紅い鎖_3

不幸な旅路


「おぉ、花嫁さんがお目覚めのようだぜ。」

どのくらい眠っていたのかはわからない。
気づけば知らない部屋だった。

板の間に布を敷いただけの状態で寝かされていたので体の節々が痛む。
それでもどうにか身を起こした時、両手首が拘束している荒縄に擦れて赤くなった。

据えたような不快な匂いに混じって、潮の香り。
かすかに揺れる床。

一度は海を越えてフランスに渡った事もあるイングランドは、それが船の上であることに気付いた。

目の前には数人の男達。
日に焼けた肌に隆々と筋肉のついた体躯。
にやにやと下卑た笑いと共にそういう男達にぞっとする。

本来なら国民は愛すべき存在なのだろうが、少年はほとんど森から出る事はなく、彼が知るのはある程度の距離を取りつつ恭しく接してくる王族貴族くらいで、自分に対してこんな何かまとわりつくような、値踏みするような視線を向けて来る輩にはあったことはない。

敵国フランスにあってさえ、今よりさらに幼い、まだ本当の子どもだった事もあり、侮蔑や嫌悪の視線を向けられる事はあっても、こういうたぐいの…ハッキリ言ってしまえば、性的な意図を感じるような視線を向けられる事はなかった。

「…ほんとに、このくらいの歳だと女に見えなくはねえよな。」
舌なめずりをしながらギラギラとした視線を向けられて、イングランドは思わず後ずさった。

背筋に嫌な汗が流れる。

船の上や戦場では女を連れて行けないため、性欲を解消するために同性を相手にする事もある…という事はきいた事があった。

が、それは森と城を行き来するだけのイングランドには遠い世界の事。
…のはずであったのだが……。

今の自分はと言えば屈強な男達の中に唯一の少年。
しかもおあつらえ向きに女の着る…美しく上等ではあるが丈夫ではないドレス付きだ。

まだ中性的な容姿の中で数少ない、男の性を主張するように太い眉毛はベールの中。
外の男達に見えるのは、少女のようにクルンと綺麗な曲線を描いた睫毛に縁取られた大きく丸い淡いグリーンの目と全体的に小ぶりな鼻と唇。
それにドレスに包まれていてもわかる、華奢な肢体だ。

なまじ隠れているだけに妄想をかきたてるのだろう。
男達は、ドレスの下に隠されたイングランドの胸元に…下肢に…ねっとりとした熱い視線を送ってくる。

ごくり…と男の1人が唾を飲み込む音がやけに大きく聞こえて、イングランドは身をすくめた。

そんなイングランドの反応をあざ笑うように、男達の中の1人がジリリ…と、イングランドの方へと一歩にじり寄って言う。

「おそらく下賤な人間界の閨の交わりなんて祖国様はご存じないと思うから、スペイン帝国様に可愛がって頂けるよう、向こうに着くまでに教えてさしあげろと、俺らは女王様に仰せつかってるんでさ。」

言われて気を失うかと思った。

国同士で同盟時に婚姻関係を結ぶと言う事はままあることで、しかしながらそれは飽くまで書類上の事。
実際に人間の夫婦がするような事をするかというと、全くそんな事はない。

単に片方の国に…もしくは互いの国に交互に行き、普通に同居をし、国同士の交流の発展に努めるというだけである。

実際にこれから行くスペインの国体も、かつてオーストリアと同盟を結んでいた時は、そんな生活を送っていたはずだ。

だから結局イングランドもこの婚姻が“花嫁として”という事でなければ、他国住まいは気が進みはしないものの、どの国もわりあいとよくやることではあるし、最終的にはうなづいただろう。

ゆえに花嫁と言われてスペインに嫁げと言われた時には、当然そんな事は思いつきもしなかった。

単に男のくせに女の格好をして人質として相手国にかしずけというたぐいのものだと思っていたのだが、今そんなことまで求められていたと知って、本気で恐ろしさに身を震わせた。

