青い大地の果てにあるもの8章_2

お部屋訪問


乙女達の援軍にひとまず安心して、アントーニョはアーサーの病室へと引き返した。
今日は退院…というか、医務室から部屋へ戻る日なのだ。

「別に基地内の自室へ戻るだけなんだから、来る必要ないのに」
着替えや日用品を持って後ろへと続くアントーニョにアーサーは呆れた声をあげるが、アントーニョはニコニコ応じる。

「だって親分、考えてみればタマの部屋行った事ないやん?
いつも俺の部屋やし。」

「…来てどうすんだよ?なんにも面白いモンなんてないぞ?」

「え~、タマの事なんでも知っておきたいんやもんっ。
この世で一番タマん事知ってる人間になりたいやん。」

「馬鹿か、お前は。」
アーサーは吐き捨てるように言うが、部屋に行きたいというアントーニョの希望に異論はないらしい。
アントーニョに続いて足は居住区に向く。

「ここがタマの部屋かぁ~」
居住区についてアーサーの部屋に入るとアントーニョは嬉しそうにつぶやいた。

入った瞬間に香の良い匂いがたちこめ、板の間の廊下を通って畳敷きの居間に入ると、足の低いテーブルと座卓がある。

「冬だったら炬燵だったんだがな。」
アントーニョを座卓にうながしてアーサーは急須から茶をいれる。

「炬燵ってなに?」
という、絶対に聞かれるだろうなと思ってた質問をしてくるアントーニョにアーサーは笑った。

「日本の伝統的な暖房。テーブルの下見てみろ。電気ストーブみたいになってるだろ?
これをつけてテーブルに布団をかけると、暖かくて気持ち良いんだ。出るのが嫌になるのがたまに傷だけどな。」

「へ~、面白いなぁ。」
アーサーの説明にアントーニョは素直に感心する。

「また冬になったらタマの部屋来てええ?炬燵入って見たい」
ニコパっと笑って言うアントーニョにアーサーの顔からふと笑みが消えた。

「ダメなん?」
無言のアーサーに少し不安げに聞くアントーニョ。

「別に俺は駄目じゃねえけど…」
アーサーはふいっと視線をそらした。

「その頃にまだお前が俺といるのが嫌になってなければな、勝手に来い。」
「嫌になんて絶対になってないわ。だから来たるっ!」
力を込めて言うアントーニョに、アーサーはまだ視線をそらしたまま
「ま、嫌になるまでもなく俺に殺されてるかもだしな。」
と口を尖らせた。

その少し泣きそうな子供の様な表情に、アントーニョはことさら明るく言った。

「タマになら殺されてもええけど…そんな事態は起こらんわ。」

「わからねえぞ。俺は今まで味方もいっぱい殺してるしな。
ポチ自身を殺さなくてもお前の大事な友人殺すかもしれない。
そうしたらお前も嫌になるだろ。」

アントーニョの脳裏を以前から聞いているアーサーの噂と、実際にこちらへ来た日に遭遇したフリーダムの様子がかすめた。

「タマは偉いわ。ずっと長い間たった一人で全部背負い込んで戦い続けて。
誰だって犠牲だしたないし、自らの手を汚してまで戦いたくないやん。
でももしもな、今度タマが味方に手を下さないとならんような状況になったら俺がやったるわ。
タマがそうせなならへん事になったら、俺、仲間かて友達かて俺自身の手で殺ったるで?
タマの事嫌になんて絶対にならへんし、タマのためなら何でもやったる」

「…馬鹿か、お前はっ」

「馬鹿やのうてアホ言うてや。
もうタマの事に関してはもうほんっとアホになれるわ、親分。
タマの事まじ好きやで。
一生タマのアホ犬でええわ。あ、でもアホかて主人の事は忘れない忠犬やからな。
ずっとずっとタマの事好きやから、信じたって?親分の事。
ほんまにな、俺、殺されるまでもなくタマのためなら自ら死ねる思うわ。」

