ノックと共に見知らぬ男達に文字通り担ぎ込まれてきたのは、見た感じまだ12,3歳くらいにも思える少年だった。
いや、少年と聞いていたから少年と思っただけで、少女と言われれば納得しただろう。
なにしろ真っ白なドレス姿だ。
もちろん花嫁として…などと言う話だったので、それは想定の範囲内である。
まだ大人になりきらない中性的な容姿にその可憐なドレスはよく似あっていたし、気を失っているらしくしっかりと閉じられた瞼の下の瞳は見えなかったが、代わりに長い睫毛がやけに目立つ大そう可愛らしい顔立ちで、太すぎる眉がなければ本当に人形のようだ。
しかし問題はその小さな口元に噛まされた猿轡と、細い両の手首をしっかり縛った荒縄の存在である。
ありえない。
花嫁が嫁いできたというより、どこぞからいたいけな少女を誘拐してきたと言った方がしっくりくる状況。
繊細なレースが幾重にも施されたふんわりとしたウェディングドレスに身を包まれている状態の、無粋で武骨な荒縄で縛られているあまりに可愛らしい少年を、スペインから見たらいかにもな悪人面の中年男達が担いでいるのである。
確かにイングランドの使者なのだろうが人さらいに見えて、思わず有無を言わさず蹴り飛ばしてしまった。
もちろんそれで放り出された花嫁はしっかりとキャッチする。
上級ではなさそうだが一応貴族らしい男達は、おそらくそんな扱いを受けた事がないのだろう。
すっかり怯えて
「もっ…申し訳ございませんっ!!」
と、蹴り飛ばした廊下の壁の前にへたり込んでプルプルしているので、
「去ねっ!」
と、一言言ってやると、脱兎のごとく消えて行った。
そちらはおそらく家人がなんとかするだろうと、スペインは寝室に続く居間のドアを閉め、花嫁を連れて奥に戻る。
そのまま一旦ベッドに寝かせようと降ろした時、その白い瞼がぱっちりとひらいた。
「…っ!!!!」
小さな小さな花嫁は、気がつくや否や、文字通り飛びあがった。
猿轡をかまされているため悲鳴はあげられないが、キングサイズの大きなベッドの上、両手首を拘束されているにも関わらず実に器用に身を起こすと、スペインから離れようと奥へと逃げ込み、壁の前で可哀想なくらい怯えた様子で震えている。
(ああ…これは誘拐と思っとくのが正しいんやろうな…)
どう見ても納得ずくで来ているとは思えない。
そして……(親分も誘拐犯の1人やと思われてる気ぃするな、これ…)と、スペインはかりかりと頭を掻いた。
「あのな……」
とりあえず話を…と思ってスペインもベッドによじ登ると、少年の大きな目が恐怖のあまり限界まで見開かれる。
カタカタと震える様子を見ていると、なんだか本当に残酷な悪い事をしている気分になるが、このままいても拉致があかない。
スペインはイングランドのすぐ前まで近づいて行くと、少し強引にその震える体を抱き寄せた。
「大丈夫。もう怖ないで。大丈夫やで。」
ポンポンと軽く背を叩き、落ち着くのを待ってやる。
本当に本当に頼りないほど華奢な肩に薄い身体。
そんな身でこんな風に怯えられると、可哀想に思う反面、心の奥底から何か温かいモノが湧き出て来る。
そう…いわゆる庇護欲といったような……。
可愛い、愛おしい、抱え込んで守ってやりたい…。
スペインは可愛らしい弱者は大好きであったし、ペド疑惑をかけられる程度には子ども好きであった。
ひたすらに保護を求めて来られると、正直きゅんきゅんする。
そういう意味ではもう、こんな風に愛らしい幼げな容姿で怯えて震えているイングランドがスペインの心をがっちりととらえてしまっているのは当たり前のことと言える。
最初の同じ国体であることから来る義務感と少しの同情が、今では大いなる愛情と庇護欲にすり変わっていた。
――大丈夫。親分がおったら何からも守ったるからな。大丈夫…。
声は自然と優しくなり、背に回したのと反対側の手はイングランドの小さな頭を撫で始める。
そうしておいて、しばらくは硬直したまま震えていた少年の体の力が少し抜けた時点で、そっと体を離した。
「これ…ひどいな。誘拐でもされてきたん?」
手を伸ばすとまたビクゥっとすくみあがられたが、スペインの手が少年の頭の後ろ、猿轡の結び目に到達し、それをほどくと、また小さな体から力が抜け、ほぅっとかすかな溜息が洩れた。
「あと…これな、こすれて赤くなっとるやん。薬つけたるから、こっちおいで」
と、手首の拘束も解いてスペインがそのままベッドを降りると、やっぱり信用はしきっていないのだろう。
体の自由を完全に取り戻せたと言う事で、逃げ道を探して少年の目が部屋中をさすらうのに、スペインは苦笑した。
「あんな、ここ3階やから窓は危ないで?
ドアはこっちだけ」
と言うと、気づかれていた事に気まずそうに少年は俯く。
「とりあえず痛いやろ?手当しよ?」
と、そこで改めて言うと、一瞬の躊躇のあと、諦めたようにスペインに続いてベッドから降りて来た。
「ああ、ええよ。そのままそこ座っといて」
と、それにそう言うスペインに、大人しくベッドの端に腰をかける。
そして殊勝な様子で両手を前に差し出して来る様子は可愛らしい。
「痛かったら言うてな?」
と、怯えている子どもをこれ以上怯えさせるまいとスペインが可能な限り優しい声で言うと、こっくりと頷いたので、スペインは強く握れば折れてしまいそうに細い少年の手首に自分用に持っていた傷に効く軟膏を丁寧に塗っていった。
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