天使な悪魔_8章_6

「あ~トーリス、丁度良かった。アントーニョ君呼んできてよ。」

とりあえず縫合までは終わってたらしい。

しかしピーピー機械が鳴り響いている中でギルベルトが電気ショックで蘇生中という、もう非常に切迫している状況だ。
そんな中でも、イヴァンは笑みを崩さずに、にこやかにそう言った。

「なんかねぇ…手術自体はなんとか成功したんだけど、心臓止まっちゃって…」
「と…止まっちゃってって…そんな悠長な言い方してる場合じゃ……」
「うん。だからね、アントーニョ君呼んできて。
少しでも色々刺激与えれば変わるかもしれないし…」

イヴァンの言葉が終わる前にトーリスはモノも言わずに反転する。

「アントーニョさんっ!すぐ来てくださいっ!!」

ドアのところで叫ぶと、白衣を身につけたままのアントーニョが駆け込んできた。

そして一瞬立ちすくむ。

「…アーティー…アーティィーっ!!!」

ダッと駆け寄ろうとするのをトーリスとイヴァンが止めた。

「声かけるだけね。ギルベルト君の邪魔したら呪うよ?」
コルコルと独特な声を出しながら、イヴァンが、

「蘇生の邪魔したら本当に死んじゃいますからねっ。
声だけかけてこちらに呼び戻してあげて下さい。」
と、一生懸命な様子でトーリスが、左右それぞれから押さえつつ言うのに、アントーニョは前に進もうとする力を抜いて、

「邪魔せんから…。顔見える位置に…」
と目をうるませた。

大切なモノを失いかけるあのツラい瞬間をもう一度再現することになるのは、自分の全身を切り刻まれるよりキツイ。

「アーティー…サンルイに一緒に行くって言うたやん。」

青ざめた頬にポトリ、ポトリと涙がこぼれ落ちる。
ツラい…ツラい…ひどい痛みさえ伴うような感覚が体中を駆け巡る。

「サンルイにはな…有名な大きな薔薇園があんねん。
そこには喫茶室もあってな、美味しいスコーンと紅茶あるんやで?
親分調べてん。アーティーと一緒に行こうと思うててんで?」

嗚咽をこぼしながら、アントーニョはソッとアーサーの手を取った。
骨ばった褐色の手の中には白く細い手…対照的な手の指にはそれだけはお揃いの金の指輪が光る。

二人がこれから共に生きる証のはずだったそれが自分の指にはまっていることを、アーサーだけが知らない。

…それを買ったアントーニョの気持ちも何もかも知らないまま逝ってしまうのだろうか…

お揃いのバラの指輪をした指を絡めてアーサーとサンルイのバラ園を散策できたらどんなに楽しかっただろう。

普段はなかなか素直になれず膨れっ面や泣き顔の多い――そういう顔はそういう顔で可愛らしいのだが――アーサーだが、大好きなバラを前に邪気の無い笑みを浮かべる様子は本当に背中に天使の羽根が生えてないのが不思議なくらいだと思う。

可愛くて愛おしくて、泣きたいほど幸せな気分になる。

そこに存在してくれる幸せ……。
この子がいれば本当に何も要らないのだ。
地位も金も…必要とあれば命だって捨てられる。

捨てたのか死んだのか親もなく、貧しさに周り中が死んでいく環境で遺体に囲まれて育った日々に感情が凍りついてしまっていた半生も…きっとこの子と出会える幸せのための試練だったのだろう…そんなことまで考えた。

なのに…ここで唯一の…本当にやっと手にした唯一の幸せまで神は取り上げるのか?
この子と二人、手をつないでその優しい体温に幸せを感じながらバラ園を歩きたい…そんなささやかな望みすら取り上げようというのか?
そんなのあまりにひどい…と、アントーニョは泣きながら首を横に振り、そして

「そこだけやない。元気になったら一緒にいろんなとこ回ろう思うてガラにもなく色々調べててんで?
なんで一人で逝ってまうん?
置いてかんといてっ…戻ってきてやっ!親分辛くて苦しくて死んでまうよっ!!
戻ってきてやっ!!!」

と、血を吐くような思いで叫んだ。





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