そう言うアントーニョに、アーサーがボソっとつぶやいた。

「それは知ってる。」
「え?」
「お前…本当は俺とフェリ逃がすため死ぬつもりだっただろ、この前。」
相変わらず視線をそらしたまま頬杖をついてアーサーは言う。

「ああ、あの時な。うん。タマのために死ぬならええかな~って思ってたんやけど結局タマに無理させてもうたよな。ホント俺ってアホやわ。」

ハハっとなさけなく笑うアントーニョに、アーサーはまたボソリと

「そんな馬鹿の気持ちが嬉しくて、意地でもこいつを死なせないなんてできもしない事しようとした俺の方が馬鹿だ。」
とつぶやいて、膝を抱え込んで膝に顔をうずめた。

「へ?」
思わぬアーサーの言葉に一瞬思考が停止するアントーニョ。

「タマ…こっち向いたって?」
「嫌だ。」
顔の見えないアーサーの表情を見たくて言ってみたが、即拒否られる。

「…俺な…ほんっまにタマの事好きなんやけど…」

「…知ってる。」
アントーニョの言葉にアーサーは膝に顔をうずめたままボソリとつぶやく。

「タマも俺の事好きになってくれたら嬉しいんやけど…」
「……。」
「タマ…俺の事嫌い?」
まさか嫌われてまではいないだろうと思いつつもドキドキしながら聞くと、
「…馬鹿か、お前は」
と、いつものぶっきらぼうな調子で答えが返って来た。

"好き"という言葉は簡単には与えられない事はわかっている。
が、ぶっきらぼうなその返答の中に変なところで照れ屋なアーサーのそれ以上の気持ちがこもってるのも知っている。

「親分…タマの"特別"になりたいなぁ…」
それでも多少それっぽい言葉が欲しくなってさらに続けると、

「勝手になってるだろ!馬鹿犬がっ。」
と、アーサーらしいおかしくも偉そうな肯定の言葉が返ってきて、アントーニョは吹き出した。

やっぱり可愛えなぁ…。
アントーニョは端正な顔を少し赤くして口を尖らせるアーサーにみとれる。

確かに甘い言葉はもらえないかもしれないが、こんな可愛い表情を見られるのは自分だけなのだ、と、アントーニョは嬉しくなった。

「タ~マ♪」
アントーニョは膝を抱えてうずくまるように座るアーサーの方へすりよると、後ろからその体を抱え込むように座った。

アントーニョがこうやって抱え込んでしまうと小さく感じる。

「床に座るのって、椅子よりこうやってくっつきやすいからええなっ♪」
「…んだよっ。うざいっ!」
嬉しそうに言うアントーニョをアーサーは口では突き放すものの、特に押しのけたりする事もしない。

「タマって…結構他人に触れられたりするの気にならん人?」
嫌がるでもなく、かといって意識して緊張するでもなく、何事もなかったようにそのまま膝を抱えているアーサーを少し意外に思ってアントーニョは聞いた。

「…人による。知らねえ奴だとさすがにどつくけど、小さい頃から桜がいつもひっついてたから慣れた相手のスキンシップって意味ではあんま気にならないな。」

なるほど、とアントーニョは納得した。

「桜ちゃんが最近女の子達とおること多くなってあんまり一緒におれんくなって寂しい?」
さらに聞く。

「しかたないだろ。桜も別に俺の所有物なわけじゃないし、他の女友達と遊ぶのが楽しいらしいし。」

「なるほど、寂しい訳やね。」
素直じゃないその答えに思わず小さく吹き出すと、
「うるさいっ!」
と不機嫌な声が返ってくる。

「俺ならな、タマの所有物やからいつでも呼んでくれてええで?」
アントーニョの言葉にアーサーは即答する。
「桜の方がいい。」
「タマ~…冷たい~」
がっくりとアーサーの肩に額をつけるアントーニョ。

「だって…桜のが料理うまいし日本語話せるし…寝間着代わりの浴衣とかだって桜の手縫いだし」

「嫁みたいやんな」
「そそ、嫁嫁。」

あきれるアントーニョにアーサーはクスクス笑った。

「ええわ、じゃあ俺かて料理も日本語も裁縫だって勉強したるわ。」
ふくれるアントーニョに

「ああ、頑張れ!桜を超えたら嫁にもらってやる。」
と、まだ笑いながらアーサーが言う。

「うん。ほんま頑張るからな。だから…先にエールくれん?」

「エール?」
アーサーが頭だけ上向いてアントーニョを見上げた。

不思議そうに見上げるその様子はいつもより少し子供っぽい無防備な感じで、アントーニョは焦る。

(あかんわ~…タマむちゃ可愛い//)
あわてて片手で口元を押さえてクルっと横を向くアントーニョを、アーサーはいぶかしげに見る。

「なんだよ?ポチ」

(可愛い、可愛い、ほんまやばいくらい可愛すぎて、俺の方があかんわ)

