天使な悪魔_6章_3

薄幸の花嫁


軍部の雑誌に不似合いな華やかな写真が並ぶのは、ウェディング特集の記事だった。

セクシーな“元”女性から熟年女性…それに二人してタキシードで銃を手に笑っている男性の同性婚の写真もある。

元々は裕福でノーブルな側の人間が多いため保守的なこちら側と違って、敵軍のあたりは随分とフリーダムで面白い。

今回は特に個性的なウェディングを特集しているらしいので、なおさらだ。

そんな中でトーリスはとあるページに目を止めた。

生き生きと活力と幸せに満ちた花嫁花婿の中で、唯一切なくなるような儚げな写真。

真っ白なシーツのベッドの上でバックには様々な医療機器。
今にも消えてしまいそうな真っ白な花嫁の光色の髪の上にはふんわりと繊細なレースのヴェール。

後ろに立つおそらく配偶者の青年の適度に筋肉のついた健康的な褐色の肌との対比で、よけいにその白さが目立つ。

ヴェールに散らした白い花びらも点滴のついたままの細く白い手の中にある真っ白な薔薇も、ともすれば天に登っていく弔いの花にも見える。

とても美しいがどことなく切なく悲しい…そんな写真だった。

思わず下の説明文にまで目を通す。

重い病気で手術を待つ病弱な花嫁。
自分が軍人であるということで危険に巻き込んでしまうにはあまりに儚いその命に、なかなか決意できなかった花婿。
それでもそれが例え短い時間で終わるかもしれなくても、一緒に居ることを選んだ二人…

そんな内容の切ない説明文が流麗な文章で切々と綴られている。

人の良いトーリスが思わずホロリと涙ぐみ、
「イヴァンさん、どうせならカーペンター大佐殺害を画策するより、こういう人達を救う事考えましょうよ…」
と、鼻をすすると、イヴァンは

「うん。ホントにトーリスらしい意見だけどね、その子もっとよく見てみようよ。」
とにこやかに言った。

「へ?」

トーリスはもう一度雑誌に目を落とす。
そしてまじまじと凝視した。




その子…という事だから花婿ではなく、花嫁の方なのだろう。

俯き加減な顔の半分はヴェールの下だが、本当に薄いレースなので、かろうじてうっすらと顔を識別できる。

長い睫毛に縁取られた大きな目。
ふっくらとした頬に小さく整った鼻。
唇もお人形のように小さく、全体的に幼い印象を受ける。
いや、実際まだ幼いと言って良い年なのかもしれない。

「え~っと…とても可憐な感じの花嫁さんですよね?
まだ若そうな……」

「あのね、一応言っておくと、その子男の子だからね?」

「ええ?!!!」

イヴァンの言葉に驚いて、トーリスはまたページを凝視する。
ベッドで半身を起こしてふんわりとした寝間着にヴェールだったので全く気づかなかった。
男にしては随分と細いな…と思っていると、非常に珍しいイヴァンのため息。

「ねえ…君の目は節穴なのかなぁ?
あ…でもあれか…君運転席にいたから、あまり後ろ見てなかった?手術の時もいなかったもんね。」

ふと思いついたようにそう言われて、さすがのトーリスもハッとした。

「もしかしてこの子がカーペンター大佐の?」

イヴァンの指摘通り、運転席で前方を見張っていたため、後部座席に運んだ少年の姿は遠目にしか見ていない。

言われてみれば黄金色の髪と華奢な体格、真っ白な肌などはそうかな?と思えなくはないが、そうだと断言できるほどは見ていないのでわからない。

それでもイヴァンがそうだと言うならそうなのだろう。

「で?何故こんな話になってるんです?」

トーリスが首をかしげると、イヴァンは
「あながち間違ってるわけじゃないんじゃない?
まあ…誇張はされてるし、微妙に色々誤解されている部分はあるけどね」
と、言った。

いや、でも確か彼はイヴァンが友人に治療させたいという理由だけで病人に仕立て上げて送り込んだわけで…それどころかそんなイヴァンの思惑を知らないこちらの軍からしてみたら、花婿であるカリエドを抹殺するために送り込んだ暗殺者という事になっているはずだ。

(…うん、でも事実よりこの雑誌の説明のほうがなんだかしっくりくるなぁ…)

事実を知っているトーリスでさえ、そう思ってしまうくらい写真の花嫁は暗殺者のイメージと結びつかない。

「ホントに…さすがカーペンター大佐の秘蔵っ子だけありますね…」

ここまで完璧に化けられるのはすごい…とため息をつくトーリスに、イヴァンはまた冷ややかな笑顔で言った。

「うん。実に馬鹿正直な君らしい意見だけど…たぶんそれはアーサー君の実力ではなくて、周りの人間達のすさまじい思い込みと妄想の産物だと思うよ?
彼もきっと今頃、『どうしてこうなった?』とか思ってると思うな♪」

そして…それは実は事実であるという、小説より奇なりな現実なのである。




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