紅い鎖_8

ぬくもりと戸惑い


急に倒れこまないように首の後ろに手を回してゆっくりゆっくりと…。
押し倒されるというのも語弊があるくらい丁寧に再度ベッドに横たわらされたイングランドはどうしてよいかわからず、されるがままになっている。

されることは船の上で船乗りに少年がされていたような恐ろしい事のはずだ…と思うのに、

「そんなに緊張せんといて。こっちまで緊張してまうわ。」
と、綺麗なエメラルドの瞳を細めて笑うスペインを見ていると、不思議とそんな気がしてこない。

前王の所業のせいで怒れる帝国を沈めるため…と言われてここまで送りこまれてきたわけだが、スペイン側…少なくともスペインの国体は非常に優しく、怒っているようには見えなかった。

全体的にうすぼんやりした色合いの自分とは違い、茶色がかってはいるが綺麗な黒髪にキラキラした綺麗なエメラルドグリーンの瞳。
大国にふさわしくしっかりと筋肉のついた逞しい体躯。

同じ大国とは言ってもちゃらちゃらとしたフランスとは違い、異教徒を実力で追い出して覇権国家と言われる地位まで登りつめた武闘派だけあって、貫禄と精悍さに溢れていた。

そのくせイングランドに接する時は少し身をかがめて視線を合わせ、緊張させないようにと笑みを浮かべてくれる気遣いがある。

本当に…自国から船上までの扱いですっかり怯えて萎縮してしまっておそらく失礼な態度を取りまくっているであろうイングランドに、この黒衣に身を包んだ美しい大国はまるで友好的な国から来た美しい花嫁に対するように、優しく丁重に対応してくれた。

こんな状況でなければ…いや、こんな状況であっても、もし自分がこの覇権国家の青年にふさわしいような美しい少女の国であれば、この出会いをなにより喜べたであろう。

心を持つ生き物であれば一目で恋に落ちるであろう…スペイン帝国の国体はそんな魅力を兼ね備えた存在だった。



ちゅっちゅっと額にまぶたに落ちて来る口づけ。
慈しむように髪をなでる大きな温かい手。

…大丈夫。怖ないよ?
と、何度も繰り返される言葉。

…寒ない?
と、まるで子どもを寝かしつけるかのように、イングランドの肩口までブランケットをかけてくれ、

…体、冷えとるな…
と、冷たいイングランドの手を取って自らの大きな手で包み込んだかと思うと、はぁ~っと温かい息をふきかける。

そんな感じの延長線上で
…足、くっつけてええよ。少し温まり?
と、隣に潜り込んで自らの温かい足をイングランドの氷のようになった足に寄せて熱を分け与えて来た時には、本当に今自分達は何をしようとしているのか、イングランドにはわからなくなってきた。

全てはまるで子を労わる親、弟を気遣う兄のような所作で、さきほど飲んだ飲み慣れないアルコールのせいだろうか…それとも体が温まってきたせいだろうか…少し眠気が襲ってくる。

うとうとしかける間も寄せては引く波のように繰り返されるゆるやかな愛撫。
はぁ…と温かい息をふきかけながら、いつしかスペインの形の良い口元に指先が触れ、舌先が中指の先端を軽く突いた時、そこから何かむず痒い感覚が先端から手の甲…そしてその先まで広がる。

その瞬間…じわり…と身体が緩やかに熱を持ち始めた気がした。

スペインはそのままゆっくりと中指を口に含むと、指の根元から先端まで、舌で舐めねぶる。
そのつど身体の中心にむずむずというかきゅんきゅんというか、変な感覚が走った。

おかしい…おかしい…おかしい……
これはきっと酔っているせいだ…。

中指だけでなく他の指も楽しげに舐めあげて行くスペインの舌の動きに、イングランドは熱くなっていく身体から熱を逃すように、はぁ…とどこか濡れたような熱い息を吐きだす。

するとスペインは
…くすぐったい?
と、少しいたずらっぽく笑って、今度は指と指の付け根まで丹念に舐め始めた。

…くすぐったい?そうか…くすぐったいのか……
少し遠く聞こえるスペインの問いにイングランドはよく回らない頭で考え始める。

そんな風にぼ~っとしているうちに、舌が指先から手の甲…手首を伝って腕まで這って来て、むず痒さは腕をまっすぐ伝って付け根から全身に伝染した。

知らず知らずのうちに目元から涙があふれ出して視界が滲む。

…イングラテラ…可愛えな……
と、少しスペインの声も熱を帯びていた。

しかしその手が胴体に及んだ時、、どこか遠い夢の中にいるような感覚だったイングランドは覚醒し、恐怖の悲鳴をあげた。

「やだっ!!いやだあぁ!!!」
飛び起きようとしてもいつのまにか覆いかぶさるようにしていたスペインの身体に遮られて起きる事が出来ず、イングランドはそれでも首を振り、身を捩ってその拘束から逃れようとあがいた。

それまでは積極的に応えるわけではないがどことなく流されていたイングランドの豹変にスペインは驚いて手を止める。

怖い…そうだ、これは怖い事の始まりだ…。
イングランドの脳裏に船上での場面が浮かんでは消える。

野卑な男達に押さえつけられ、ここを弄られて苦しそうな表情をしていた少年の姿…。
猿轡をかまされた口元からそれでも抑えきれず漏れたくぐもった悲鳴…。

あの少年に起こった出来事が今自分の身に起ころうとしているかと思うと、恐ろしさに身の毛がよだつ。

…やっ…やだ……

と、イングランドがヒックヒックとしゃくりをあげるとスペインは無理にことを進めようとはせず、完全に手をイングランドの胴から離した。

そして怖い夢を見て泣く幼子をなだめるように優しい声音で
「イングラテラ、どないしてん?何か怖い事してもうた?
親分に教えたって?」
と言いつつ、ちゅっちゅっと額や頬、鼻先に口づけを繰り返す。

怖い事?
怖くないわけがない…こんなの怖いに決まってる……

そう訴えようにも嗚咽に飲み込まれ、言葉にならない。

それでも…この優しい男なら、伝えればわかってくれると何故か思ったイングランドは、なんとか伝えようと口を開く。

「…こっ…こわっ…」
と、そうしてかろうじて漏れる声を拾って、スペインは何かを察したように震えるイングランドを抱きしめた。

「…イングラテラ…もしかしてまだ性交とかも知らへん?」
優しく髪を撫でながら言う声には欲の色はない。
そこにはただ気遣いと慈しみだけが感じられる。

船上の男達のようなギラギラとしたものの全くない穏やかで労わるような声音に少し安心して、イングランドは…性交?…と聞き慣れないその言葉をオウム返しに繰り返した。

その様子にスペインは内心、そこからかい…と思うが、確かにこのまま進めてもとても最後まで出来そうにない気がする。

そこで話をするためベッドの上で半身を起こし、腕の中で震えながらしゃくりをあげるイングランドも半身を起させた。




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