「お前な~、自分から言っておいて何だよ!」
ぷ~っとふくれる様子もアントーニョの男心をモロくすぐるわけで…。

「タマ…」
「…んだよ?」
「…お茶、もういっぱい下さい。」
「…?…ああ。」
いきなりの要求に不思議そうな顔で、それでもアーサーは立ち上がった。

(可愛すぎてやばいなんて言うたら…確実に殴られるやんな…)
なんとか一呼吸おくことに成功してアントーニョは息を吐き出した。

コトっと置かれた湯のみの中身を口に含んだアントーニョはあれ?っと思う。

「これ…さっきのと違う?」

アントーニョに注いでから自分の湯のみにも茶を注いでアーサーは
「ん。さっきのは煎茶。こっちはライス入りの玄米茶って茶。」
と自分も湯のみの中身をすする。

「日本茶は一人の時には結構好んで飲んでるけど、他にはわざわざ淹れてねえ。
飲みたきゃ他の茶も一通りいれてやるけど?」

その言葉でわざわざ茶の種類をかえてくれた真意を理解して、アントーニョは胸が熱くなった。
さっき、アーサーの事を一番に知っている人間になりたいと言った自分の言葉を気にして、わざわざ特別にと来客用じゃないお茶を淹れてくれたらしい。

もしかしたら最近急接近しているフェリシアーノに対するアントーニョの焦りとかも感じ取っていて、あまり他人を入れない自分のテリトリーである自室に入る事を許可してくれたのかもしれない…と、アントーニョは思った。

ぶっきらぼうで冷たい言葉の裏で、アーサーは他人の悲しみや不安といったマイナスに沈み込んだ気持ちに敏感に反応する。

おそらくほとんど無意識に自分の痛みは押し隠して他人の痛みを埋めようとするアーサーがアントーニョはせつなかった。

「親分な、タマのためならほんっとに何でもしたるからっ!」
思わず口をついて出たアントーニョの言葉に、アーサーはチラっと目だけむけて

「茶くらいで大げさな...」
とまた一口すする。

本当に考えている事を全部言ったら、たぶん照れ屋なアーサーの事、殴られるだけじゃすまないだろうとアントーニョは口は災いの元とばかりに黙り込んだ。

「んで?エールってなんだ?」
アントーニョが黙ってできた沈黙をやぶるように、アーサーが聞いて来た。

あ、そうだった。どうしよう。
一瞬迷うアントーニョ。

お茶を一口口に含んで飲み干して考える。だいぶ自分の気持ちも落ち着いて来たよな?
「ああ、だからな、頑張れるようにキスなんてしてもらえると嬉しいかな…と。」
湯のみに顔を埋めたまま上目遣いに伺うと、

「馬鹿か、お前は。」
とあきれた顔でため息をついたアーサーがたちあがった。

アントーニョの側にくると、その手から湯のみを取り上げてテーブルに置く。

へ???
ぽか~んと見上げるアントーニョを見下ろして、

「目くらいつぶっておけよ、ば~かっ!」
とアーサーが膝まづいてテーブルに片手を、アントーニョの肩に片手をおく。

(ええ~~?!!)
よもや本当にしてもらえるとは思っていなかったアントーニョは内心焦りつつも、とりあえず目をつぶった。

次の瞬間
「うあっ!!」
と言う悲鳴と共に、アーサーの体重がかかる。

どうやらテーブルに置いた手が滑ったらしい。
準備なしに全体重をかけられ、さすがにアントーニョも後ろにひっくり返った。

「…ったぁ」
頭をしたたか打って反射的に声をあげるものの、まあ下は畳なのでそれほど痛くも無い。

それでもアントーニョにのしかかったままアーサーが
「悪い。大丈夫か?」
と心配そうな顔でのぞきこんでくる。

綺麗な顔が曇るのを見てアントーニョはあわてて
「平気平気。よもやキスねだっただけで押し倒されると思ってへんかったから。
タマ積極的すぎやなっ」
とわざとちゃかした。

