天使な悪魔_8章_10

愛の言葉


「僕は病状の説明はしたんだけど、それ以上は僕の仕事じゃないし面倒くさいから、君からしてやってよ。
とりあえず君の大事な恋人は2年持たないかもしれない事よりも一生無理できない事よりも、敵のスパイとかそんな噂で君に迷惑かける事の方が気になってるらしいけど…」

相変わらず投げやりな調子で何故かそんな事を言い始めるイヴァンにアーサーはわけがわからずポカンとしたが、それを聞いてアントーニョはサ~っと怒りに顔色を変えた。

「自分…アーティーに何言うたん…?」
怒りに震える低い声。

「ん~?身の程をわきまえてもらえるように本当の事言っただけだよ?
術後2年は生存率5割、その後も激しい運動とか無理はできないからねって。」

まあ確かにその話は聞いたわけだが…イヴァンがその言葉を言い終わるやいなや、
「なんでアーティーに言うたんやっ!!!」
と、アントーニョがイヴァンに殴りかかった。

「ちょ、待てっ!!!」
イヴァンの巨体がふっとび、ギルベルトとフランシス、それにトーリスが3人がかりで慌ててアントーニョを止める。

「そんなんっ!!俺が気をつけるのにっ!!ストレスになったらどないするんやっ!!!」
腕や身体を押さえられながら、それでもイヴァンに向かって怒りに真っ赤になってそう叫ぶアントーニョに、アーサー自身もどうしていいかわからず視線を泳がせる。

「大丈夫…絶対大丈夫やからっ。親分が絶対に死なさへんからな?」
泳いだ視線がパチリとアントーニョと合った時、3人を怪力で振り切って駆け寄ってきたアントーニョがそう言って覆いかぶさるようにアーサーを抱きしめた。

その勢いにびっくりして目をぱちくりするアーサー。

「…いや…それは別にいいんだ。気にしないでくれ。
本当に2年で死んだとしても別にたいした問題じゃない。」
本当に自分自身気にしてないのでそう言うと、アントーニョが心底ショックを受けたように目を見開いて少し身体を離してアーサーの顔を凝視した。

「たいしたことやないって…何言うてるん?」
とてつもなくひどいことを言われたような、そんなショックで泣きそうな顔をされて、アーサーは戸惑った。

「いや…その…迷惑かけっぱなしで悪いとは思うけど…。」
「誰がいつ迷惑なんて言うたんっ!!!!!」
絶叫した後アントーニョは言葉をつまらせ、とうとうまたポロポロと涙をこぼし始めた。

どうしよう…と、わけがわからずアーサーが視線で助けを求めると、ギルベルトはポリポリと頭を掻いて、フランシスを肘でつつく。
こういう事は自分よりフランシスの方がうまい…そう判断してのことである。

「あのね、アーサー…」
困ったような顔でフランシスは少し笑みを浮かべた。

「アーサーが思ってるよりずっとアントーニョにとってはアーサーは大事な人間なんだよ?
アーサーがもう助からないって思って正気失って後を追おうと自殺図るくらいにはね。」

チラリとフランシスの視線を辿ってアントーニョの首元をみると、そう言えば包帯がまいてある。

「トーニョ…それ……」
アーサーがおそるおそる手を伸ばすと、その手をアントーニョが両手で掴んで自分の額に押し当てた。

「こんなんどうでもええねん。
どんだけ傷つこうと何言われようと何失くそうと、アーティーが生きてて側で笑っててくれたらそれでええんや。
どんな苦労やって平気やし、乗り越えられる。
アーティがおってくれさえすれば何があってもどこにおっても楽園や。
でも…アーティーいてへんかったら親分の人生なんてなんも意味ないねん。
アーティーが手の中でどんどん弱ってくの見てて…気ぃ狂うかと思うた。
いや、つらくて苦しくて気ぃ狂うてたのかもしれへん。
自分が生きて呼吸しとるのすら嫌やった。
なんで自分が生きとるのかって思うたら自分の事刺さずにおれへんかってん。
俺が嫌になったら別に俺のことやったら陥れようが刺そうが殺そうがかまへん。
せやけど自分が死ぬのだけはやめたって。
辛すぎて耐えられへん…耐えられへんねん…」

そんくらいならホンマいっそのことオレのほうを殺したって…

小さい…絞りだすような声…。

アーサーの指先に温かい液体が流れ落ちる。

「…なん…で…?」
素朴な疑問だった。

精悍な…でも甘いマスク…程よく筋肉のついた均整のとれた身体。
健康的に焼けた褐色の肌…。
笑うと太陽のように暖かく、エメラルドの瞳はキラキラと綺麗で、その魅力的な声で話される心地良い言葉の数々以上に雄弁に夢見心地になりそうな甘い気持ちを語る。
容姿、性格が良いだけではなく、軍のエリートで仕事も出来て、周りからの信頼も厚い。

アントーニョは幸せをつかめるような要素を何でも持っている。

そんな人間がそこまでなぜ自分の生死を気にするのかがわからない。
確かに身近にいた人間が死ぬのは気持ちの良いことではないが、自らの人生と引き換えるほどのものではない。
そんな価値は自分にはない…そんな思いを込めてそう口にすると、アントーニョは驚いたような顔で、
「なんでわからへんの?」
と、言う。

