青い大地の果てにあるもの8章_4

お留守番


『おっかえり~、タマv』
翌日、桜と衣装の打合せをして若干疲れて自室に戻ると、いきなり日本語が振って来た。

『お前いつのまに日本語覚えたんだ?昨日の今日じゃないか?勉強するって言ってたの』
満面の笑顔で出迎えるアントーニョを見上げると、アントーニョはちょっと困った顔をした。

「ああ、挨拶以外はまだわかんないか?」
苦笑するアーサーにアントーニョはうんうんとうなづいた。

「うん、ごめんな。絶対にすぐ覚えるからっ。俺そういう意味ではそれほど馬鹿じゃないと思うから2~3ヶ月あれば簡単な会話くらいはいけると思うわ。」

「ん~、別に急ぐ事ないだろ。無理はすんなよ。任務も忙しくなるし。」
アーサーはそのまま居間の炬燵テーブルの前の座布団に座る。

「お茶煎れるなっ」
アントーニョは続いて居間に入り、用意しておいた急須に茶葉をいれ湯を注ぐと、少し置いて湯のみに煎茶を注いだ。

「お前...もしかして茶の煎れ方とか勉強した?」
一口それを口に含んでアーサーが湯のみに目を落とすと、アントーニョはうんうんとまた首を縦に振る。

「もちろんやっ。いわゆる良いお茶ほど低い温度でゆっくり出した方が旨味がでるんやなっ。
これは良い煎茶だから70度で煎れたっ。玉露とかなら50~60度、焙じ茶や玄米茶なら100度♪」

「すごいな...」
感心するアーサーにアントーニョはにっこりと言う。

「タマ紅茶も好きやけど、日本茶も好きやろっ。
紅茶を美味しく淹れられるんは他におっても、日本茶はおらへんやん。
せっかく鍵もらったんやし、帰ってきたタマに美味しいお茶いれてあげたんや♪
そのうちちゃんと日本語しゃべれるようになるさかい、そうしたらもっとリラックスして過ごせるようにしてやれると思うわ♪」

確かに非常時に備えて合鍵は渡したわけだが……

「お前…もしかして居着くつもりか?」
チラっと目を向けて言うと
「あかん?」
と、アントーニョは主人の指示を仰ぐ犬のような目をアーサーにむける。

「ダメじゃないけど...」
その視線に負けてついついアーサーが言うと、アントーニョはとたんにまたニカ~っと満面の笑みを浮かべた。

「おおきにっ!俺な、この部屋めっちゃ好きやわ♪なんかタマっぽくてっ。
いつか平和になったら一緒に日本行って住みたいわっ♪」

「日本かぁ...」
アーサーは感慨深げに少し遠くを見る。

「来てもあんま良いことないぞ。両親は亡くなってるし、兄貴達には嫌われてるし、俺。
母親が死んでまだ幼児の頃に俺がペリドットのアームジュエルに選ばれた時点で、家族関係終わったっつ~かな…。
家族は俺を諦めたし、俺もその時点で家族より宝玉と一緒に生きる事を選んだし。」

「…というわけでな」
アーサーは唐突にアントーニョを振り返った。

「俺はたぶん3つ子の魂なんとやらかもしれない。
今更変われねえし、お前を一番に優先してやれないと思う。だから…」

「ん、それは全然ええで?」
うつむきかけるアーサーの言葉をアントーニョはさえぎった。

「タマにとっては仕事が最優先って事やろ?俺は別にタマの絶対者になりたいわけやないねん。
タマが一番しんどくなった時に俺んとこ戻ってきてくれるなら、それでええわ。」

「…お前…やっぱり馬鹿だな。」
「馬鹿犬なんやろ?」
アントーニョはアーサーを抱え込む様にアーサーの後ろに座って笑った。

「あ、でも他の奴とキスとかなしなっ。」
「だ~れ~がっ!気味悪い事言うなっ!」
あわてて言うアントーニョにアーサーが本気で気持ち悪そうに言う。

「気味悪いって…」
苦笑するアントーニョ。

「こっちの人間みたいに誰かれ構わずキスする習慣はないっ!」
「誰かれ構わずって、それ偏見やで。でも…」
そこまで言ってアントーニョは首を伸ばして横からアーサーの顔をのぞきこんだ。

「親分にはしてくれたやんな。」
「うるさいっ!」
赤くなってフイっと反対側をむくアーサーにアントーニョは少し笑いをもらす。

「今度は俺からしてもええ?」
「…勝手にしろ。」
「んじゃ、勝手にするわ~♪」
言ってアントーニョは少し横にずれたが、そのまま少しアーサーを眺めたあと、
「やっぱ今度。」
と、元に戻った。

「...?」
不思議そうに少しアントーニョを見返るアーサーの視線を避けるようにアーサーの肩に額をつけると、アントーニョは
「うん。自制が効かなくなるとまずいからな、今は。今度フランにスキンもろうてきて準備万全にしてからにするわ。」
と、クスリと笑いをもらす。

「誰がそこまでいいって言ったよ?」
「あかん?ちゃんとスキンつけるけど。」
「…だめじゃないけどやったことないから他でやってからな。そういうので縛んの好きじゃないから。」
アーサーの言葉に一瞬ポカ~ンとしたアントーニョは次の瞬間大慌てでアーサーに回した手に力をこめた。

「タマ~!だめやてっ!絶対にその発想おかしいわっ!!
他の奴とやるとか絶対にあかんっ!いややっ!!」

「ん~、でも最初にやったからってだけで縛り付けんのとか嫌じゃん?」

「そういう問題やないやろっ!
つか、最初やろうとなかろうと、やろうがやるまいが、俺もうタマの所有物やからっ!
そういう意味ではとっくに縛り付けられてるわっ。」

「そうか?」
「うん!せやからお願い、やめて」
わけのわからないその発想に半泣きになりそうなアントーニョ。

「そうまで言うなら…やめとく」
と、腑に落ちない顔でそれでも言うアーサーの言葉に、ほ~っと肩の力をぬいた。

アーサーは本当に行動も発想も読めない…と思う。
まあ発想が独特なのは、一部に避けられていたためそれまでの人間づきあいが著しく偏っていたせいなのだが、さすがのアントーニョもそこまで気が回らない。

しかし大人と子供が同居したようなアーサー自身にひどく惹かれる自分を日々実感していた。




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