青い大地の果てにあるものオリジナル_1_1_序章

彼女は僕に優しく微笑み、僕をなぐさめ、励ました。
産まれてこのかた子供扱いなんてされた事のない僕はすごく嬉しかったのに、どう応えていいかわからず、ただ無言でうつむく。

そんな僕の頭をなでる手は僕の頭をすり抜けてしまって、彼女は少し困ったように自分の手をみつめて苦笑した。

実体がなくても彼女は確かにそこにいたんだ。
夢じゃない。
その証拠に僕は今一人でここにいる。

僕は消えない彼女に会いに行く。
きっといつか...消えない彼女の手を握りしめて、今度は僕から微笑みかけよう。
それがおそらく全ての始まりだった。




本部ジャスティス見参


ジャスティス一の素早さを誇る自慢の足で仲間達より一足先に指定された現場に来てみれば、目の前に広がっていたのは多数の大きなミミズのような生き物...
ウネウネと動き回るそれを見てジャスミンは一瞬息をのんだ。

「今日は敵多いからね~。久々に全員で行っておいで♪」
にこやかにヒラヒラと手を振って自分達を送り出した上司でもある兄の姿が脳裏をちらつき、ポカ~ンと驚いた表情はみるみる険しくなっていく。

「あの人の良識を信じたあたしが馬鹿だったわっ!」
と、ジャスミンは怒りの叫びと共に大きなハシバミ色の瞳を釣り上がらせ、ぷぅっと頬を膨らませた。


時は西暦2800年。第3時世界大戦勃発後、全人類の9割が死に絶えた地球。

文明も国家もかなりが崩壊し無法状態と化すも、やがて一部の人間を中心に秩序ある世界に戻そうという団体が生まれる。
世界の警察、ブルースター…やがてその団体はそう呼ばれるようになった。

そしてそれは現在、主に"普通の人間"で構成される研究員集団、通称"ブレイン"と、諜報部隊、通称”フリーダム”、そして武器化するクリスタル"ブレストアームス"に選ばれた極々少数の特殊戦闘員"ジャスティス"によって構成されている。

彼女ジャスミンも外見は栗色のツインテールが可愛らしい普通の16歳の少女なのだが、この世に12個しかないクリスタルに選ばれた数少ないジャスティスなのだ。

その証とも言えるクリスタルのペンダントがキラリと胸元で揺れている。


(虫系の敵は絶対に嫌だって言ったのに...本当に嫌いなのに...そういうのは他に任せるって言ったのに...兄さんたら絶対に許さないんだからっ...)

ジャスミンがブレイン本部長でもある彼女の兄、シザンサスの顔を半分殺意を感じながら思い浮かべてブツブツつぶやいていると

「うん。私ら虫系はパスさせてくれるって言ってたよね、兄さん」
と、追いついてきたジャスミンの双子の妹、ファレノプシス、通称ファーも大きくうなづいた。

顔はジャスミンそっくりだがこちらはショートヘアで、その髪型がかろうじて二人の区別を可能にしている。
もちろん彼女もまた、ジャスティスである。


「そんなわがまま抜かしてたのか、この双子は...」

そんな二人の会話にあきれと怒りを含んだ声でつぶやくひのき。
ブルースターの中では数少ない東洋人だ。
その胸元にはやはりジャスティスの証であるクリスタルのペンダントが光る。

ジャスティスの中でもトップクラスの腕を持つ...しかし誰に対しても甘えを許さない、融通の利かない男と言われているひのきに対して臆することなく、二人は双子だけあってクルっと同時に振り返って、音声多重で宣言する。

ひのきっ、虫は任せたっ!私らあっち殺るからっ

二人がやはりピシっと同時に指をさす先には、魔導で強化された敵の特殊能力者、イヴィルが二人たたずんでいる。


いつの頃からか現れた謎の集団レッドムーン。

彼らが送り出し世界を混乱させている魔導生物も特殊能力者イヴィルも、ジャスティスのアームスでしか倒す事ができない。

ゆえに大げさではなく世界の秩序と平和は本部5名をはじめとして各支部に分かれて戦っている最大でもたった12名のジャスティスによって保たれているといっても過言ではない。


