子も今日は一段と可愛いな~」
3人に気づいたホップが話している相手を少し制して3人の方を振り返る。
「ありがとう。ホップも素敵ね♪タキシード」
ジャスミンがその言葉にこたえてにっこりした。
兄のシザーが用意してくれた、ファーと色違いのフアっと広がるピンクのドレスがジャスミンの気分をこれ以上なく浮き立たせている。
一方ブルーのドレスを着たファーの方はあまり自分の格好に興味はなさそうだが、肩先についた大きなリボンをひるがえしながらシザーの左右を歩く双子の可愛らしい姿は会場中の注目を浴びていた。
だが一見優しげな、しかし怒ると誰よりも危ないと言われているシザー怖さに自主的に近づいてくる勇気ある輩はいない。
それがジャスミンには少しさびしかった。
「あとで私とも踊ってね?」
ふわりと兄から少し離れてホップに近づくと、にっこりと背の高い同僚の少年を見上げてささやく。
その身につけている香水のような甘い言葉にホップはジャスミンから半歩あとずさってその場に膝まづき、肘まで真っ白な手袋に覆われたその華奢な手をとった。
そして
「お姫様のおおせのままに」
と、いたづらっぽく笑って軽くその手に口付けるが、すぐ
「はいはい、ジャスミン口説く前にひのき君はどうしたの?」
とシザーがそこにそそくさと割って入り、ジャスミンをホップから引き剥がす。
「あ...引き剥がされた」
ホップは苦笑した。
そして
「タカならあっち。フェイロンと一緒」
と、後方を親指で指差す。
ホップが示した方向にはフリーダムの一団が陣取っていて、その中心でフリーダムのこちらも若きリーダー、フェイロンとひのきが談笑していた。
「ふ~ん...あれかなぁ...ひのき君がいまいちブレインに懐いてくれないのはフリーダムがあるからなのかなぁ...」
ジャスティスといてもブレインといても無愛想なひのきがフリーダムの面々と楽しげに談笑する図を目の当たりにしてシザーは少し複雑な表情を見せる。
ブレインにしてもフリーダムにしても3年ほど前トップが代替わりしたのだが、先代まではお互いあまり良い関係とは言えなかった。
シザーが先に、そして1年ほど遅れてフェイロンが同世代でそれぞれトップになり、お互い代替わりをした事だしと、シザーはあまりよろしくなかった関係を一新したいと思っているのだが、向こうはお世辞にもそういう気持ちがあるように見えない。
そんな背景もあって若干ウツウツとした気分になるシザーにホップがフォローをいれる。
「う~ん...別にそういうわけじゃないとは思うけどさ、元々仲良いから、タカとフェイロンは。
別にシザーの事が嫌いなわけじゃないさ」
ホップはフリーダム時代からひのきとはつきあいがあり、ひのきがフリーダムの面々やフェイロンといてなごむのもわかる。
そしてそれと同時にジャスティスとなってブレイン側とも接するようになったので、シザーが色々心を砕いているのもよくわかっていた。
「似た者同士なんだよな、タカとフェイロンは。
シザーが色々気を使ってるのは二人ともわかってるんだけど、なんていうか...
悪意は持ってないんだけど、最低限の関係が保ててればそれほど親密な関係を持たないでも良いと思ってるんだと思う。
例えば...シザーはほら、何かする時あらかじめみんな誘い合ってみんなの都合がつく時にしようとするじゃん?
でもフェイロンは突発的に何か思いついて何かする宣言して、その時たまたま暇でやりたい奴は参加して都合つかない奴、参加したくない奴は、またなって感じなんだよ。
だからなんつーか...それに慣れてるタカには重いんだと思う...その気の使われ方が...」
「重い...と思われてるのか...。
でも僕が何を企画しても、自由参加だとひのき君は絶対に参加してくれない気がするんだけど...」
フォローのつもりで言ったのだが、それで更に激しく滅入るシザーに、ホップは少しあせって頭をかく。
「そりゃな...毎度毎度こんな学芸会みたいな格好で来いって言われたら引くだろ、普通。
シザーの企画ときたら舞踏会だのクリスマスパーティーだのハロウィンパーティーだのわけわかんない仮装大会ばかりだからな。
どうせ新人の歓迎会でも模擬試合とかなら普通に出てやるぞ?」
「タカ~っ」
延々と続く二人のやりとりに気づいたらしく、いつのまにかホップの後ろにひのきが立っていた。
ホップがホッとして大きく息をつく。
「え~、学芸会じゃないよ~。今日のひのき超カッコいいよ!!」
それまで所在なげに兄とホップのやりとりを聞いていたファーが嬉しそうにひのきを見上げた。
「やめろ。フェイロンと今お互いに似合わなさ加減を愚痴ってたとこだ」
ファーの言葉にひのきは眉をしかめる。
「いや、まぢフェイロンもタカも板についてるって。
オリエンタルビューティが二人並んでタキシード着て話してる図ってなかなか壮観だったさ」
ホップもファーに同意した。
フェイロンもひのきもスタンダードな黒のタキシードだが、中華系のフェイロンも日系のひのきも夜の闇のような漆黒の髪と瞳がタキシードの黒に映えてなかなかさまになっている。
ブルースター本部内で唯一の日本人のひのきは結構目立つ存在だ。
日本人特有のきめの細かい肌、真っ黒な髪、鋭いが綺麗な切れ長の漆黒の目。
もちろんジャスティスとしての能力の高さも、女性の気をひく要素はそろっている。
ただその性格はというと...近づきがたい雰囲気をものともせずアプローチをかけてくる果敢な女達を愛想のない態度で一刀両断に切り捨てていて、無愛想な怖い人間と認識している人がほとんどだ。
フェイロンは同じく漆黒の髪と目の精悍な顔立ちの青年で若くしてトップに上り詰めただけあって腕も当然たつ。
男所帯の諜報部のボスなどやっているためか、親分肌の見るからに頼もしい感じの男だ。
二人とも自覚はないが、端正な顔立ちと凛とした立ち振る舞いで密かに女性陣に人気があったりするので、さきほどからパーティーが始まったらダンスを申し込める位置に、と陣取ってる女性も少なくはない。
「まあ...でもとりあえず開始の挨拶までは、ちゃんといてやるから安心しろ」
オリエンタルビューティーはやめろとゴツンとホップの頭を軽くゲンコツで殴って、ひのきはシザーに声をかけた。
「フェイロンも...別にブレインに悪意を持ってるわけじゃねえんだけどな...
たまに呼ばれるのがこれだから反応に困ってんだよ。
普通に仕事関係の話から接点持ってみた方がいい」
「そっか。アドバイスありがとう。ちょっと頑張ってくるよ」
シザーは気をとりなおして双子を連れてフリーダムの一団の中に消えていった。
それを見送ってひのきはホップに
「んじゃ、そういうわけで、挨拶と同時に退散しやすい位置キープしてくる」
と、声をかけてバルコニーに近い位置に足を向ける。
それをさらに見送ってホップはその間待たせていた元同僚との会話を再開した。
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