天使な悪魔_7章_6

真心


アントーニョは本当に一人で来るだろうか…。
こちらに何人敵がいるかわからない状態で…。

初めからもう救出など諦めて大勢で来られたら、それはそれで仕方ない。
というか、本当はそれが一番良いのだろう。

自分と大佐が一斉射撃か何かで死ねば秘密は守られる。

アントーニョは不幸な事故で配偶者を亡くして話に聞いていたように今までと同様1ヶ月ほど落ち込んで、それでも周りはあの人の良い男を慰め、いずれ立ち直ってまた大事なものを見つけるだろう。

アントーニョはエリートで顔も良くて性格も良くて…自分に関わらなければいつかきっと本当に性格も良い可愛い女性でも見つけて幸せになれる。

彼のためを考えればそれが一番良い。
例え自分がひどく寂しく思っても、それが一番良い。

もう十分じゃないか。
ただ旅の途中で居合わせて助けたというだけの縁の人間に対して、アントーニョは随分と優しくしてくれた。
十分じゃないか…。

なのにどうしてこんなに辛いんだろう…。

ギルベルトが数日後の手術のために短期間限定でと発作を抑える強い薬を使っていてくれて良かった。
いまでもズキン、ズキンと胸が痛む。
使ってなかったら今頃何もできなくなっているだろう。


「ああ、本当に一人で来たようだな」
車の後部座席で身体を丸めるようにして苦痛に耐えていると、運転席の大佐が楽しげに手を打つ。

「さすがに私の軍師だな。」
ひどく嬉しくない…不快に感じるその褒め言葉に、アーサーは表情を少し硬くした。


これで最善のシナリオはなくなった。
なのに嬉しいと感じている自分をアーサーは嫌悪した。

即見捨てない程度にはアントーニョは自分を思ってくれている…それを現す結果に、少し胸の痛みが治まってきた気がした。




「時間がないねん。その子重病人やさかい、グズグズしとると悪化してまう。
せやから俺が出せる最大限の条件出すさかい、即効で決めたって。」

眠っているフリをしたアーサーを抱えて外に出る大佐に名も尋ねずに、自分の車を降りて姿を現したアントーニョは何かの入った透明な袋を大佐の目の前に投げてよこした。

「俺は実働部隊やから事前情報は入ってこんさかい、そっち方面のモンはなんもない。
そこに入っとるのは俺の口座番号とカードと暗証番号や。
美術品とか宝飾類の収集癖とかもないから、他に俺が持っとるもんなんてなんもない。
せやから、俺が出せるのはこの俺の財産全部と俺自身の命、それだけや。」

なんの迷いもためらいもなくアントーニョはコートを脱ぎ捨てた。

「この通り丸腰や。ま、素手でもその気になればそれなりにやれるけどな。
そっちが俺の条件を飲むんやったら大人しく殺されたるわ。」

何かの策があるのだろうか…あまりにありえない。

ただたまたま自分の襲撃に巻き込んでしまったため一人で放り出しておくと自分の関係者だと思われて殺される…それだけの理由で保護してくれたにすぎないはずだ。

もちろんそれなりに気に入ってはくれているようではあるし、情も移ってはいるだろう。
でも自分の命と引き替えるなんて馬鹿げている。

きっと何か策があるはずだ。
そもそもアントーニョがアーサーの想定する範囲外の行動ばかり取るから、自分は外に出ることになったのだ。
きっと今回もそうに決っている。

これから出す条件に何かあるのだろうか…。

カーペンター大佐もそう思ったのだろうか。
「私の方はそれで十分だ。君の命を取れるならここまで出向いた手間は十分報われる。
なんならその金で盛大な葬式でも出してあげてもかまわんよ。
で?君の側の条件と言うのを聞かせてもらえるかね?」
と、興味深そうに尋ねた。

若干緊張をしていたアントーニョが安堵の息と共に肩の力を抜く気配がする。

「自分にとっては大した事やないと思うで。
その子を助けたって欲しいだけや。
自分も知っとると思うけど、その子は重度の心臓病で数日中に手術せなあかんねん。
そのためにはこれ以上病気を悪化させられへんし、体力も落とされへん。
せやから…俺殺すのはかまへんけど、その前に医者の友人に迎えに来たってってこの場所を入れたメールいれさせたって?
そんで…俺を殺したあとはその子はそのまま酸素マスクつけて寝かせたまま俺の車に放置してくれたらええわ。
その後は自分は立ち去ってくれてかまへん。
あとは俺の友人が助けてくれると思うわ。」

「それだけかね?それで君は構わないのか?」
半信半疑で目を丸くするカーペンター大佐の言葉は、そのままアーサーの内心でもあった。

そんな疑問にアントーニョは裏のない真っ直ぐな笑みを浮かべる。

「この子が助かったらそれでええねん。
俺が死んだかてきっと俺の友人達がこの子の事守ってくれるやろし…。
俺の唯一の宝や。俺にとってこの子は最後の天使やねん。
この子より大事なモンなんてなんもないんや。」

裏は…ないのかもしれない……アーサーはそう思った。

……が、

「そういう事でええな?メールするで?」

アントーニョがコートを拾い上げて携帯を手に取ると、大佐は

「待った」
と、それを止めた。

「すまないな。私は一応確実を期したい。
君だけでと言いつつ君の仲間が近くにいて、私が離れる前にたどり着いてしまう可能性もあるだろう。
悪用はしないし、絶対に実行すると約束する。
メールを打つまではいいが、送信ボタンは君の死後、私に押させて欲しいのだが?」

「…もっともやな。しゃあない。それでええわ。
その代わり…ちゃんと送信ボタンを押さへんかったら、許さへんで。
死んでも幽霊になってでも自分を呪い殺しにきたる。」

少し迷った末、アントーニョは携帯を打って送信を押せばいい状態にして脱いだコートの上に置いた。



「じゃ、そういう事でチャッチャとやったって。
一刻もはやくこの子基地に戻して治療受けさせたらんと…なんや顔色悪くなってる気ぃするし。」

何か…何か策があるんじゃないのか?
ハラハラしながらそう思っているうちにアントーニョは躊躇いなくクルっと後ろを向く。

(嘘…だろ?)

こんなつもりじゃなかった…。
アントーニョに出会ってから何度も思ったことだが、今回ほど強くそれを思った事はない。

彼の行動はいつもいつもアーサーの予想の斜め上を行く。
ズキン、ズキン、と胸の痛みは限界を訴えていて、その痛みにもう思考力は消されていた。

「トーニョっ!!」
叫んだ瞬間、アントーニョが振り返った。

驚いて一瞬動きを止める大佐にぶつかるように飛びかかった瞬間、マスクが弾け飛んで火傷しそうな空気が肺を満たす。

「アーティーっ!!!!」

遠くでアントーニョの悲鳴が聞こえた。

続いて銃声が数発。

背に腕が回って、温かい胸にコツンと額を押し付けると、苦しいのに安堵感が全身を包み込んだ。

アントーニョが何か言っている気がするが、よく聞こえない。

(…悲しい思いさせて…ごめんな。)

子どものように悲しげに泣くのでそう言ったつもりだったのだが、言葉にできただろうか…。

それを確認する事もなく、アーサーは静かに目を閉じた。



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