「お前らわがままっ!えり好みせずにまじめにやれっ!」
ひのきが怒鳴ると、双子はぷ~っと膨れた。

「え~、か弱い乙女に虫の相手させるのぉ?」
と、ジャスミンが、

「虫...はとにかくミミズは本当に気持ち悪いんだよぉっ。
皆と違って私ら武器が武器だから」
とファーがそれぞれ後ろに向かって言う。

「しかたないですねぇ...いいですよ。
虫は僕とホップで引き受けますから二人は女のイヴィルの方を殺って下さい。
ひのきは...男のイヴィルと相打ちで死んできて良いですよ」
譲りそうにないひのきを見て、口をはさんだのはアニソドンテア。

「ありがと~!アニー優し~!!」

双子は女の子には果てしなく紳士で優しく、男には容赦のないフランス系の少年に極上の笑顔を向けた。

「いえいえ。女性にミミズの相手しろなんてひどい事、ひのきと違って僕にはとてもとても言えませんから...」
柔らかい物腰の金髪碧眼の美少年はそう言って二人にニコッと優しげな笑顔を返す。


「アニー...双子にはひどい事言えなくても、俺には言ってるし...」
その横でミミズ組に有無を言わさず組み込まれていた赤毛のアメリカ人、ホップがボソボソっとつぶやいた。

「まあ...いいけどね...俺の武器遠距離系だから直接触るわけじゃねえしさ...」
言って、胸元のクリスタルのペンダントヘッドを握り締める。

そしてホップがノンビリした口調で
「発動~」
と唱えると、クリスタルは光を帯び、透明なライフルとなってホップの手に納まった。

対魔導生物兵器、ブレストアームスだ。
ホップが発動させたのを見て、皆それぞれ胸元のクリスタルを発動させる。

「発動っ!」
ひのきの声にひのきのクリスタルは日本刀に、

「「発動♪」」
双子の声にジャスミンのクリスタルは光となってジャスミンの綺麗な細い足を覆い、ファーのクリスタルは手を覆う。

そしてアニーの
「発動」
の声ではクリスタルは右手にセイバー、左手にシールドとなって持ち主に力を与えた。


「んじゃ、一丁いきますかねっ」
ホップの声にファーが
「ホップの銃声でGOって事でっ。合図よろん♪」
と応じる。

「おっけぇ~っ。んでは敵に感知されそうなぎりぎりから~。」
ソロソロと歩を進め、一点でピタっと止まったホップが

ゴ~ッ!

と、引き金を引くと同時に、双子とひのきはミミズの向こうのイヴィルまで跳躍。

アニーはいつものように攻撃力はあっても防御力皆無の遠隔物理系能力者であるホップのフォローのため盾を構えて自分よりは頭半分背の高いアメリカ人の前に立ちはだかった。






黒豹のようなしなやかな影が一気に敵に肉薄して、その手に収まっている白い刃が暗闇を切り裂く。
ヒュンッ!と浴びせたひのきの一太刀を避けて、男のイヴィルはおどおどとひのきに目を落とした。

178cmほどのひのきが思わず見上げるほどの大男だが、その容姿はというと卵形の胴体に短い手足がついたような、丁度童話のハンプティダンプティのような体格である。

その存在に妙にリアリティが感じられないのはその童話の登場人物と同様だが、違うのは全身緑色で、その表面にはそれより若干濃い緑色のブツブツに覆われている事だろうか…。

顔すらその状態で、近づいてみるとその中に埋もれるように目や鼻口があるのがわかり、遠目から見た滑稽さから一変して気味の悪さを感じさせる。

それでも11歳でジャスティスになって以来、日常的に異形の者を見続けてきたひのきは、当たり前にそれをただの敵として認識している。
ただ一つ、いつもはお互いがお互いを認識すると同時に戦闘が始まるのだが、今日は違っていた。