しかし猿轡をかまされているために悲鳴をあげる事も出来ずにただ硬直するイングランドに、別の男がおかしそうに言う。

「まあ、スペイン帝国様への大切な貢物ですからね。
祖国には手を触れる事はするなっつ~話なんで、見せるだけっすけどね。」

最終的には変わらないわけだが、今この男達にどうこうされるわけではない、と、それがわかっただけで、イングランドは安堵に小さく息をついた。

全身にぐっしょりとかいた汗が気持ち悪い。
だが必要以上に反応してこれ以上注目されたくなかったので、とにかく銅像のようにジッとしている。

そんなイングランドの様子に男達はゲラゲラと品がない笑い声をあげ、1人が
「おい、じゃ、そろそろ始めっぞ。例の連れてこいっ!」
と、廊下に向かって叫んだ。

それに対して
「へい、ただいまっ!」
と、遠くで声がする。
そうして引きずられてきたのは、イングランドと対して外見年齢の変わらない少年だった。



イングランドと同じくすんだ金髪の少年。
体格もさして変わらない。
そして…両の手首を縛られて、猿轡をかまされている事も……

「別に攫ってきたとかじゃありませんぜ?
ちゃんと金は払って買ってきたガキです。
どうせなら祖国と同じくれえのガキの方が良いかと思いやして、ずいぶん頑張って探したんですぜ?」

少年を凝視しているイングランドに、1人の男が近づいてきて言った。
イングランドが座っている布地ギリギリの場所に座り込み、しかしそれ以上は近づいては来ない。

どうやらこの上はイングランドのスペースということだろう。
今のところは安全地帯だ。
しかしながら、それは飽くまで身体的に…という意味合いでだ。

「ほら、せっかく祖国のために用意したんです。
ちゃんと見て学んで下さいよ?」

と、言われる先では後ろ手に縛られた少年の前開きのシャツのボタンが外されている。

「経験がねえ祖国のために、見本も処女連れて来たんでさ。
ほら、全部未使用だから綺麗なもんでしょ。」

どうやら隣の男は解説要員らしく、なるべく視界に入れまいとするイングランドに横から話しかけて来る。

「まああいつは手つかずの処女なんで、まだ感じるまではいかねえんですけどね。
おいっ!とりあえずちゃっちゃとやれっ!
拉致があかねえっ!!」

はぁはぁと荒い息を吐きながら男はイングランドに解説しながら、少年を羽交い締めにしている男をどなりつけた。

そうして凄惨な凌辱ショーはさらに進められていく。

「男同士の時はこうするんでさあ」
と解説されながら目の前で繰り広げられる凄惨劇…。
そのあまりにショッキングなシーンに、イングランドは全てが終わる前に、気を失った。


それが最初である。
そして当然終わりではない。
その後もそんな場面を何度も見せられた。

時折り猿轡を外され、鼻を抓まれて苦しさに口をあけた拍子に飲まされる水の中にはどうやら睡眠薬が入っているらしい。

イングランドは何度か深い眠りにつき、目が覚めるたびに少年が凌辱される図を見せられ、また薬を飲まされて眠るという日々を送りながら、一路スペインへの道をたどる事になった。

眠らされている時間が長いので、どのくらいの日がたったのか全くわからない。
しかしイングランドが時を感じていようがいまいが時は流れていたらしい。

もう何度目かに目を覚まして、またいつものように恐ろしいショーが始まるのかと酷く憂鬱な気分になっていたイングランドは、

「もうすぐ着くぞぉ~」
と、遠くで聞こえる声に、身を震わせた。

その報告はすなわち、日々見せられていた少年の身に加えられていた暴力が、自分の身に起こると言う宣告である。

死にたい…と恐怖と羞恥のあまり思うが、当然誰もそんなイングランドの願いを叶える気はなく、また、その気があったとしても国を体現する身である以上、自分でも命を断つ事はできないのはもちろんのこと、国が滅びでもしない限りは誰にもイングランドの生命活動を止める事など出来ないのだ。




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