「お前なあ...」
アーサーの顔がかすかに赤くなる。

「もういい!とにかく目をつぶれ!」
やけくそのように言うアーサーの言葉に目をつぶると、サラっとアーサーの髪が頬をくすぐる。

「…美味い物食わせろよ?」
口元に息がかかった。次の瞬間唇に柔らかい感触。体がカッと熱くなる。
すぐ唇が離れ、体の上の重みが消えたが、体の熱はひかない。

「ポチ?」
起き上がらないアントーニョにアーサーが少し心配そうに声をかける。

「あかん…やばいわ…死にそうや。」
その声にアントーニョはガバっと起き上がって両手で顔を覆った。

「お前…初めてじゃないよな?」
「うん。違うけどな。セックスより気持ちええわ。タマのキス」

触れるだけの軽いキス。
それだけで心臓が飛び出しそうにドキドキする。

今まで何人の女と何回ものキスをしても、何回体を重ねても、ここまで気持ちが高ぶった事はなかった。

やばい、やばい、やばい...
「どないしよう…俺、ほんまにタマの事好きや。離れたらタマ不足で死んでまうかもしんない。」

「お前…今まで何人にその台詞言ってんだよ?」
戸惑ったような、あきれたようなアーサーの声に、アントーニョは真剣な顔で詰め寄った。

「言うてへんっ!俺確かに遊んどったけど、ノリでつきあっただけやったから1週間も続いた事あらへんかったし!
ほんまやからっ!ちゃんと誰か好きになったのタマ初めてやしっ!
誰かを束縛したいって思ったのもタマだけやし、その子のために死んでもいいって思ったのもタマが初めてやからっ!ほんまやっ!!」

「わ…わかったから。悪かったから泣くなよ、男が。」
アーサーの言葉にアントーニョは初めて自分が泣いていたのに気付いた。

「…堪忍。俺なんかみっともな...」
アントーニョがあわてて袖口で涙をぬぐうと、アーサーが立ち上がった。
そのまま新しい急須と湯のみを持ってくる。

「次は…蕎麦茶な。文字通り蕎麦の実のお茶。蕎麦の匂いするぞ。」
トポトポとお茶を湯のみに注ぐと
「飲めよ」
とアントーニョに差し出す。

うながされるまま湯のみを手に取ると、香ばしい匂いが鼻をくすぐった。

「まあ…誰彼かまわず相手の為に死んでも良いなんて思ってたら、さすがに今頃生きてないよな、確かに。」
ズズっと自分も蕎麦茶をすすりながらアーサーはいう。

「それでも…モテないわけでもないのに物好きだよな、お前も。
世の中もっと可愛い女の子なんていっぱいいるだろうに。」

「そんな事ないわ!タマより綺麗な子なんておらん。
俺はタマがええ!タマやないなら要らんわ!」

「ああ、そうかよっ。もうその辺でやめとけ!」
アントーニョの言葉に真っ赤になってソッポをむくアーサー。

蕎麦茶をすすりながら少し落ち着いて来たアントーニョは、その様子をまた可愛いなぁと思いつつみとれる。

「でも…ホンマのことやで?」

「ああ、もうその話題は終わりだ!」
さらに言うアントーニョに、アーサーは強引に話をうち切った。
照れるアーサーも可愛いと思いつつも、これ以上言うと怒らせかねない。アントーニョも黙って湯のみに顔を埋めた。

そこでいきなり
「ポチ、手、出せ」
と言われてアントーニョが手を出すと、そこにチャリンと落とされる金属。

「タマ…これ…?」

鍵に見える。
うん、鍵だ。

「合鍵。これからずっと仕事ん時は一緒らしいし、何かあった時のために渡しとく」
添えられたアーサーの言葉にアントーニョは一瞬脳がついていかずに目をぱちくりさせた。

それをどう取ったか、アーサーが少し眉を下げて
「要らないなら…」
と、手を伸ばした。

「要らんくないっ!!絶対に要りますっ!!!」
それでアントーニョはハッと我に返って手の中の鍵を握り締めると、胸元にギュッと押し付けた。

「嬉しい…めっちゃ嬉しいわぁ…」
「…何をおおげさな…」
「おおげさちゃうわっ。おおきにっ。あとで俺の部屋の鍵も渡すわ~。」
言ってアントーニョは胸から下げているクロスのチェーンに鍵を通し、その鍵にチュッとくちづけた。



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