天使な悪魔_4章_2

脱走


「う~ん…損得だけじゃないものってあるんじゃないのかなぁ…」
あの包丁の一件以来、刃物の閉まってある棚には鍵がかけられた。

そしてアントーニョがいない間はアーサーを一人にしないようにと可能な限り誰かしらが部屋にいる。

今日はフェリシアーノだ。

美味しいクッキーと美味しいお茶。
いつもニコニコと穏やかで可愛いフェリシアーノと一緒だと、なんとなく楽園だ。
天使というのはこういう人間のことを言うのだとアーサーは思う。

そんな天使様にアーサーは身の危険を冒してまで得にもならない行動を取る意義を聞いてみた。

そうしたら返ってきたのはそんな言葉。

「俺ね、ギルの休日には一緒にボランティアに行ってるんだよ。」
にこにこと楽しげに言うフェリシアーノ。

「戦争に巻き込まれちゃった村々で無償で病気や怪我を治療するの。
もちろん現在進行形で巻き込まれ中の所とかもなくはないから、たまに危ない事あったりするんだけどね。
病気の子どもを治してあげてお母さんに泣きながらお礼言われたり、家族養うため働かないといけないお父さんの怪我が治って働けるようになりましたとか言われたりとかね、そんな事あるたび、来て良かったなぁって思うの。
俺達が行かなければ死んじゃってた子どもとか結構いたと思うんだ。
俺は軍人としては役にたたなくて、爺ちゃんに養ってもらってる身分なんだけどさ、そういう時だけは誰かの役にたってて、俺がいるって事が無駄じゃないんだなぁって思うと嬉しい。
もちろんお金とかにもならないし、軍で身分を与えられたりするわけじゃないんだけどね。」

そう言うフェリシアーノはなんだかキラキラ輝いて見えた。

彼は人を殺すために軍人にならず、人を助けるために医療ボランティアとして生きている。
誰が認めてくれるわけじゃなくても、それは立派な生き方だとアーサーは思った。

そして…改めて自分のためだけに好意で自分を保護し助けようとしてくれている相手を殺そうとしている自分の醜さを省みる。

医療ボランティアの資金もかなりの額がアントーニョから出ていると聞いたら余計にだ。

よしんば自分がどこかで野たれ死にしようと誰も困らないが、アントーニョが死んだら悲しむ者も困る者もたくさんいるのだろう…。

そもそも軍をクビになる=野垂れ死にと思っていたが、地道に何か探せば自分でも出来る事があるかもしれない。


ここを出ていこう…そして自分に出来る事を探そう…アーサーはフェリシアーノとお茶を飲みながら秘かにそう決意した。



それから数日後の事だ。

アントーニョには急な出撃命令がくだり、フランシスとギルベルトも仕事。
フェリシアーノは私用で出かけていて久々に一人になって、脱出を決行することにした。

いつアントーニョが戻るともわからないので時間はない。
少なくとも昼休みになってしまえばフランシスかギルベルト、どちらかが様子を見に来るだろう。
猶予はそれまでだ。

アーサーは取るものもとりあえず上着を着て、自分が最初に持っていたボストンから財布になっている携帯だけを取り出す。

中にはまだ一般人の10日分くらいの生活費が入っている。
ここがどのあたりなのかはわからないが、中立地帯まで行くくらいの交通費には十分なるだろう。

書き置きくらいは…と思ったものの、なんと書いていいのかわからない。
少なくとも今の時点で実害はないのに敵側の人間であったことを明かすのは、アントーニョの優しい心を傷つけるだけの気がするので却下として、それ以外だと書くことが思い浮かばない。
迷っている時間もないので黙って行く事にした。

ごめん……と、心のなかで詫びて、アーサーはすでに1ヶ月以上もの間暮らしてすっかり慣れた部屋を後にした。


久々に出る部屋の外。

まずフェリシアーノに連れられて行ったショッピングエリアに向かう。
そこなら仕入れなどで外に出入りしている人間がいるだろう。

案の定荷物を運び出すトラックが見つかる。
アーサーはその中にこっそりと忍び込んだ。

自軍の基地は入る時のチェックは厳しくても、出る時は意外に緩かった。
そう思っていたら、やはりここもそうだったらしい。

中が空である…そんな前提のもと、空のダンボールなどの合間に隠れていたら衛兵がチラリと中を覗いただけでチェックは終わって、トラックは基地の外へと走っていった。





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