氷の男
異常に気づいたのは外に出てすぐの事だった。
幌をかけただけの荷台に乗っていたアーサーは急に息苦しさに襲われた。
何かおかしい…。
そんな事を思うが、すぐ色々考える余裕もなくなる。
苦しさに脂汗が全身を伝い震えが止まらない。
荷台で身を丸くしていると、急にトラックが止まって、隠れる間もなく幌が開く。
「やあ、アーサー君。僕ね、まだ君に死んでもらっちゃ困るんだ。」
遠くで聞いたことのあるような声がして、何かが口元にあてられる。
「とりあえず…移動するよ?
その酸素マスクは自分で持っていてね?今の君には必要なものだから」
と言われて震える手でマスクを押さえると、見覚えのある…しかしここにいるはずのない男がニッコリとアーサーを見下ろしてアーサーを横抱きにしてトラックの荷台から下ろすと、隣に止めてある車へと運んだ。
ちらりと横目で見ると、トラックの運転席は運転手の血に染まっている。
どうやら彼が殺ったらしい。
本職は医者のくせに、顔色一つ変えずに人を殺す事もできるのだ。
いつも笑っているのはフェリシアーノと一緒なのに、その笑みの性質が全く正反対な気がする。
「イヴァン……何故…ここ…に?」
後部座席に寝かされてまだ苦しい息の下でそう聞くと、今回の作戦で外に出る前のアーサーに開胸手術を施した自軍一の腕前を持つと言われる…しかし“氷の男”の異名を持ち、自軍の誰しもから恐れられている大男は、やはりニコリと読めない笑みを浮かべながら人差し指を自分の唇にあてて言った。
「う~ん、秘密…かな?
でも僕の計画のためには君には生きてあちらの軍に戻ってもらわないと困るんだよねぇ…。」
イヴァンはそれだけ言うと、アーサーの手からマスクを取り上げる。
どうやら車内では普通に呼吸ができるようだ。
そもそもイヴァンはマスクなどしていなかったし、トラックの運転手も平気だったようなので、アーサーの方に何かあったのだろうか…。
そんなことを考えていると、腕にチクリと小さな痛みが走る。
「少し…眠っててね?」
イヴァンの…笑みを浮かべる口元と笑っていない目元…。
もしかして…あの開胸手術の時に何か?とふとそんな考えが頭に浮かんだが、次の瞬間、アーサーの意識は闇に落ちていった。
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