不機嫌な帝国
あほらし……と、自国の王に呼び出されたスペインはそう思い、そしてその気持ちを無意識に言葉に出してしまっていたらしい。
まあでもそれも問題はない。
スペイン帝国は大国だ。
大国であるうちは多くの国民は自国を愛する。
そしてそれを体現する自分が敬われる存在になる事をスペインは知っている。
知っているからこそ、王の前でさえ、そんな気の抜けた言葉が出るのだ。
「あほらし…て、自分の婚姻の事やで?」
というのは、子どもの頃から知っている王。
彼が物ごころついた時にはもう彼の両親の傍らで過ごしていたスペインは、幼い頃はよく彼に本当の歴史を教えてやったり、遊んでやったりしたものだ。
国体によっては統治者の家族にまでは必要以上に関わらない者も少なくはないが、子ども好きのスペインにとっては統治者の子は一番身近にいる子どもである。
面倒を見ないと言うほうはない。
もちろん彼だけではなく、彼の兄弟姉妹達もだ。
今スペインに持って来られた縁談は、そんな中で最後まで小さな子どもだった…つまりは末っ子だった王女が嫁いで悲劇的な人生を終える事になった北西の島国…イングランドの国体であった。
「俺の婚姻うんぬんちゃうわ。
自分ら人間の考えの方や。
元々親分、カタリーナを嫁にやんの反対してたやん。
それを嫁にやったのは自分らや。
それでもってあの子を粗略に扱うたのも、向こうの国体やのうて、向こうの人間やろ。
そのくせしわ寄せや腹いせはなんで全部国体にくるん?」
全く持って不条理な話だと思う。
イングランドの国体については過去に一度だけフランスの所で会った事があるきりだ。
それもフランスが自慢げに言うわりによく見せてはくれなかったので、ただ可愛らしい小さな子どもという記憶しかない。
人慣れない感じの……
あんな子どもに人間達の不始末を押し付けようと言うのか…。
スペインは別に特別に強い良識の持ち主であるわけでもないし、これまでだって自らの手を血で汚して道を切り開いてきたが、それでも最低限、可愛らしい子どもを巻き込むと言う事は断固として反対だ。
可愛らしい子どもは大切に保護をして、着心地の良い物を着せ、美味しい物を与えて愛でるためのものである。
危害を加えて良いものではない。
この点においては、後に極東の島国に話したらおおいに同意してもらえたのだが、この時代の自分の国の治世者はそうは思わなかったようだ。
「んー、せやかて、うちの国の方が要求したわけやなくて、向こうが詫びにぜひそうして欲しい言うてきたんやで?
手ぇつけへんかったら向こうもうちの国がまだわだかまりある思うやん?
どうしても自分ができひん言うんやったら、とりあえず名目上は自分の嫁て言う事で、実際には俺がもろうてもええけど?」
などとふざけた事を言う。
(こいつら、ほんまあかんわ…)
と、その言葉を聞いてスペインは内心ため息をついた。
本当に…自分の国の王も可愛い可愛い先王の末娘カタリーナを不幸にした節操なしの好色男と変わりはしないと、呆れかえる。
仕方ない。
気は進まないが、こいつの遊び相手にするよりは自分が貰った方がましだろう…と、スペインは腹をくくった。
「親分、自分のモンてされてるモンに他人が触れるん好きやないねん。
それが条件やったらちゃんと手ぇはつけるから、絶対に他に手ぇ出させんといてや。」
そう言いおいて、これ以上の話は無駄とばかりに国王の執務室を出る。
長居をしても腹立たしさが募るばかりだ。
とりあえずは当然人間の王は丁重に迎え入れるどころか、生贄として送られてきた家畜くらいの感覚しか持っていなさそうなので、花嫁の諸々は自分が用意してやらねばなるまい。
城に部屋を寄越せと言えば寄越すだろうが、そんな危険な場所にはおけないと、スペインは自邸に花嫁の居住する場所を用意する事にした。
敬虔なカトリックの国と言いつつ、貞操の概念など皆無な王や貴族達からその身を守ってやらねばならないだろうから、なるべく自分の目の届く範囲に…と、自分の寝室の隣の部屋を空けて花嫁のための部屋を用意する。
…と言ってもとりあえずはスペースだけ。
家具その他は相手の様子を見てから決めようと思う。
到着して数日は使えない事にはなるが、まあ、どうやっても手をつけなければならないなら、しばらくは同衾しても問題はない。
(どんな子ぉに育ってるんかなぁ…)
一応格差婚とは言え、王族が覇権国家の自国の王族と婚姻を結ぶくらいの国だ。
外見年齢で自分より2,3歳下くらいな感じだろうか…。
戦場に身を置く事が多かったスペインは性欲処理に同性を使う事もままあったので同性であるということには抵抗はないが、どうせなら美人に育っていると良いなと、そこは男の悲しい性で、どうしても思う。
まあでもどんなふうに育っていようと、自国の王族に理不尽に売られてくる可哀想な年下の国体だ。
優しくは接してやろう。
そんな事を思いながら、スペインは花嫁の到着を待つのであった。
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