拉致
拾われて以来初めてアントーニョはローマを恨んだ。
アーサーが倒れた日の午後、出撃命令が下った。
ギルベルトいわく4,5日中にオペをするとのことで…手術で万が一があればそれまでの僅かな時間がアーサーと過ごせる最後の時間になる。
1分1秒ですら無駄に出来ない値千金の時間なのだ。
なのに出撃。
それどころじゃないと当然のように拒否して休暇を取ろうとしたら、却下された。
いっそのこと仕事を辞めてやろうかとも思ったが、この先アーサーを守っていくにも金がいる。
食べていくだけなら多額の貯金もあるしどうとでもできるが、手術は治療の始まりでしかないのだ。
せめてあと1年半は大事をとらせなければならない。
治療にはそれなりの設備も必要だろうし、養生するのに良い環境を用意してやりたい。
そのためには今の仕事はやめられない。
こうしてイライラしながら早々に仕事をこなし、帰路にアーサーと初めて会ったシーラインを通りかかってふと思いついた。
ああ、そう言えば色々ゴタゴタとしていたし、そもそもが通常の結婚とはかけ離れていたため、指輪も買ってやってなかった。
手術前に贈ってやりたい。
「ちょっと…30分だけ止めたって。」
と、部下に言って、リゾート地の宝石店に駆け込んだ。
薔薇が地域の花であるシーラインだけあって、それをモチーフにしたモノが多いのが嬉しい。
アントーニョはその中で薔薇がほり込んである金のおそろいの指輪を購入した。
自分用のはそのままはめて、もう一つは包装してもらう。
(喜んでくれるやろか……)
それを懐に車に戻りながらアントーニョは最愛の天使の顔を思い浮かべる。
照れ屋なアントーニョの可愛い幼妻はきっと少し顔を赤くして、プイッとそっぽを向きながら、それでも嬉しさを隠せずに指を差し出すのだろう。
そんなことを考えながら基地に帰還して、急いで戻ろうと廊下を疾走していたら、
「あれ?カリエド中佐、大丈夫だったんですか?」
と、見知った兵に声をかけられた。
「へ?」
「いや…今回出先で重傷負ったって聞いたので…」
と、目を丸くされ、逆にアントーニョの方が目を丸くした。
「誰がそんなん言うとったん?」
どこからそんな誤報が?と思いつつさらに尋ねると、兵が
「通信班のスミスが…で、天使ちゃんと青くなってどこか向かってましたけど…」
と答える。
その答えに今度はアントーニョの方が青くなった。
そんな誤報がよりによってアーサーの耳に入ってしまったのかっ。
「で、二人はどこに?!」
「いえ、そこまでは…」
「おおきにっ!」
変にストレスを与えてなければいいが、と、アントーニョは兵に礼を言うと、自宅へとさらに疾走する。
鍵を開けるのももどかしくバタン!とドアを開けると、シン…と静まり返った室内に舌打ちをして、踵を返しかけた時に電話が鳴った。
「もしもしっ?!!」
と、それに飛びつくと、見知らぬ男の声。
なんとなくだが少し…いや、かなり嫌な予感がする。
『やあ、カリエド中佐、初めまして。君の大事な姫君を今お預かりしているよ。』
ああ…やっぱりか……
できれば気のせいであってくれと思ったが…。
それはまるで地獄の使者の声に聞こえた。
そして目の前が暗くなる。
「…無事なんやろな?」
祈るような気持ちで聞いた。
『君次第だな。今は丁重にお招きして眠って頂いている。
出来れば君一人で迎えに来て欲しいんだが?』
「今どこや?」
『とりあえず基地を出て北東方向に…。詳細はおって携帯に知らせる。』
「わかった。
アーティーはそのまま寝かせといたって。
絶対に怖い思いさしたりストレス与えたりせんといてな。
病気なんや。万が一悪化させるような事したら親分絶対に許さへんで。」
『では麻酔が切れる前に行動してくれればありがたい。』
と、最後に残してプツッと電話が切れた。
「クソッ!」
ガン!と腹立ちまぎれに椅子を蹴倒すと、アントーニョは受話器を電話にたたきつけて、部屋の外へとかけ出していった。
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