天使な悪魔_8章_1

昔の話


どうやら自分は他より若干丈夫にできているらしい。
それをアントーニョが身をもって実感したのはまだ子どもの頃、皆が死んでいく中で最後に自分だけ生き残った時だ。


遠い昔のこと…。

アントーニョを始めとして戦いが終わったあとの町中で遺された赤ん坊や子どもを拾っては、ようやく雨風がしのげるようなボロい教会へと連れ帰って育てていた神父様は、優し
い人だったのだと思う。
が、それらの子供たちを十分養えるほど生活に余裕があったわけではなかった。

貧しい生活、不足した食事や防寒具…当然病気になっても薬どころか栄養のある食べ物を与えてやれるわけもなく、その小さな善意に満ちた教会では病気イコール死であった。

まあアントーニョは運がいい方でもあった。

わりあいと初期に拾われたため、生命力が弱い赤ん坊の頃はまだ子どもも少なく、余裕があるとは言えないが生きていけるだけの衣食が確保できていたので、なんとか命をつなぐことができたのだ。

しかしどんどん子どもが増えるにつれ、弟や妹のように面倒をみていた子供たちは目の前で死んでいった。
それを何度も何も出来ずに見守り、錆びたスコップで墓を掘って埋めるのがアントーニョの仕事の一つでもあった。

なんとかそれを食い止めようと自分の分の食物まで子ども達に与え、神父様もまた病を得て死んでいった。

その後は自分達の唯一の糧である教会の裏庭の小さな畑の世話はアントーニョの役目になり、神父様の死後も状況は変わること無く、アントーニョはその畑と小さな子供たちを守りながら…守り切れない子どもを見送る生活を続けることになった。

死は身近で珍しいものではない。

人は当たり前に死ぬものだと幼い頃から実感してきたからそこに特別な感情はなく、淡々と最後の子どもを見送って墓を作り終えた瞬間に考えていた事は、彼の分として残しておいたトマトをどうしようか…だけだったくらいだ。




翌日からは世話する相手もなく、子ども一人分としては十分な収穫を得られる畑から、それでもその日食べる分だけを収穫して食べ、残りはたまに往復数時間かかる村に行って畑では手に入らない物品と取り替えてもらう。ただそれだけを繰り返し、淡々と生を永らえた。

そんなある日…

みぃ~…

それは畑の収穫物を必要なものと交換するため、リヤカーを引いて村へと向かう途中の事だった。

小さなか細い鳴き声に何気なく足を止めると、そこには小さな小さな子猫。
頭の上の部分は綺麗な小麦色で他の毛並みは真っ白な、新緑色のまあるい目をした可愛い子猫だ。
親とはぐれたのだろうか…。

しかしあたりを見回しても親らしい猫はいない。

自分より小さな生き物は守って助けてやらなければならない…そんな神父様の教えは感情ではなく理性に染み付いていて、アントーニョは仕方なくその小さな毛玉を拾い上げた。

またひとつ墓が増えるな…その瞬間考えたのはそんな事だった。

子猫のために、最近少し贅沢――と言ってもささやかなものだが――をする余裕ができてきたため購入するようになったチョコレートを諦め、猫用の粉ミルクとスポイトを買った。

自分の買い物もしてまた教会までの長い道のりを歩く。

頭の上の金色の部分が天使の輪のように思えたので“エンジェル”と名付けたこの子猫は、どうせ長く一緒にいる事はあるまい…そう思って飼い始めたものの、下手をすれば教会の子供たちより長く一緒に暮らす事となった。

確かにそのままそこに留まっていたらあるいは子供たちのように死んでしまっていたかもしれない。

しかしちょうどその猫と暮らし始めて1週間ほどたった時に、アントーニョは今度は拾った猫ともども自分がローマに拾われたのだ。

教会では傍若無人、唯我独尊、もう飼い主のアントーニョよりも偉そうだったエンジェルは、急激に変わった環境に連れて行かれてひどく落ち着かなかったのか、いつも離されないようにアントーニョのシャツに爪をたて、しっかりとしがみついていた。

アントーニョとて落ち着かないのは同様だったが、そんな偉そうにしていた子猫の怯えっぷりが可愛らしく、不安にさせないようにといつも笑顔で話しかけては撫でていた。

するとエンジェルの方もゴロゴロと喉を鳴らし…しかし無意識にやっていたのだろうか、時折ハッと気づいたようにフイっとそっぽを向く。

まるで人間のような素直じゃない可愛い子猫にアントーニョは物心ついてからずっと何も感じなくなっていた心の氷が溶けて、いつしか強い愛情を感じるようになっていた。

だからローマに拾われた後に出会った人間は皆アントーニョは感情豊かなよく笑う男だと思っている。

それはそんな誤解だったのだが、その誤解は基地内でのアントーニョの立場をとても良くしたし、アントーニョも本当に幸せを感じる事が多くなっていった。

エンジェルはまさしくアントーニョに幸せを運んできた天使だった。

拾った時点での栄養が足りてなかったせいかよく病気もしたし、その都度教会の子供たちのように死んでしまうのでは?と不安になったが、裕福なローマが用意してくれる獣医は優秀で、エンジェルは何度も命を救われた。

こうしてアントーニョは生活によって生死が分かれるのだと当たり前に理解した。




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