「ブ...プルースターの能力者...か?」
男はオズオズとひのきを見下ろし、声をかけてきた。

その言葉にひのきは油断なく間合いを取りながら短く
「見ての通り...!」
と応じる。

「お...おれ、レッドムーンの仙人掌いう...。おまえ侍の国からきたな?名前名乗る...それ侍の礼儀きいた」

律儀に名乗る男の言葉にひのきは自分も

「檜貴虎...」
と短く名乗った。

こちらもぶっきらぼうで素っ気ない人間に見えて、実は律儀な性格だったりする。


「い...良い名だな...おれ覚えておくぞ...本部行って、ひのき倒した報告する...」
男の言葉にひのきはスイッと目を細める。

「逆だな。報告するのは俺だっ!」
ひのきは言って剣を構えて一気に間合いをつめた。


敵も能力者だけあって剣圧で身にまとう服が切れるが、肌には傷一つつかない。
しかし刀の刃で切れば当然傷も負えば死にも至るはずだ。

刀の切っ先がその体を捕らえるまであと1mm...
(......っ!)
もう切っ先が触れるという段になってひのきはあわてて飛びのいた。

シャキンッ!
今までひのきのいたあたりを敵から生えた無数の針がつらぬいている。

「よ...よけるとは、さ...さすが侍...なんだな。
で...でもこれでお前の攻撃...おれに当たらない...」

敵仙人掌の全身からは無数の長い針が生えてきた。

刀でなぎ払ってみたが、折れてもまたすぐ生えてくる。
おかげで刀が届く間合いに入り込めない。

「...ふむ...」
ひのきは少し間を取ると、日本刀の柄に軽く二本指を置いた。

「...変形っ!」

唱えながら切っ先をまっすぐ仙人掌に向けて間合いを詰める。刀は一瞬光に溶けたかと思えば一気に形を変えた。

グォォッ?!!

ブスリッ...鈍い音をたてて状況が理解できない大男の心臓を大太刀の刃先がつらぬいた。
大太刀を引き抜くと血飛沫をあげながらドサッ...と大男が倒れる。

針がパリンと割れて飛ぶのをひのきは全て刃でなぎ払った。
そして今度は長い大太刀の柄に軽く指を置き、変形…とぽつりとつぶやく。

すると大太刀は光を放ちながら、再び姿を変え、日本刀となってヒノキの手に収まった。

それをチャキっと握り直してヒノキは他の4人にざっと目をやり、その後倒れた仙人掌に目をやる。


そして
「わりぃな..こいつの形は一つじゃねえんだ...というわけで本部にお前の事報告させてもらうぜ?」
と、もう音の届かなくなった大男の耳に言葉を残して反転した。





「ああっ!もう!うろちょろ、うろちょろしないで、大人しく殴られなさいよぉ!」
ファーが叫ぶのに
「いや、普通殴られたくないでしょ。」
とつっこみをいれるジャスミン。

当然二人で喧嘩をしているわけではなく、その間には敵のイヴィルがいる。
まあはっきり言ってしまえば、敵の素早い動きに双子は翻弄されていた。

ジャスティスでも素早いスピード系の二人だが、相手はそれをさらに上回っている上に、なんと分身まで呼び出してくる。

うあっ!
捕らえたっ!と思ったら分身で、危うく相棒を殴りそうに、蹴りそうになること数回。

取ったぁ!!!
分身に思い切り殴りかかったファーは勢い余ってミミズの群れにダイブ。

ぬるぬるとうごめく巨大ミミズの群れ…

固くはなさそうなので怪我はないかもしれないが、そのぬめった皮膚に密接するのは怪我をするよりも嫌かもしれない。
ファーは止まろうと手をバタバタする。


きゃあああああ!!!!!やだああああ!!!!

悲鳴と共に頭からつっこむ事あと5cmのところで、グイっと腕をつかまれて引き戻される。


「あ...ひのきぃ...ありがと~~!!!」

「何やってんだ、お前はっ!」
感涙で泣き咽ぶファーにひのきはムスっとそっぽをむいた。

「攻撃がね、攻撃がね、当たんないんだよぉぉ!」
むす~っと不機嫌なひのきの様子も相変わらず気にせずにファーが言うと、ひのきはチラっとジャスミンの対峙している相手に目をやる。

そして抱きついてくるファーを引き剥がし敵の方に跳躍すると

「飛鳥...!」
とボソっと唱えて刀を軽く一閃させる。

すると刀の先から透明な鳥が飛び出して敵の周りを一周してまた刀の中へと吸い込まれていった。
とたんに沸いて出ていた大量の分身が一気に消える。

「「やたっ!」」

もちろん双子とて素人ではない。
その一瞬の間に敵につめより、それぞれパンチとキックを繰り出した。
動きを止めた敵はそのままなす術も無くしばらく双子にボコられて沈む。

