天使な悪魔_7章_3

決意


気がつけばベッドの上だった。
ベッドの脇には青い顔をしたアントーニョ。

ああ…倒れたのか…と、ぼ~っと思う。

「…心配……かけてごめんな?」

無性に謝りたくなったのでそれを口にしたら、アントーニョが一瞬悲痛な表情をした。
しかしそれは本当に一瞬で、すぐ笑顔に戻る。

「少しでも体調悪いって思うたら言うてや?
ほんま、仕事行ってから一人の時とかに倒れんで良かったわ。」

髪を頬を撫でる温かく大きな手が心地いい。

このままこの手を独占していられればいいのに…そんな事を一瞬考え、その考えを脳裏で否定する。
大佐から連絡が来たということは、どちらにしてもこの手を自分で手放さなければならない。

あまりに連絡が遅いと大佐の方がシビレを切らして行動を起こしかねないので、早々にメールは確認しなければ…とは思うものの、どうやらここはギルベルトの治療室で、点滴等がついているということは、このままだとあまり早くは部屋に帰れそうにない。

アーサーは少し考えこんで、それから言った。

「トーニョ…温室の薔薇が見たいんだ。」

その言葉にアントーニョはちょっと目を見はって、すぐまた

「治療終わったらな。
ギルちゃんがそろそろ手術しよかって言うとったから、その前の検査もあるしな。」
と、無理に作ったような笑みを浮かべる。

「今…すぐ見たいんだ。30分でいい。」
「あ~か~ん。元気になったらいくらでも見られるやん。
それまでは親分がちゃんと面倒みといてやるから。」
アントーニョにしては随分強固に反対するが、アーサーも強固に今見たい、今じゃないとダメなのだと主張すると、あまり興奮させてもと思ったのか、諦めて

「ほな、30分だけやで?ギルちゃんに言うてくるわ。」
と、隣室へと入っていった。




こうして部屋に戻れたアーサーはこっそり携帯を隠し持って温室へと入っていく。
一人にしてくれと言ったので、アントーニョは部屋の中だ。

温室の中、アントーニョの位置からは死角になる場所でメールを確認してアーサーはため息をついた。

どうやら件の雑誌で今の状況がバレたらしい。

正確には…大佐的にはアーサーがうまくアントーニョの懐に潜り込んでいるらしいという認識のもと、早々に行動を起こすなら協力してやらなくもないので必要な事があれば言えという、実にありがた迷惑なメールだった。

よもや…このまま永久就職をしようと思ってましたとは言えず…かと言って今の状況がバレたからには全く行動を起こさないわけにもいかない。

大佐側からしたらアーサーが行動を起こさなければ、きっと本当の事をバラして撹乱を狙うだろうし、実際にそれをすれば十分アントーニョを追い詰める事ができるだろう。

なにせ…スパイを自軍内に引き込んだだけでなく、籍まで入れてしまったのだ。
下手すれば背信行為で処罰されかねない。

役に立たなくなったアーサーを情をかけずに放り出した相手に、何もできないアーサーに同情したのか拾って親切にしてくれてあまつさえアーサーの立場を守るために籍まで入れてくれた情の厚い男を窮地に追いやらせることになる…。

いつもいつも自己犠牲的なまでにアーサーを案じ、世話をしてくれるアントーニョ。
アーサーが倒れてベッドで目を覚ますたび、側で注がれる心底心配そうな眼差しを思い出すと泣きそうな気分になる。

この世で唯一と言っていいくらい溢れるくらいの無償の愛を注いでくれた相手だ。
せめて…自分の事で破滅はさせたくない。

守りたい…。
でも何も持たない自分にどうやったら守れる?
こちらの軍の人間には自分が敵軍の人間だと知られずに…大佐の口を塞ぐ方法…。
そんな都合の良い事、どうやったらできるのだろう。

戦闘訓練など受けてないアーサー自身が大佐を葬るのはまず無理だ。
大佐をおびき出せれば逆にアントーニョなら葬れるかもしれないが、二人を会わせれば、大佐は本当の事を言うかもしれない。
それではアントーニョをひどく傷つける。

大佐に口止めをした状態でいかにアントーニョと対峙させるか……

……ああ、方法がひとつだけあった!
でもその方法を取ったら……

いや、この際手段は選んでられない。

行動を起こすならタイムリミットは30分。

アーサーはある決意をして、大佐に返信を打つ。
そして…その後残り少ない時間で、本当にこうして見るのは最後になるであろう薔薇達に最後の別れを告げることにした。


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