これ…無理矢理抱くのか?
大丈夫なのか?
抵抗されて暴れられて押さえつけたりしなければいけなくなったら、怪我させないか?
クルクルと脳内をそんな考えが回っているスペインの沈黙に、少年の方も無言でひどく不安げに視線を泳がせる。
「あ~、もうとりあえず自己紹介しとくな。
俺はエスパーニャ。自分はイングラテラやんな?
俺の方は一応自分が嫁に来る言う事しか聞いてへんのやけど…」
スペインがそう話かけても少年は大きな目を見開いて固まったままだ。
「言葉…わかる?」
と手を伸ばしたら、ビクっ!とまた身をすくめられたので、スペインは慌てて手をひっこめた。
どう見ても心の奥底から思いっきり怯えられている。
…これ…無理ちゃう?と、思う。
ため息が出る。
血で血を洗うような戦いの中で生き抜いてきたスペインだが、子ども相手の凌辱ショーを楽しめるような神経はあいにく持ち合わせていない。
(…せやけどなぁ……)
スペインはため息をつきながらチラリと真っ白なレースのフリルに包まれて震えている花嫁に視線をやる。
正直に言おう。
真っ白で小さくてふわふわとした様子は可愛らしい。
異性愛者でも十分手を出せてしまいそうな可愛らしさである。
スペインが手を出せないままなどとわかったら、あの好色王は絶対に触手を伸ばして来る事請け合いである。
たいした情があるわけでもなく、単に国の化身を抱いてみたい、それだけで手を出す気満々な男の毒牙にかけるには忍びない。
(しゃあないっ…!)
スペインは意を決して息を吐きだした。
それにまた花嫁はビクッと身をすくめるが、見ないふりをする。
「あんな、双方の国での決まりごととしてな、婚姻関係結んで体繋げなあかんねん。
親分としては自分がもう少し落ち着いて、ほんでもってもうちょい大きくなるまで待ってやりたいんやけどな、手ぇ出さへんでいたら、うちのアホな王が手ぇ出してきかねへんから、のんびりもしてられへんのや」
と、こちらの事情を話してみたら、震えるだけじゃなく、大きな目が見る見る間に潤んでくる。
ああ、勘弁してやぁ…とスペインの方が泣きたくなった。
「という事で、なるべく優しくしたるから、堪忍な」
と、それを無理矢理視界から追いやり、細い両肩に手をかけた瞬間、イングランドの目からブワッと涙があふれ出たと思ったら、思い切り突き飛ばされる。
そして一気にまた後方へと逃げだすイングランド。
「うあぁああ~~!!!あかん言うたやんっ!!!」
一路窓に飛びついてそのまま飛び降りようとするのをコンパスの差と腕の長さでようやく追いついて捕まえたスペインは、慌てて窓から引きはがす。
「守ったるからっ!!!」
そしてしっかりと抱き抱えたままスペインは叫んだ。
「そもそもが今も言うた通り、自分勝手な人間から自分を守るためなんやってっ!!
興味半分で国体抱いてみたい言う王に酷い事させたないねんっ!
親分やったら辛ないようにやって、その後ちゃんと責任取ったれるからっ。
自分の嫁やって言えれば他にも文句は言わさんですむっ」
人間の勝手で腕の中で震えながら嗚咽を零すイングランドは本当に可哀想だと思う。
それでも他に方法はない。
「…堪忍な。せめて口づけはちゃんと心通わせるまで待っとくから…」
後ろから抱きしめていたイングランドを反転させて、しっかりと抱きしめたまま額に…そして、涙に濡れる目尻にキスを落とすと、そのまま怯えて硬直する体に覆いかぶさった。
…ひっ……
小さな小さな悲鳴。
限界まで見開かれた大きな目から溢れる涙。
このままショック死しそうな勢いで怯えられてスペインの方も硬直した。
…ああ…あかん……
敵には強くても、一度可愛らしいと思ってしまった、しかも幼げな相手にはスペインはめっぽう弱かった。
「あ~もう泣かんといて。とりあえず中断っ!一杯飲もうか」
身を起こして降参と言わんばかりに両手をあげる。
そうしておいて、やっぱり硬直したままのイングランドを助け起こす。
「考えてみたらあんな格好で運びこまれてきたっちゅうことは、もしかしてなんも食うてへんのちゃう?」
気まずい空気を追いだすように、スペインはことさら普通の声音でそう言いつつ、二つのグラスに水差しから葡萄酒を入れて、
「まあこの時間に呼び付けたら色々されたくない詮索されるさかい、ナッツとフルーツと酒しかないけど、食うとき」
と、ベッドのすぐわきのテーブルをはさんで自分は椅子に座り、ベッドに座らせたイングランドの前にグラスを置いてやる。
そうしておいて、自分は小さな果物ナイフと籠の林檎を手に取った。
テーブル越しに視線をやると、ジッとグラスを見下ろしたままの少年。
「あー、もしかして酒とかあんま飲まへん?
薄めたろか」
と、イングランドの前のグラスを取って、もう一つの水差しから水を注いで薄める。
グラスを軽く回して程よく混ざったかどうか、自分で一口。
「うん、これやったら大丈夫ちゃう?」
と、渡してやると、少年は初めて自分から手を伸ばしてきたので、その自分より一回りは小さな手にグラスを握らせてやると、実は喉が渇いていたのだろう。
コクコクと一気に飲み干した。
「なんや、喉乾いとったん?
ほな、もういっぱい作ったろな」
と、同じように葡萄酒を薄めて水を足し、掻き回した後味見をしてイングランドの前に。
今度は少年がグラスを握ったまま、じ~っと自分の手元を凝視している事に気付いたスペインは、少し笑って手にした林檎を切ってやった。
八つ切りにして皮を半分くらいの所でV字型に。
そう、いわゆる兎の形だ。
深い意味はない。
以前まだスペインがこんな大国ではなく、普通の館を構えて一般人に近い場所で暮らしていた時、人間の母親がその子どもにこんな風に切ってやっていたのを思い出しただけだ。
しかしそれは思わぬ効果を産んだようだ。
…うさぎ……
初めてイングランドがしゃべった。
まだ声変り前の少し高い声。
かすかに浮かんだ笑みと共に漏れるそれは非常に可愛らしく、スペインの心を浮き立たせた。
「可愛えやろ?うちの国はウサギの国なんやで」
と、全部をそういう形に剥いて皿に並べると、少年の前に置いてやる。
そして「どうぞ食べ?」と言ってやるとおずおずと手を伸ばし、しゃくしゃくと両手に持ってちまちま食べる様子が小動物じみていて愛らしい。
全くもって守ってやりたい感じである。
それにはやっぱり避けては通れない。
わかってもらわなければ……。
信頼してもらわなければ……。
イングランドが丁度林檎一つ分を食べ終わった時、スペインは意を決して、手の中のナイフを鞘にしまうと、クルリと反転させて柄の方をイングランドに向けて差し出した。
それにイングランドは戸惑ったように視線をさまよわせる。
「あんな、親分無理矢理とか嫌やねん。
ほんまは親分自身を信用して欲しいけど、随分前に一度会うたきりの相手をこの状況でって無理やろ?
せやからな、どうしても耐えられんくなったら、これで刺してええから」
言われてイングランドはびっくり眼で渡されたナイフとスペインの間に何度も視線をさまよわせる。
…ということで、そろそろ始めようか。
スペインはその言葉を合図にガタっと立ち上がり、再度ベッドの方へと歩を進めた。
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