「ひのき~ありがと~!!」
ファーが抱きつかんばかりの勢いでかけよってくるのを避けるように、ひのきは

「くっつくな、うっとおしいっ!馬鹿共の虫退治手伝いに行くぞっ!」
とあとの二人の方へ跳躍した。



「お前ら...まだやってんのか!」
辺りには大量の巨大ミミズの死骸。

その中でまだ数匹残っていたミミズをチクチク倒しているアニーとホップを見てひのきはイライラ口を開いた。

「楽な方とっておいて文句言わないで下さいっ。
一体一体は弱くても数多いんですからっ!」

アニーもひのきに負けず劣らずイライラした口調で返すが

「「ごめんね、アニー。私達虫だめだから」」
と、ひのきに続いて戻ってきた双子がウルウルした目で言うのには

「いえ、全部ひのきのせいですから。二人は気にする事ないですよっ」
とミミズを倒す手は休めずにそちらに向かって微笑みかけた。

しかたなしにミミズ退治を手伝い始めるひのき。

そして双子にも
「お前らもボ~っとしてねえで倒せっ!」
と、声をかけるが、そのひのきの言葉に双子はフルフル首を横に振る。

無理っ!
無理じゃねえっ!!
怒鳴るひのきに、それまで集中して黙々と銃を撃っていたホップが口をはさんだ。


「タカ~、双子は勘弁してやれよ~。
俺らと違って武器が拳と足だからアームスごしだって触るの気持ちわりぃよ、やっぱり」

「そうですよ~。そうでなくても見るだけでも女性には十分不快ですよ、この化け物は。
僕だって触りたくないくらいです。」
と、アニーも続ける。

二人の言葉にうんうんとうなづく双子を横目でちらっと見てひのきは舌打ちした。

「...役立たず」
「女性に向かってなんて事言うんですかっ!聞き捨てなりませんよっ!!」
ひのきの言葉にアニーがいきり立つが、ひのきはひるむことなく言い返す。

「ああ?役立たずだから役立たずって言ったんだろうがっ。」
「自分がちょっとばかり強いからっておごらないで下さいっ!」
「強い弱いの問題じゃねえだろうがっ!
弱いのは鍛えればいつかモノになるかもしれねえが、やれるのにやらねえんじゃ一生役立たずだろうがっ!
それとも何かっ?今回の任務が双子だけだったら虫倒せませんって泣いて帰るのかっ?
補充のジャスティス来る前にこの先の街が崩壊するぞっ!」
「そうなったら...二人だって倒すでしょうけど...今は僕らがいるわけですし。」
「そうなったら倒せるなら今も倒せる!」

いつものお約束の二人の喧嘩を呆れた目で見つつも、素知らぬふりで黙々と銃を撃つホップ。
ジャスミンは涙目でファーを振り返る。
そこで延々と続きそうな二人の言い争いに終止符を打ったのはファーだった。

「そう...だよね...。ごめん、私もやる...」
一度はペンダント化したアームスをまた開放する。

「い...いいですよ、ひのきの言うことなんて気にしないでも。
あとちょっとですしっ」
あわてて止めるアニーにファーは首を横に振った。

「兄さんが...ブレインのトップだからって私甘えてたよね。
ひのきの言うことはもっともだよ。私も一応ジャスティスだし、頑張らなくちゃ」
ファーはそう言うとクリスタルに覆われた拳を握り締めて跳躍した。

一方片割れのジャスミンは思い切りがつかずにクリスタルのペンダントを握り締めてオロオロしている。
それを見てホップが言葉をかけた。

「ジャスミンは無理せんでいいよ~。どうせすぐ終わるし」
きまず~い雰囲気の中、涙目のジャスミンにアニーも声をかける。

「ジャスミンがやりたいって言っても僕はジャスミンにそんな事させたくありません。
だから...ジャスミンが今こうしているのはジャスミンのせいじゃなくて、僕のせいですから、ね?」
ニッコリと優しく微笑むアニーにジャスミンは少し微笑みを返した。

