青い大地の果てにあるものGA_7_2

ギルベルト自身は元々の勘の良さもあるが、産まれた瞬間に他人の上に立つ事を半ば義務のように強いられる立場に産まれたため、他人の本質のようなものを見るのが習慣になるように育っている。


しかしブルースターに来てからそれが義務ではなくなった。

だが、幼い頃からの習慣と言うのは早々抜ける事もなく、極力気にしないようにはしているが、他人について見えすぎるきらいがある。

それが良いやら悪いやら……

まあ…感情的に何もない相手に対してなら毒にも薬にもならないわけなのだが、自分の方が相手に対して多大な思い入れを持っている相手となると、なかなか難しい。




ショックを受けるだろうか…ショックを受けたらどうしてやればいいのだろうか……

それもわからないまま、しかし泣くにしても憤るにしても、最低限感情的になるのを大勢に見せたいわけではないだろう…そう思って、ギルベルトはから、その悲報を2人きりの部屋で伝える事にした。

少しでも気持ちが安らぐように…と、フランシス達と分かれてから食堂に寄って、ほぼ全種類くらいのスイーツをテイクアウトして自室に戻るとそれをテーブルに並べ、ギルベルトは保温容器に淹れてもらった紅茶をマグに移し替える。


「タマ、どれ食う?」

そうしておいて、シンプルな小皿を手にそう聞くと、まあよほど鈍い人間じゃなければ察するだろうし、決してそういう鈍い類ではないアーサーは、コテンと小首をかしげて紅茶のマグを口に運びながら、ギルベルトに視線を向けた。

「ポチ…人間てな、目の前に見えている危険より、何かはわからない不安の方が嫌なものらしいぞ?」

お互い全てを言わずに察しろと言う極東で育ってきただけに、そんな言葉だけで相手の言わんとする事がわかってしまう。

ああ、そうだ。

はっきり言いたくない…と、それはアーサーへの気づかいではなく、自分の怯えだ…と、ギルベルトはため息をついた。

そして告げる。


「落ちついて聞いて欲しいんだけど…」

「ああ、落ちついてないのはお前の方だよな?」
と、そこでそんな風に返されて、思わず苦笑してしまう。

本当にそうだ。アーサーの言うとおりだ。


「ん、まあそうだな。俺様が動揺してもしかたねえな。
単刀直入に言う。
あのな、昨日、極東支部な、壊滅したらしい…」
なるべく事実を淡々と…そう心がけながら口にした。

「…え……」
と、そこでマグを口に持っていったアーサーの手がさすがにぴたっと止まる。

零れ落ちそうな丸い大きな目がさらに大きく見開かれて、ころんと落ちてしまうのではないか…と、自分が動揺すべき所ではない…と思いつつも無意識化で現実逃避をしてしまっているのか、ギルベルトはそんな馬鹿な事を思った…。

「ついさっき連絡が入ったらしい。
タマ達の回収はぎりぎりセーフだったってわけだ」

「セーフって...」
さすがに驚いて言葉に詰まるアーサーに、ギルベルトはわざと

「自分がいればおちなかった...とでも言いたいか?」
と、意地悪な質問を投げかけた。


それで自分に八つ当たりでもしてくれればいい…そう思っての発言だったのだが、アーサーはギルベルトが考えるよりもずっと過酷な体験をし続けて来て、思ったよりもずっとジャスティスだったらしい。

全く感情的になる事なく、

「いや...正直わかんないな...勝てる...と確信があって任務に赴いた事は数えるほどしかなかったしな...」
と、少し考えた後に小さくなる声で呟かれるその言葉に、なんだか胸が詰まる思いがした。

本当に…弱いのは自分の方だ…と思う。


そんな空気にいたたまれずに、

「タマ...お前今回何故ジャスティスを全員本部に固めようという話になったのか知ってるか?」
と、半ば強引に話を進めたギルベルトの言葉にアーサーはちょっと苦笑いを浮かべた。

「本部ブレインの開発した車でジャスティスの移動速度が格段に速くなったからって聞いてるけど...違うんだろうな」

通説通りならわざわざ話題にはあげないだろう。
アーサーは言ってギルベルトの言葉を待った。

「タマ、極東の前は...豪州支部が壊滅しているのは知ってるか?」

「いや...砂田から今クリスタルが2つ持ち主が現れないままだとは聞いてたけど…元豪州のジャスティスのか?」

「ああ。次の持ち主の時は何に変化するかはわからねえけど、当時は近接&遠距離系のバランスの良いコンビだった。
その二人がいて、あっさり壊滅した」

ならなおさら自分がいてもおそらく極東はおちただろう、とアーサーはそれを聞いて確信した。

魔術師の自分とヒーラーの桜と2人。
本当に今までなんとかなってきたのが不思議なくらいだったと思う…。

「ブルースターが発足して300年余り。
今まではジャスティスがやられるなんていうのはせいぜい十年に一度くらい、支部が壊滅なんて皆無だった。
なのに、ここ1ヶ月ほどの間にジャスティスが在籍している所もあわせて2つの支部が壊滅してジャスティス二人が戦死している」

「つまり...本部以外とりあえず放置で本部防衛って事か?」

「まあそれもあるけどな。
あとはジャスティスの力を集結させてこちらから攻撃に転じようって言う方向になってきている。
今までは敵が来て叩くという感じだったが、敵も各地に基地があるはずだ。
最近ブレインもフリーダムも本部長が代わってな、こちらから叩きに行く方針にしたらしい。
だから今は敵の基地を探ったり、そのためのチーム編成を検討したりという準備段階だ」

