消された真実、造られた事実
「あんまり時間をかけると君の過保護な旦那さんが我慢しきれずに戻ってきちゃいそうだからね。要件を簡潔にすませるよ。」
相変わらず読めない笑み。
アーサーにとってイヴァンはホワイトアースの入院患者という設定の信憑性を高めるように開胸手術を施すために寄越された医師というだけの知り合いで、しかしアーサーにすら気づかれないように情報を引き出すための諸々を埋め込んでいたりとかして軍に協力しているのかと思えば、何故かギルベルトと懇意だったりする謎の人物だ。
敵なのか味方なのかわからない。
正直に言えば得体が知れなくて怖い。
固くなるアーサーにイヴァンは
「まあ…それがなくても君あんまりグズグズしてると発作起こしそうだしね」
と、肩をすくめた。
怯えているのを完全に見抜かれている。
それでも…アーサーはもう誰かの言いなりになる気はなかった。
イヴァンの言葉ではないが気を抜くと苦しくなりそうな心臓を叱咤して、キっと顔をあげる。
言葉を紡ごうとすると、悲しい、つらい、こわい、そんな気持ちが溢れでて、それを発作につなげないように、アーサーは落ち着こうと深呼吸する。
しかし、
「…俺は…も…軍に協力はしない…。」
と、そこまで言い切った時に、苦しさでアーサーは言葉を失った。
呼吸ができなくなって、空気を求めてパクパクと口を開閉していると、イヴァンが酸素マスクをアーサーの口に当て、なにやら注射を打つと、肩をすくめて言った。
「君の希望を聞いてあげるなんてサービスは僕にはないから、もう喋らないほうがいいよ。
僕の言う事を一方的に聞いてよ。」
随分と無茶な言い草ではあるが、どちらにしても呼吸が落ち着くまでしゃべる事はできない以上、そうするしかなさそうだ。
従うか従わないかの選択は別にして…と、内心思いながらアーサーはうなづいた。
「まずね、軍にいた事を速やかに忘れること。
君は物心ついた時にはホワイトアースにいたんだ。
そこの病院の病室の中が君の世界の全てだった。
それ以外の人生はない。
で、これからはアントーニョ君の配偶者としてギルベルト君の治療を受けて、病気を完治させる。
ギルベルト君が完治したと納得したら、あとは何でも勝手にしてよ。
僕にとっては君は単なるギルベルト君に病気を治させるための道具でしかないし、目的果たしたあとの道具になんて興味ないから。
いちいち回収するなんてサービスもする気ないし。」
淡々と言うイヴァンの言葉に、アーサーは驚きの視線を向ける。
言っている意味がわからない。
そんな視線の問いかけをイヴァンは正確に読み取ったらしい。
「理由がわからず不安を抱えたままってのは病気の治療に良くない影響を与えそうだし、面倒くさいけど説明してあげるよ。」
と、本当に面倒くさそうにそう付け加えた上で、イヴァンはまた話し始めた。
「ギルベルト君はね、僕の唯一の友達なんだ。
で、僕は彼がお兄さんの死をひきずっているのを知って、彼に同じ病気の人間を治療して完治させる事で彼が引きずっているマイナスの気持ちをいくらかでも払拭させてあげたくなった。
だからその患者を広い範囲で見つけるために、あえて彼が入り込めないであろう敵軍に就職したわけ。
で、自軍はもちろんのこと、休暇には本当にホワイトアースの病院を転々と医療ボランティアしながら同じ病気の人間を探したんだけどね、一応難病だからさ、それでなくても人数少ないのに、さらに、生きていて、著しく体力がない子どもや老人でもなくて、しかもギルベルト君の所にさりげなく連れていけそうな人材ってなかなかいなかったんだよ。
で、それなら送り込める病人を作っちゃうえって思って探して見つかったのが君。
カーペンター大佐しか知らない人間で、軍事作戦の一環として敵軍に送り込む事ができる丁度良い人物だった。
僕はギルベルト君にあってからずっとその病気について研究してきたから、ほぼ同じような病状を作る事も可能だった。
人には得意不得意ってあるけど、僕は病気を治すより病気にすること、怪我を治すより怪我をさせることのほうが得意なんだよね、実は。
で、君を病人に仕立て上げて、大佐の身内もこっそり重病に仕立てあげた。
なんでかって?
もちろんその身内を治す代わりに君をスパイとしてギルベルト君達の軍に送り込むためだよ。
もっとも…医者の元にってのも変だから、ターゲットは彼の友人のアントーニョ君ということで提案したけどね。」
ニコニコと信じられないような話をするイヴァンに、アーサーは感心していいのか怯えて良いのか…本当にどんな反応を返すべきなのかわからない。
ただただ黙ってその話に耳を傾けている。
「というわけでね、君が無事ギルベルト君の患者になって治療を受けている時点で僕の目的は達成されたわけ。
だけど、飽くまで善意の第三者である患者と偶然知り合って治したんじゃないと意味ないからね。
君自身は軍では機密扱いで大佐しか存在を知らなかったし、その大佐を排除した時点で、それを知るのは君だけなんだ。
で、君の身体は誰も疑う余地のないくらい、ギルベルト君のお兄さんと同じ病気を持っていた状態になっているし、君自身が言わない限り誰にもばれない。
だからわかったね?
君が知っていることはホワイトアースの病室と、そこに僕が医療ボランティアに来て手術していったこと、そして旅行中にアントーニョ君と出会ってからの一連の出来事、以上だよ。
僕がしたことも君が軍の人間だったという事実も、もう存在しない。
君をホワイトアースの人間じゃないなんて言う輩は例え君自身であろうと排除するからね。」
「俺は…アントーニョといて…いいのか…?」
少し楽になった呼吸のもとでアーサーが問うと、イヴァンは興味なさそうに
「勝手にすれば?」
と言った。
「ただし身体は病気だからね?最初の手術から2年間の生存率は5割。
その後は生存率もあがるけど一生激しい運動とか無理はできないから。
とりあえずそうだね…最初の2年をちゃんとギルベルト君の治療受けて生き続けてくれればもうあとはどうでもいいや。」
イヴァン自身は本当にどうでもいいのだろうと、なんとなく伝わってきてホッとした。
むこう2年の生存率が5割だろうと、一生無理ができない身体にされてようと、アーサー自身はもう構わない。
アントーニョを傷つけずに済む…それだけで十分だ。
「イヴァン…ありがとう。」
アーサーは心の底から礼を言ったが、イヴァンは心底不思議そうに
「何が?」
と首をかしげる。
「これで敵軍の人間を基地に引き入れたとかあいつを破滅させたり、裏切られたって傷つけたりせずに済むし……」
心底ホッとしたように息をつくアーサーに、イヴァンは呆れたような目を向けた。
「アーサー君てさ…馬鹿だったんだね…」
しみじみ言われて、さすがにアーサーも恐ろしさも忘れて
「なんだよ、それ」
と、ムッとする。
「僕にそんな馬鹿馬鹿しい説明させないでよ。
どうしても知りたければ旦那さんに説明させてあげるよ。」
言ってイヴァンは、
「アントーニョ君、もういいよ。」
と、ついたての向こうに向かって叫んだ。
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