「...アニー...口うまっ...」
思わずつぶやいたホップの足を裏でアニーは思い切り蹴り上げる。

「テエッ!!!」
痛みに思わずホップがあさっての方向に弾をはずした。

その弾丸は一路思いつめた顔で今まさにミミズに拳を振り上げようとしているファーの方向へ。

ホップ!何してんですかっ!!ファー避けて!!!
青くなるアニー。

ジャスミンは小さな悲鳴を上げて顔を両手で覆った。


「え?」
緊張してミミズに意識を集中していたファーは周りの悲鳴に振り向いて
自分に向かってくる弾丸に初めて気づき、息をのんで硬直する。

しかしすんでのところで弾丸はキンッ!と音を立てて方向を変え、そのままファーが倒そうとしていたミミズに穴をあけた。

「同士討ちしてどうするんだっ、気をつけろ、ボケっ!」
弾を軽く刀の柄で弾いて進路を変えた張本人のひのきがホップに怒鳴る。

「わ...わりい。サンキュー、タカ。ファーごめんな」
ホップはあわててひのきに礼を言い、ファーに謝った。

「う...うん。それは良いんだけど...これ、最後のミミズ...」
ファーはきまずそうにうつむく。

やるといってまだ一体も倒さないうちにミミズが全滅してしまった。

「まあ...やる気は認めてやる」
ファーが言わんとすることを察してひのきがポンと軽くファーの頭に手をやると、ファーは嬉しそうに笑った。

「うん♪次からは私頑張るね♪」
ピョンピョンと嬉しげに飛び跳ねるファーを放置して、ひのきはクルリと反転。

「先帰る」
と少し離れた場所に放置してあった自分のバイクに飛び乗る。

そして
「タカ相変わらず付き合いわりいな。たまには一緒に帰れば良いのに...」
と車を回してきて言うホップに
「任務外でまで馴れ合いはごめんだ」
と言い捨ててひのきのバイクが夜の闇に消えていった。





「そんなにひのきごときに認められたいですか?」

ホップの運転で帰る車の中でまだ上機嫌のファーにあきれた目で問いかけるアニー。
その言葉にファーは思い切りうなづいて見せた。

「もちろんっ!ひのきは私の目標だからねっ。
私と2才しか違わないのにさ、ジャスティス最強~って言われてるし。
いつかああなりたい...ってかもうひのきになっちゃいたいよ、私っ

「可愛いファーがあんなものになったら皆泣きますよっ!」
それを聞いて思い切り引くアニー。

「第一...最強って言うなら女性ですごい人いるらしいですよ。確か...鉄線ユリ」
アニーの言葉にホップが口をはさむ。

「ああ、キャットね」
「キャット?」
首をかしげるファーにホップはうなづく。

「すげえ有名人。
武器はウォンドでタカと同じオリエンタルビューティーでさ。
腕がたって美人できまぐれな日系人。ゆえにキャットとかウィッチとか呼ばれてる」
ホップの言葉にアニーが少し眉をひそめた。

「日系人て...みんなそんなんばっかりなんですか?」
「ん~、そんなんばっかってブルースター内で俺が知ってる有名な日系って3人しかいないし...」

「あとの一人は?ジャスティスです?
やっぱり腕はたつけど協調性のない系なんですか?」

「えとね...キャットの相棒で...」
「じゃ、もう良いです」
ホップの言葉をアニーがさえぎった。

「なに?もうきかんの?」
「はい。もう日系人に対する夢は一切捨てました」
アニーはきっぱり宣言する。

「そうかなぁ?私はお近づきになってみたいなぁ...キャットさん...」
強い者がとにかく好きなファーがシートの上で膝をかかえて言った。

「近日中にお近づきにはなれるよ?ファー。
極東支部から今度本部配属になるらしいから、キャット」
ホップの言葉にファーは顔をあげて叫んだ。

「ホントに?!!」
「ああ...そういえば兄さんが明日誰かの歓迎舞踏会を開くとか言ってたけど、それ?」
それまで脱力したようにシートに身をうずめて目をつむっていたジャスミンが薄目をあけた。

「そそ、それそれ」
ホップがうなづく。

「実はブレインやフリーダムの野郎共はキャットよりも姫に会えるのを楽しみにしてたりしてるんだけどな...」


ブレイン...というのはブルースターの中枢部の研究者集団の総称である。
わずか23歳でそのトップとして君臨しているのが双子の兄シザンサスだったりするのだが、それはまた別の話で...