なるほど…

…………
…………
…………

…でも実質本部以外にはジャスティスが居なくなると言う事は…各支部は見限られたのか……



…………楽しい記憶なんて何もない…。

そう…ただ少し長く居すぎて…そのほとんどが良いものではなかったにしても少しだけ…そう、少しだけ思い出が多いだけだ……

ちらりとそんな思いがアーサーの頭によぎった時、ぎゅうっと隣から手が伸びてきて、身体が引き寄せられた。


…温かい…どこかホッとする体温。


「…ごめんな……」
と、自分よりもよほど辛そうな声。

「たぶん今の状況を打開するには一時的にでも支部を切り捨てて本部集中するしかねえのは確かだ。
でも………だからと言って割り切れるモンじゃねえよな。
タマはジャスティスの子で支部で育ったって言う事は…実家潰したようなもんだもんな…。
本部の人間として謝る。
本当にごめんな…」

まるで傷ついた自分を慰めるかのようなそのギルベルトの言葉に何故か涙腺が決壊した。


何か自分は悲しかったのだろうか……わからない……

もう傷ついても慰められるなどという体験をしてこなかったので、本当に自分でも何故泣いているのかさえわからない。

だってそもそも大切なものなんてそこにはもう何もないのだ…。


自分に寄りそってくれるのは桜だけで…ブレインの女性達は確かにアーサーに優しくしてくれたかもしれないが、それはアーサーが可愛いからじゃない。
大切なジャスティスだからだ。

そもそもがアーサーの持つペリドットのジュエルは代々アーサーの家系の人間が生んだ人間を選び続けて数百年らしいが、アーサーは母親を知らない。

会った事がないとか物ごころついてから会ってないとかではない。

だって誰も教えてくれなかった。

その話を聞こうとすると、ある相手は気味悪げに、ある相手は困ったように、ある相手は尋ねたアーサーの言葉など聞かなかったかのように、皆口を閉ざした。

それでもアーサーは知りたかったのだ。
        
自分の母もまた、自分のように疎まれて生きて…それでもジュエルに縛られて戦い続け…そして死んでいったのか……

だからこっそりと死亡書類を調べたら、なんとアーサーの前のペリドットのジュエルの持ち主はアーサーによく似たおもざしの青年だった。

ペリドットの持ち主が生んだ子ども…と聞いていたが、アーサーの場合、父親だったのか?
彼が父親だとすると母はどこに?

そう思うのは自然な事だと思うのだが、皆がそれについてもまた一様に口を閉ざして教えてくれなかった。



「ん~…世の中には知らない方が良い事もあると思うのよ?」

と言いつつ隠していたのはアーサーを可愛がってくれているように見えたブレインの女性陣も同じだ。

皆その場で楽しく和やかに過ごすことはしても、都合の悪い事は隠してくる。

本当の意味で信用がおけない。
桜以外は信じられない。



だから……

「…平気……なはず…だったんだ……」
と意味なんか伝わらないだろうと思いながら、それでも泣きながら訴えると、

「平気じゃねえと思うぜ?泣いても良いし怒っても良い…。
でも忘れてくれんなよ?
これからは俺様がタマの相棒で恋人で…ずっとそばにいるから寂しくないからな?」

と、温かい大きな手が頭を撫でてきて、それに随分と慰められた気がした。



桜以外に初めて知る他人の温かさ。

ジャスティス…という同じ枠組みの中で生きる相手なら、寄りそって生きて行く事も可能なのだろうか…と、そんな事を思って、その広い胸の中に身をゆだねて癒される。

男相手だとあれほど気持ちの悪かった接触が、ギルベルト相手だとどこか満たされて、まるで動物の親が子に触れるような優しい感触に思わずうっとりと目を閉じた。

唇が額に触れる……

それがゆっくり眉間から瞼…そして目尻に残る涙を吸い取って頬を伝う感覚が心地よい。

そのまま唇は飽くまでゆっくりと優しく降りて行って唇のすぐ横に…それでも拒みたいような気も起こらずその時を待った……が……



ジリリリ!!!!!

突然鳴り響く音。

こんなときでも敵は空気は読んでくれないらしい。

『本部ジャスティス全員ブレイン本部に10分以内に急行して下さい!!』

と、いつもの館内放送とは違い、警告ベル付きで集合命令がかかった。


「なんだ?!全員?!!」

普段は来られるメンバーは…という実に緩い収集だったので、さすがにギルベルトも顔色を変える。

「…極東が落ちた関係…か?」

とギルベルトはまだいぶかしげな表情で固まるも、アーサーはベルが鳴った途端にもうグイっと袖口で顔を拭いて

「行くぞ!」
立ち上がっていた。


「でも…タマ、大丈夫か?」
と、自分も立ち上がりながら気づかうギルベルトに

「大丈夫だろうとなかろうと、敵が来たら叩くしかないだろ」

と、言うあたりが何があっても自分が出動しなければ終わる環境で長年生きて来たジャスティスだ。

「無理なら俺様が2人分働くから…タマ休んでても良いからな」

と、痛々しさに悲しい気分になってアーサーを抱き寄せてつむじに口づけを落とすと、


「話聞くだけ聞きに行くか」

と、ギルベルトも気持ちを切り替えてブレイン本部へと急いだ。




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