わかるはずがない。
そう言うとアントーニョは自分のくしゃくしゃっと前髪をつかんで考え込んだ。

「…愛しとるんやから……当たり前やん」
ボソリとこぼす。

「へ?」
その言葉に本気でポカンと呆けるアーサーに、アントーニョはこんどこそ目一杯驚いた顔で叫んだ。

「まさか今まで親分がどんだけアーサーの事愛しとるか知らんかったとか言わへんよな?」
言われてアーサーは驚きつつも言葉の意味を理解すると真っ赤に頬を染める。

「ちょ、まさか知らんかった?」
「…だって…言われたことなかったし……」
「え?言うてへんかった?」
あれだけ日常的に好きだの可愛いだの言い続けていたので、当たり前に言っているものと思っていたが……
「あ、愛してるとかは一度も…。
好きだって言うのは…拾ったペットの延長線上くらいな感じだと思ってた」
そう言うアーサーの告白を聞いて、アントーニョはガックリと肩を落とした。

いや…確かにエンジェルと同じ感覚を全く持っていなかったかと言われると持っていたかもしれないが、そもそもエンジェル自体が一般的に言うペットではなく、アントーニョにしてみたらこの世で最愛の同居者だったわけだし……。

「堪忍な…自分では言うてるつもりやってん。」
アントーニョは気を取り直して、アーサーの指先にくちづけた。

それからエメラルドの瞳がアーサーの視線を捕らえる。

言葉にする前に雄弁に気持ちを語るその瞳にすでにいっぱいいっぱいになっているアーサーに今度は言葉が追い打ちをかけるように紡がれた。

「たぶん…初めてホテルの自販機の前で心細げにしとるとこ見て心惹かれて、そのあと中庭のバラ園で嬉しそうに薔薇見とる姿に一目惚れしてん。
あの時のアーティー、ほんま可愛らしゅうて清らかで…でも儚い感じで、親分みたいに血なまぐさい世界で生きとる人間が近づいたらあかんて思うて、一度は諦めたんや。
でもサンルイ行きのバスに乗り込んでも心残りで、何度ももう一度ホテル引き返そうか思うたんやけど、アーティーがバス追いかけてて…近づいたらあかんなんて自制もう頭からふっとんでもうた。
サンルイ行くまで…いや、サンルイの休暇まではええか…って、甘いこと思うとるうちにあんな事に巻き込んでもうてめっちゃ後悔したんやけど、反面、一緒に連れていける理由が出来てめっちゃ嬉しかった。
ほんま自分勝手やと思うたけど、諦められへんかったんや。
それからはめっちゃ幸せやった。
毎日家に帰ったら電気ついてて、一目惚れした世界で一番大事な子が出迎えてくれて…。
病気の事知って、いつも死んでもうたらどないしよって怖かってんけど、それでも出会わへんほうが良かったとは思えんかった。
側にいて…一緒に過ごせる一瞬一瞬が幸せすぎて、怖いくらいやった。
愛おしくて愛おしくて…亡くしたらもう生きていけへんくらいに。
ほんま世界滅ぼしてもかまへんくらい愛してるんや。
アーティーがいなくなったら親分ほんまもう生きていけへん。」

そこでアントーニョはいったん言葉を切ると、金の指輪が見えるように、アーサーの手を目線の高さに持ってくると、指輪がはまっているその白い指先にまた口付ける。

「ずっと二人で一緒に生きていくっていう証が欲しゅうて、仕事の帰りに買うたんや。
渡す前にアーティー発作起こしてもう死んでまうんやと思うて、それやったら死後の世界で一緒におって来世ですごす約束にって、死にかけてたアーティーの指にはめて、一緒に逝こうとしたんやけどな。

元気になったらサンルイのバラ園をお揃いの指輪した手をつないで回ろうな。
もし…万が一元気になれへんかったら…お揃いの指輪した手をつないで天国への階段を登るんや。

アーティーが嫌や言うたってもう俺らは結婚したんやから、ずぅっと一緒や。
例え天国やって一人でなんて行かさへんからな。」

真剣な…しかし優しい光を持ってエメラルドの瞳がアーサーの顔を覗きこんでくる。

「好きや…。
世界中の誰より愛してんで?」

近づいてくるエメラルドの瞳を直視できなくなってきて思わず目を閉じると、唇に温かく柔らかいものが触れて、アーサーの頬に熱をもたせる。

それは本当にソッと鳥の羽のように軽やかに触れて離れて行き、アーサーが目を開けるとエメラルドの瞳が柔らかな笑みを浮かべている。

「ほんま…トマトみたいに真っ赤になって可愛えな。
食べてまうにはまだ早そうやから、ゆっくり大事に育てたるわ」

言っている意味はよくわからないなりになんとなく恥ずかしい気がして、アーサーは
「勝手にしろよ、ばかぁ」
と、ガバっと布団を頭まで被って言った。



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