「誰です?それ?」
ホップの言葉にさきほどまで一気に話に興味をなくしていたアニーがまた話にのってきた。

「だから...キャットの相棒。
ジャスティスで唯一攻撃手段を持たない癒し系で、本人もめっちゃ可愛いらしいんよ」
「それを先に言ってくださいっ!それで?!」
「性格も優しくておっとりしてて、極東支部のアイドルで、元々はジャスティス全員中央に集めようという話だったのがなかなか実現しなかったのが、極東支部の支部長が姫を出し渋ったからだと言う噂が...」

「中央に来るということは...キャット以外との任務もあるという事ですよね?」
「それはまあ当然...」

「頑張りますっ」
力いっぱい言ってこぶしを握り締めるアニーにあきれた目を向けるホップ。

「アニー、さっきまで日系人に対する夢は一切捨てましたとか言ってた気がするんだけどさ?」
「前言撤回しときます。」
にっこりと機嫌よく言うアニー。

「ホップは...会った事あるの?どちらかだけでも」
あ~あ、また始まった、と、そんなアニーをスルーしてファーが聞いた。


ジャスティスはある日突然クリスタルに選ばれてなる。

幼い頃からジャスティスだった他の4人と違って元々は優秀なフリーダムとして各支部を転々とし、つい1年ほど前にジャスティスに選ばれて本部に腰を落ち着ける事になったホップは顔が広い。

しかしホップは首を横に振った。

「ん~ん。極東支部に行った時は丁度任務の最中で外出中だったし...
二人は広範囲を受け持つ極東支部唯一のジャスティスだから忙しかったんさ」

「そうなんだぁ...」
ファーがちょっと残念そうに言う。

「ん...でもすぐ会えるし、本部ではブレイン含めて女の子少ないから楽しみよね♪」
だいぶ立ち直ってきたジャスミンが並んで座るファーの肩にコツンと頭をのせた。

「一緒にお茶したりお洒落や恋ばなしたり買い物したりしたいなぁ...。
ファーは鍛錬ばっかりで全然そういうのつきあってくれないから...」

見かけ同様強さを目指して鍛錬大好きなファーと対照的に、ジャスミンはジャスティスだということをのぞけば普通の女の子らしい女の子なのだ。

「お茶や買い物なら僕でよければいつでもお付き合いさせて頂きますよ、ジャスミン」
そこですかさずお得意の優しい口調で言うアニーに、ホップも口をはさむ。

「アニーそこで抜け駆けはずるい。
ジャスミン、俺いつでもおっけ~よ?もう荷物持ちでもなんでも呼んで♪」

二人に限らず基本的に男所帯のブルースターではみんな女の子には優しい。
それでも...とジャスミンは思う。

「二人ともありがと~♪でもね...女の子同士でそういうのやりたいのよ。
お互いにお洒落のアドバイスしあったりたまには一緒のベッドに寝転んで夜通しおしゃべりしたりとかね♪」

「「一晩でも二晩でもオッケ...」」
二人珍しく声をそろえて言うのをファーがそれぞれの頭にゲンコツを落としてさえぎった。

「二人とも!下心みえみえっ!!」
「いってえ...運転中に危ないってば、ファー」
「そうですよ...僕はホップと違って変な意味じゃ...」
「俺と違ってって、失礼すぎじゃね?アニー」
二人の会話にジャスミンはクスクス可愛い笑い声をあげる。

「まあ...そういう会話は兄さんの耳に入らない所でねっ。
変な実験の被験者にされるわよ~」
「それ...笑えないですよ...ジャスミン。
シザーに睨まれたら真面目に何されるか...」

ブレイントップの天才科学者シザンサスの端正な顔に浮かぶ怪しい笑みを想像してアニーは青くなった。

正直...レッドムーンが開発する魔導生物よりも彼が時折趣味で作る怪しい発明品は怖いと思う。
まあその探究心が正しい方向に向かっている時の成果品には、今それぞれが着ている非常に耐久性、耐熱性にすぐれた戦闘用の制服や、今乗っている水陸空に対応している車があったりするのだが...。

天才となんとかは紙一重を具現化したような人物なのだ。
触らぬ神になんとやらである。


そんな話をしつつ、車はやがてブルースター本部へ滑り込んだ。





本部は最奥の第一区から出入り口のある第八区まである。

ジャスティス達は任務から戻るとまず諜報部フリーダムにその旨を報告後、報告書を科学部ブレインに提出して任務完遂となるのだが、今回はどちらも先に戻ったひのきがすませていたようだ。

