10歳の時に拾ってちょうど10年…。
アントーニョは久々に同居者の死を迎えた。
可愛い愛しい同居者はアントーニョの腕の中でスリっとその小さな頭をアントーニョの腕にこすりつけると、最期に出会った時と同様、みぃ~と一声…その後動かなくなった。
その時の胸が張り裂けるような痛みは、アントーニョが生まれて初めて経験する心の痛みだった。
当たり前だったはずの死がまるでありえるはずのない理不尽なことのように受け入れられない。
まるで狂ったように動かない遺体にすがり、慟哭し、鳴き声をきかせてくれるように懇願して、それが叶えられないと知るやいなや、たまたま手近にあった果物ナイフで手と言わず足と言わず自分を刺しまくって慌てた周りに取り押さえられた。
23まで経験した事がなく耐性がなかった“悲しい”という感情は、容易にアントーニョの心を壊し、狂わせた。
それから力尽きて落ち着くまで拘束服を着せられて、1週間泣き続けた。
そして日々『死なせてくれ』とその一言しか言わなくなったアントーニョに希望を照らしたのはフェリシアーノだった。
「あのね、アントーニョ兄ちゃん…」
幼い頃から両親、大事な唯一の相手と、多くの“大切”を亡くして痛みの中で生きることを知っているその少年は、まるで秘密でも打ち明けるようにアントーニョの耳元に囁いた。
「昔ね、俺が大事な人を亡くした時に、その時の家庭教師の先生がね、教えてくれたの。大事な相手がね、もし生まれ変わって自分の前に現れてくれた時にね、その相手に恥ずかしくないように、そしてその相手に対して最善を尽くせるように、一生懸命今を生きないと駄目だって。」
小さな子ども相手に少しでも気休めになれば…そう思って身近な大人が言ったのであろうその言葉は、すんなりとアントーニョの心に入ってきた。
ああ、もしかしたらあの子猫がもう一度戻ってくるかもしれない。
そうしたら、今ならもう、他人(ローマ)の力を借りてではなく、自分の手で守ってやれる。
それは即立ち直るには心許ない希望で、それでも唯一すがれる光だった。
アントーニョはそれから一週間かけて心を…さらに1週間かけて体を治して、通常の生活に戻って1ヶ月…ポカリと開いた心の穴を埋めるべく、任務先から小麦色の毛並みの天使を連れ帰った。
…ただし今度は子猫ではなく、耳の長い子ウサギだったが…。
しかしその天使は一緒に散歩をと外を歩いていた時に、たまたま吠える犬に出会ってショック死をしてしまった。
そんな経験をして、次の天使からはもう絶対に外には出さなくなった。
良い室内環境で、極力会わせる相手を少なく…。
最初の子猫、エンジェルを亡くしてから5年、ウサギ、小鳥、リス、アライグマと、次々と天使を拾って…でも皆、元々弱っていた相手を連れてきたせいかみな短命で、また出会えるから…という慰めのおまじないの効果もどんどん薄れていった。
自分だけは死ぬこともなく、そして…言い寄ってくる天使以外の相手も――普通の人間なので寿命的な問題でも当たり前だが――死ぬことはなく、自分の大切な天使だけが何度も自分の手の中からすり抜けていってしまうことに、アントーニョは少し疲れていた。
思えばあの時、一人で旅に出たのはそんな心の疲れが原因だったのかもしれない。
そこで大勢人間がいる中で何故か一瞬で目を、心を奪われた唯一。
環境を整えてもダメだった。
外に出さなくても死んでしまう…。
そんな今までの経験上、もう自分といるのがダメなのだろうという結論にまで達していて、距離を置こうとしたのに…。
優しい子だった。
可愛い子だった。
なのにやっぱり自分の手の中で息絶えてしまう…。
もう…自分が生きている事自体がダメなのだろう。
自分がこの世で生きている限り自分は天使を殺し続ける。
パチリと目を開けると眩しくて、アントーニョは思わず目元に手をかざした。
細めた目に入ってきたのは己の薬指に光る金の指輪…。
一気に意識が覚醒する。
ガバっと飛び起きると首元にかすかな痛みを感じるが、そんな事を気にしている余裕はない。
痛みは感じるが故に今自分が生きている事を実感する。
また…なのか…。
また天使を殺して自分だけ生き続けているのか…。
吐き気すら伴うくらい激しい自分の生に対する嫌悪と絶望感。
「何故…死なせてさえくれへんのや…。」
はき捨てるように言って、アントーニョは頭を抱えた。
天使を殺し続ける自分は悪魔で、【死】という生きとし生けるもの全てに与えられるはずの最低限の慈悲すら与えられない存在なのか?
「あなたが死んではいけない人だからですよ…。」
特に気配を消しているわけでもない人間が傍によってくるのにさえ気づかなかった。
ポンと肩を叩かれ振り向いた先には人の良さそうな青年。
行動の全てが善意で出来ていそうな…
それでも言わずにはいられなくて
「あんたが助けてくれはったん?
善意なのはわかっとるけど、悪いけど大きなお世話や。」
アントーニョがそう言うと、青年は困ったようにうつむいた。
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