アントーニョ親分の憂鬱
「おや、トーニョ珍しいじゃない?今日は天使ちゃんは?」
アーサーを拾ってから日々まっすぐ帰宅をしていたアントーニョがその日は珍しく酒場でグラスを傾けていた。
その隣にグラスを持って腰を下ろしたフランシスに、アントーニョは大きく肩を落として褐色の両手に顔をうずめる。
「今日はギルちゃんに定期健診受ける日やねん。
…怖くて飲まんと待ってられへん。
あの子に何かあったらと思うと、怖すぎて震えが止まらんのや。」
そこまで言ったあと、アントーニョは顔をあげてフランシスに視線を向けた。
「なあ…あの子に何かあったらどないしよ?
拾ってからずっと怖くて怖くてしゃあないねん。
あの子になんかあったら親分死んでまうわ…」
奇しくも…アーサーが探しているアントーニョの現在の生命を握るレベルの弱み…それがアーサー自身である事を、残念なことに本人のみ知らない。
「あの子な…気にしとるみたいなんや…この前外出して倒れる前に聞いた事。」
「外出の時?」
「アホな輩がな、言うとったんやて。
アーサーが親分の身分や金目当てなんやないかって。
それかスパイか何かなんやないかって。
ほんまアホや~。
金なんてアーティーにはカードごと渡しとるけど、ほとんど刺繍糸くらいしか買うとらへんし、スパイなんて論外やわ。
そんなストレス抱えたらあの子死んでまうやん。心臓悪いのに…。
あの子にそんなストレス与えて死なせてまうくらいやったら、親分自分で死んだるわっ。」
「トーニョ……」
「大人しゅうしとらんとあかんのに、家事するから買い物行きたいだの言うさかいあかん言うたら、この前は親分の部屋で倒れた本の下敷きになって倒れとったし。」
「いや…それは…。」
フランシスは眉をひそめた。
「なんでアーサーはお前が不在の時にいきなりお前の部屋に入ってたわけ?
本の下敷きって、何をしてたらそんなことになるの?
お前そもそも部屋に鍵かけてないの?」
知られないように何かを調べてたとか?と言外の意味を含ませて言ったのだが、軍部一のKYと言われるアントーニョには伝わらなかったらしい。
「俺が家事なんかせえへんで大人しゅうしててや言うたからこっそり掃除しとったんちゃう?
部屋の鍵なんてアーティー来る前からかけてへんで?
家の鍵かかっとるんやし十分やろ?」
当たり前に返ってくる言葉にフランシスは頭を抱えた。
「あのさ…普通…掃除してていきなり本の下敷きにはならないと思うんだ」
再度そのあたりを追求してみると、アントーニョはまたきっぱりと言う。
「あの子…普通に食事作ろうとしてキッチン壊滅させる子やで?
掃除の仕方とか知らんのとちゃう?」
あ~…そうだったな…。
フランシスはどう見ても料理をしていたとは思えないキッチンの惨状を思い出して遠い目をした。
確かに今までベッドの上で治療の生活しかしてこなかったらしいアーサーは色々普通ではありえない行動を取る。
ああ…ありうる気がしてきた…。
だんだん自信がなくなってきたフランシス。
ギルベルトも同様に思っているらしいし、アントーニョの言う事が正しいのだろうと最終的に納得してしまったが、実は唯一自分だけが正しい考えをしていることに気づいていない。
…が、事実が必ずしも事態を良い方向に向かわせるとは限らない。
流される幸せ…流された方が幸せ…という事もままあるものなのである。
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