「おかえり、みんな怪我がなくて何よりだね」
ブレインのフロアに行き、眼鏡の奥で優しく笑うシザーに迎えられその事を伝えられると、ジャスミンは可愛い眉をつりあげて兄に詰め寄った。

「今回の任務...ミミズだったわよっ!兄さん知ってたの?!」
色々な意味で各所から恐れられているブレインのトップも妹には弱いらしい。
さりげなく視線をそらす。

「えと...ね、放置するわけに行かないし敵の数多かったから...。
でもミミズはどうせ他が処理してくれたでしょ?」

「まあ...そうだけど...」
渋々言うジャスミンの横でアニーが

「約一名...女性にもミミズの相手しろとか言う外道がいましたけどね...」
とつぶやいた。


「ああ...ひのき君はね...仕方ないよね」
誰がと言わなくてもすぐわかるどころか、その様子さえ容易に想像できてシザーは苦笑する。

「でもね、兄さんっ、ひのきは自分の分担終わるとちゃんと全員を助けに回って来てくれるんだよっ!
それに私たちだって同じジャスティスだし、ひのきの言う事は正しいよっ」
あわててフォローを入れるもう一人の妹ファーの言葉も

「うんうん。そのへんはわかってるから」
と、軽く頭をなでて流した。


いつものやりとりに笑顔の下で内心ため息をつくシザー。

お互い露骨に嫌いあっているアニーとひのきには、事件が発生するたび本部に常駐する5人しかいないジャスティスをやりくりしながら送りだす事務方も日々頭を痛めていた。

それでも1年前からはあちこちを転々としていたせいか周りに合わせるのが上手なホップが本部配属になって、若干楽にはなっているのだが...。

彼が来る前は大抵単独、あるいは、アニーとジャスミン、ひのきとファーの組み合わせで現場に送っていた。
その苦労も明後日からさらに二人増える極東支部組のジャスティスのおかげでさらに軽減されるはずだ。

「まああれだよ。最終的にはジャスティス全員本部配属になる予定だから、徐々に君らが一緒に仕事する機会は減るだろうし、もうちょっとの間頑張ってよ」
シザーは苦い笑いを浮かべてアニーに言う。

言われてアニーは渋々
「僕も...プロですから。任務に支障をきたすような真似はしません」
とうなづいた。

「明後日からはまた二人増えるからね。
最初が肝心だし、歓迎会では二人ともちゃんとタキシード着用だよ?」
若干アニーの機嫌が悪くなってきたのを見て、シザーはサラっと話題を変える。

「もちろん僕の双子ちゃんもね。色違いのおそろいのドレス着た可愛い姿をみせてね」
言われてジャスミンは嬉しそうにうなづいた。
それに対してファーは若干面倒くさそうな表情を見せる。

「ファー、そんな顔しないのっ。さぼんないでよ?
それでなくても監視つけないと逃走しそうな人間がすでに約一名いるんだから...」
シザーは困ったようにファーに笑いかけた。

そんなシザーの言葉にアニーは肩をすくめる。

「監視なんてつけなくても...あんな奴勝手に逃走させておけばいいんですよ」

誰が...などと確認するまでもなく、皆の脳裏には約一名逃走しそうな人物の姿が浮かんでいた。

「そういうわけにもいかないでしょ。
今後一緒に仕事する新しい仲間の歓迎会なんだから。
あ、ちなみに...当日ひのき君の監視役頼むね?ホップ君」

「え~?俺なん~?」
当たり前のようにシザーから指名をうけてホップがさすがに嫌~な顔をする。

「他の人には無理でしょ?
まあひのき君にはいざとなったら顔くらい出さないと君のバイクとか戦闘スーツとかに嫌~な細工するよ?って僕が言ってたって脅しておいて」
と、笑顔でこわ~い言葉を吐くシザー。

それだけ怖い脅しかければ別に自分じゃなくても誰でもひのきの監視できるんじゃないだろうか...密かに思いつつも自分に矛先がむかないようにホップはコクコクうなづきながら曖昧な笑いを浮かべた。


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