天使な悪魔_8章_5

トーリスとフランシス


「僕ね、アントーニョさんのことよく知る前に雑誌で見てるんですよ。」

アントーニョの傷を消毒をし、止血をし、綺麗なガーゼを当て、器用に包帯を巻きながら、イヴァンの助手だという人の良さそうな青年、トーリスは言った。

「あ~、結婚雑誌?」
フランシスが苦笑すると、トーリスは、ええ、とうなづいた。

「写真越しにだけどすごく花嫁さんの事好きなんだなぁ~って言うのが伝わってきて、立場もわきまえずイヴァンさんにこういう人達助けるのに時間使いましょうよって言っちゃいました。」

そう言って笑う姿は本当に善意のかたまりで…

「だから今アントーニョさんを助けられて嬉しいです。
アーサーさんはきっとイヴァンさんが助けてくれるから…幸せになって欲しいなぁ…」

という人の良さを絵に描いたような青年の様子に、ほんわかする。

「トーリスって…軍人ぽくないよねぇ…」
フランシスが思わずそう言うと、トーリスは一瞬きょとんとして、それから困ったような顔で笑った。

「ああ、僕軍人じゃないですよ?
無医村で育って医術学びたいなって思って都会に出てきたんですけど、家に病気の双子の弟がお腹すかせて待ってるって男の人に出会って、所持金半分渡そうとしたら足りないって言われて全部渡しちゃったら、自分が行く所も食べるモノもなくなって行き倒れちゃいまして…。
そんな時にイヴァンさんに拾われたんです。」

うん…なんというか…壮絶な人生というか…世間知らずっぷりがもうアーサーと張るというか…。
反応に困ってフランシスはごまかすように笑うが、トーリスは気づかないようで

「イヴァンさんも…誤解されやすいだけで本当は優しい所もある人なんです。できれば誤解が解けて幸せになってくれると嬉しいんですけどね。」
と、さらに続けた。

「誤解?」
フランシスが首をかしげると、トーリスはハっとしたように口を押さえ、うつむいて考えこみ、それから顔を上げた。

「あの…ですね。イヴァンさん、ホントはギルベルトさんのためにギルベルトさんのお兄さんと同じ病気の人探してたんです。」
「へ?どういうこと?」
「つまりですね…同じ病気の人をギルベルトさんが救う事によって、お兄さんの死のショックから完全に開放されればいいな…と。」

「あ~だからなのね…」
フランシスは納得した。

「同じ病気の人間を広い範囲で探せるようにギルちゃんと別の方向に行って、それで白羽の矢が立ったのがアーサーだった?」
と、さらに聞くと、コクリとうなづく。

「GPS埋め込んだのも嫌がらせとかじゃなくて…」
「確実にギルちゃんに引き渡せるように場所を見失わないようにってことだよね?」
と、フランシスがさらにそうかぶせると、トーリスはコクコクうなづいた。

まあ…結局普通ではみつからなくて、病人を強引に作ってしまったのは秘密だが…。



「とりあえずもう一人の友達が何も事情を知らないまま待ってるから、お兄さん二人が見つかったって連絡だけいれてくるね。ここの場所の事は言わないから、安心して。」
そう言ってフランシスが外に出て行くと、トーリスはベッドに眠るアントーニョに視線を落とす。

実働部隊の人間らしく精悍な印象の青年の顔に残る涙の跡…。
雑誌の中の花嫁を慈しむような深い緑の目を思い出す。
この人はどんな気持ちで死にゆく花嫁を前にして共に死ぬことを選んだんだろうか…。

「みんな…幸せになれるといいんですが…」
小さなため息をこぼす。

イヴァンは名医だ。
それこそ非常に珍しい重病の患者をその手で創りあげられるくらいには…。

しかしだからといって逆に治す方もできるのだろうか…。
少年を治せなければ友人はさらに傷ついて、傷つく友人をみてイヴァンも傷つくのは容易に想像できるだけに、とにかく手術が成功するのを祈らずにはいられない。

普通に考えれば、おそらく発作を起こして死にかけていたということは、その時点で開胸などするほうが無謀だ。

だが、イヴァンは天才医師だ。
というか…何か呪術めいたモノを組み合わせている気がする。
理論上ありえない事が彼の手によってしばしば起こされるのだ。

だからあるいは何か体力を落とさず手術をする術があるのかもしれない。
そう願いたい。


(通常だとそろそろかな…)
チラリと時計を見てトーリスは仕切りで区切られた手術室に目を向ける。

本来こんな車内でやるようなものではないのだが、それでもそれが出来る環境の車というのは、ある意味すごい。

こんな車で医者がいない、来てくれないような地域を医者として回れたら…と、今までは漠然としていた将来の夢が少し形を持った気がする。

そんな時、ベッドで身じろぐ気配がした。

気がついたんですか…と、声をかける前にガバっと勢い良く半身起こした青年は、一瞬痛みに顔をしかめて、次に状況を理解したのか、

「何故…死なせてさえくれへんのや…。」
と、絶望したようにつぶやいた。

その声音から彼がどれだけ花嫁との死を望んでいたのかが嫌でも伝わってきて、トーリスは暗雲たる気持ちになった。

「あなたが死んではいけない人だからですよ…。」

そう…少なくともあの本当に愛しそうに見ていた花嫁がまだ息があるうちは、この人は死んではいけないと思う。

ポンと肩を叩いて声をかけるが、返ってきたのは明らかに嫌悪と恨みを含んだ視線で、さらに

「あんたが助けてくれはったん?
善意なのはわかっとるけど、悪いけど大きなお世話や。」

と、苛立ちを抑えきれないトーンで言われて、トーリスは立ちすくんだ。

「あ、あの、ですねっ…」
焦って説明しようとした時、いきなり手術室の方からピーピーと音がした。

顔色を変えるトーリスと、音に対して反射的に構えるアントーニョ。

「ちょっと僕見てきますっ。…というか…アントーニョさんも消毒して一緒に来ますか?」
一応白衣を着て、予備の白衣をトーリスが差し出すと、アントーニョは顔色を変えた。

「まさか…手術中なん?アーティーの?」
半信半疑といった表情でそう聞くアントーニョにトーリスがうなづくと、
「それ早く言ってやっ!!」
とアントーニョは大急ぎで白衣を身につけた。

「あの…卒倒とかしないでくださいね?あと手は出さないようにお願いします」
そう言えばこの人たぶん手術とかみたことないよな…と、一応声をかけると、アントーニョが一瞬うっと詰まる。

「血…ダメですか?」
「いや…これでも現場渡り歩いとるから血も遺体も見慣れとるけど…アーティーのはダメかもしれんわ…。
あの子の事やと小指の先ほどの怪我でも堪えられへん。」
「…ダメじゃないですか…」

さきほどの勢いはどこへやら、そう言ってシュンとうなだれるアントーニョに、少し困った顔をするトーリス。

「ちょっと僕だけ様子を見てきますから、ここで大人しくしてて下さいね。」
と、仕方なくそう念を押して様子を見に行った。




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