天使な悪魔_8章_3

迷医ギルベルトの追跡


「ねえ、アントーニョ兄ちゃんが物凄い形相で走っていくのが見えたんだけど、アーサーの容態が何か変わったの?!」
バタン!と珍しく慌しい様子でフェリシアーノが駆け込んできた。

「へ?昨日なら倒れたけど一応落ち着いて今自室なはずだが…。
っつ~か、もしアーサーの容態変わったんなら、まず俺んとこ抱えてくるだろ?」

と言いつつも、ギルベルトは一応、と、アントーニョの携帯に電話するが出ない。
仕方が無いので今度は家の電話にもかけてみるが、こちらも留守電になった。

「…トーニョがいねえにしても…アーサーは出るはずだよな…」
一瞬考え込んで、ギルベルトは上着を羽織ると廊下を駆け出した。

何もなかったらそれでいいのだから…と、預かっている合鍵でアントーニョの居住エリアに入った。

電気が付けっぱなしの居間。

念のためアントーニョとアーサーの部屋をのぞくが、シン…と静まりかえった部屋には誰もいない。

あまり良い兆候ではなさそうだ。

アントーニョが血相を変えていた理由はおそらくアーサーが部屋にいなかったこと。

自分達にも探してくれという連絡がなかったことを考えると、行き先はわかっていたということだろう。

急いで連れ戻さないといけない…その理由は明らかで、4,5日中に行う手術のため絶対に発作を起こして体力を消耗させたりさせられないから…。

なのに医者である自分を同行させないという事は……

「考えたくねえが…最悪の事態って事か…」

ギルベルトは舌打ちをして、フランシスに電話をかけた。

「フラン、大至急だ。トーニョの家の電話の通話記録調べろ。」

携帯は任務の都合上、情報漏れを防ぐ意味で暗号化されているため、情報部といえど早々通話記録を知ることはできない。

まあアントーニョ関係の人間がアーサーに連絡を取ろうとすれば家の電話か直接尋ねるかしかないわけだから、それで問題はないと思うが…。


普段なら『何があったの?』くらい聞きそうなものだが、そこはフランシスも空気を読んで即作業に入っているらしい。

そして

『ギルちゃん…これって…』
と、ひどく深刻な声が返ってきたのに、ギルベルトは自分の予想が当たってしまったことを確信した。

通信班の中堅のスミスという男が、アントーニョが出先で重傷をおったので…と、アーサーを誘い出していた。

最近スパイが増えているとは聞いていたが、ごく最近入った人間でもない、そこそこ長くいた男がとは思わなかった。

もう一度基地内の人間をきちんと調べ上げるようにローマに提案しなければ…とは思うが、まずはアーサーの行方だ。

おそらくアーサーを人質にアントーニョを呼び出したのだろうが、その後フランシスに調べさせたが痕跡が追えない。

「ギル……どうするの?」
とりあえず考えながらも手だけは動かそうと即アーサーの治療が行えるようにと医療品を車に積み込むギルベルトの横で、フェリシアーノが不安げに聞いてくる。

それはこちらが聞きたいわけだが……。
アントーニョにも連絡が取れないしお手上げだ。

これで手術できなくなったら…

「いや…手はあったか。」
そこでハッと思いついた。

そして…学生時代から愛用している年代物のプライベート用の携帯を取り出し、アドレス帳を開く。
学校を卒業して以来かけていない番号…。
相手もまだ同じ番号を使っている可能性なんて、かなり低いわけだが…。

緊張する指先で登録してある名前を押した。

電話をかける音…に続いて、呼び出し音がしたのも一瞬、即

『ギルベルト君、どうしたの?』

そう数年のブランクなどないように、まるで交流のあった学生時代のように当たり前に尋ねてくる柔らかい声に、ギルベルトの方が戸惑う。

『何か困ったことでもあったの?』
一瞬言葉の出ないギルベルトに、イヴァンはやはり柔らかい口調で更にそう問いかけてきた。

ああ、そうだ。
聞かなければ…。

「ああ、わりい。お前に聞いていいことじゃねえかもしんねえけど…」
と、ギルベルトが切り出すと、電話の向こうのイヴァンは何故か嬉しそうな声で

『君が僕に聞いちゃいけないことなんか何もないよ?
そして、君に聞かれた事で僕が答えない事もなにもない。』
と、返してきた。

もう友人として交流を持っていた学生時代とは違う。

敵対している軍に所属している間柄で、何故いまだにそういう答えが返ってくるのかはよくわからない。

が、本当だとしたらありがたいことは確かだ。

「あのな、お前この前アーサー拾った時に心臓にGPS埋め込んだって言ってただろ?」
『うん、言ったね。』
「それでな、今のアーサーの位置とかわからねえか?」
『もちろんわかるよ♪教えて欲しい?』
飽くまでにこやかなイヴァンの声にギルベルトは小さくため息をつく。

「……わりい…。俺いま金とかあんまねえんだわ。」
交渉に使えそうな情報もねえな…と、何かないかとそのまま考え込んでいると、イヴァンの思考はギルベルトの予想の斜め上を行っていたらしく、あさっての方向の返答が返ってきた。

『ギルベルト君…ガソリン代もないくらいお金ないの?
僕が基地訪ねていったらさすがに問題だし、見つからない程度の場所まで歩いて来れるならガソリン代くらい寄付してあげようか?』

「へ?」

『さすがに徒歩でアーサー君の所まで行くのはきついよ?車じゃなきゃ…』

「いやいやいやいや、そういう意味じゃなくてっ!
俺様、アーサーの位置情報と交換できるようなモンがねえって言ってるだけで、ガソリン代くらいはあるって!貧乏学生じゃねえんだし…」

『なんだぁ。じゃあ現地待ち合わせで大丈夫だね~』
ふわふわとした口調で言うイヴァンは、アーサーとは別の意味で世間ずれしてないというか、つかみどころがない。

いきなり電話してきた、敵対した元同級生に、自軍の作戦に関わっているであろう情報を普通に教える事にまったく思うところはないのだろうか…と思わないでもないが、このさいイヴァンのそんな性格にすがるしかない。

ギルベルトは礼を言うと、一応何かあった時に人質になりうるフェリシアーノは留守番に置いて、フランシスと共に【華麗な俺様とことりさん号】に乗り込んで、教えられた地点へと急いだ。



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