天使な悪魔_3章_4

世界で一番天使様


「…ったく、この激務でトーニョより安月給ってずりいよな…」

ふああ~と大あくびをしながらギルベルトは中庭に出た。
まあ…エリート街道からドロップアウトした自分と、いまだ爆進中の悪友を比べてはいけないのだが…。

医師のギルベルト、諜報部門のフランシス、戦闘部隊のアントーニョの中では危険手当などもあってアントーニョがダントツ高給取りだ。

が、まあそれはいい。
文句を言う割に別に足りていないわけではないし、もう少し収入があれば備蓄しておきたい薬品を買えるのに…程度の物だ。

というか、まいどまいど歴代天使様の面倒を診ているというのもあって、ボランティアに使う薬品代は結構アントーニョにも出させている。

それどころか“華麗な俺様と小鳥さん号”の改造費の半分はアントーニョの懐からでているといっても過言ではない。

アントーニョ自身も別に宵越しの金を持たなくても気にならないタイプで…自分のカードを平気でギルベルトやフランシスに預けるアバウトな男だ。

「無くなったら何でもやって稼げばええやん」
あっけらかんと日々そう言い放つ。

実際には使う間もなく、休日は大抵庭でトマトを育てたりしている、それほど金のかかる趣味もないアントーニョの口座から金がなくなるなんて事は今までなかったわけだが…。

それなら世間のために俺様が有意義に使ってやるよ、と、――まあ本当に有意義には使っているわけではあるが――堂々としばしばそこから薬品代やガソリン代を出すギルベルトに

「あ~、よろしゅうな~。」
と、ヘラヘラ応じるアントーニョの方にも、それで特に不満もないらしい。
アントーニョ自身もローマに拾われて何かで世間に返そうという気持ちがあるのかもしれない。

まあ…単に何も考えてないだけかもしれないが…。

そんなわけで夜勤を終えたギルベルトは、午後はアントーニョのカードから次回の休暇の往診用に薬品を少し買い足しておこうとショップエリアまで来たついでに、昼食でもと立ち寄ったカフェテリアで、聞き慣れた人物の悲鳴を聞いて、かけ出した。




「フェリちゃんっ?!」
そこにはパニックのフェリシアーノ。

「ギルッ!どうしようっ!どうしようっ、俺っ!!!」
ボロボロと涙をこぼしながら頭を激しく横に振るフェリシアーノを抱きしめて、ポンポンと背中を叩いてやりながら、ズリズリと倒れているアーサーの方にズリよっていく。

「てめえら…ぼ~っと見てねえで運べっ!」

貧血を起こしただけらしいと判断してギルベルトが、フェリシアーノに抱きつかれているギルベルトに羨望の眼差しを送りつつ近寄っていいのかどうか判断しかねてアーサーにおずおずと視線を送っていた兵達に命じると、

「は、はいっ!俺がっ!!!」
と、ワ~っと一斉に駆け寄ってくる。

「お前邪魔っ!俺がっ!!」
「いや、ドクターは俺に言ったんだっ!!」
「いや、俺にっ!!!」
と、そこでもみ合いへしあいする兵達にギルベルトはため息をついた。

「あのな…一応言っておく。そのお姫さんはアントーニョの天使様だからな?」

「ええっ?!!!」
一斉に飛び退く一同に、おい、お前っ!と、ギルベルトは一人の兵を指さして命じた。
「とりあえず部屋に運べ。」

言われた兵は慌てて敬礼すると、
「失礼しますっ!」
と声をかけてアーサーを軽々抱き上げた。



“アントーニョ中佐は戦闘に巻き込まれて火の海に包まれた貴族の館から、病気でずっと外に出たことのなかったその家の箱入りの一人息子を救い出して保護しているらしい…”
“いや、アントーニョ中佐が保護しているのは母親の身分が低いため修道院に預けられていたさる貴族の子どもで、その資産を狙う父親の側の親族から狙われているため連れて帰ったのだ”
などなど…話には尾ひれがつくものだ。
その一件から何故かそんなたぐいの様々な噂が基地内を駆け回っている。

どちらにしてもアントーニョがいかにも世間ずれしていないやんごとない感じの持病持ちの綺麗な少年を保護しているらしい…そんな話で基地内持ちきりだ。

「せやから外だすの嫌やったのに…」
ため息を吐くアントーニョ。

圧倒的に女性の少ない軍内部では別の意味でアーサーを外に出すのは危ないとなるべく部屋の外に出さないようにしていたのに、フェリシアーノも余計なことをしてくれたと、内心苦々しく思う。

フェリシアーノ自身も子どもの頃にはローマ大将の孫のくせにと散々言われていた立場から一転、現在は鍛えていないため華奢な体格と元々可愛らしい少女のような容姿で、若い兵士達の癒しとなっているのだ。

もちろん個人的に接触を持ちたがる輩がいないとは言わないが、あのローマの孫で、いつもギルベルトといるため手を出せないが…。

同様に体つきもまだ華奢な見た目も可愛らしいアーサーも同じような理由で周りの目を引くだろう。

面倒だ…とアントーニョは思った。

それが悪い意味ではなくても“アントーニョの関係者”として有名になればなるほど、“悪い意味で”自分を狙っている敵の目を引いてしまう。

せめて体調が落ち着くまでの2年間は良くも悪くも静かにこの室内だけで暮らさせたい。
不用意な事をして失いたくない…。


あの日はあれからアーサーの体調に問題が起きてないかギルベルトが改めてキチンと診断してとりあえず貧血を起こしただけという事だったが、もし何か起こっていたらと思うとゾッとした。

フェリシアーノにはくれぐれも勝手に連れ出さないように念を押し、アーサーにも同様に念押ししたが、その念押し自体がどうもアーサーに緊張感を与えてしまった気がする。

ひどく怯えたような目をされて、結局

「堪忍な。でもアーティーが外で倒れたら思うたら親分心配すぎて何も手につかへんねん」

と微妙に論点をずらしたが、本当は死んでしまうのだと…少しのストレスやショックが生死を分けるかもしれないから部屋の中で穏やかに過ごして欲しいんだと伝えてしまいたかった。

それもまた大きな不安、ストレスに繋がるだろうから言えるわけもないわけだが……。

「無理せんといてな?お願いや…」
そう言うアントーニョの真意は恐らく伝わらない。






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