天使な悪魔_3章_3

想い出


「うさぎを描きたいんだけど、足が上手くかけなくて…」

彼は祖父が見込んで連れてきた少年の兄だった。
優秀な弟のついでに引き取ってもらったとしばしば揶揄されても、少し寂しげに瞳を伏せるのみで、言い返す事もない。

持病持ちの彼は軍人として育てる事は出来ず、実質本当に居候と言われても仕方ない位置にいたが、その居候と言われている彼こそ、両親は他界し、引き取ってくれた祖父は多忙なため一人ぼっちの子どもだったフェリシアーノにとっては一番大切な家族だった。

あのローマ大将の孫なのに全く優秀な軍人となる資質を受け継いでない、ただの七光り…と、自分自身も揶揄されているのは知っていた。

それでも剣や銃の訓練より、音楽を奏で、絵を描いている方が楽しかった。

そんなフェリシアーノの趣味を理解して共に親しんでくれた唯一の存在。

「あ~、それならね…」

庭に置いた小屋で草を食んでいるうさぎを前に眉を寄せて難しい顔をしている彼の手を上から握りしめて一緒に描いていった。

「ね、こんな感じ。」
とにっこり笑うと、
「さすがフェリシアーノは上手いな」
と心底感心したように言ってくれる。

一緒に過ごしたのは1年間…共に寝起きをし、絵を描き、大きなグランドピアノに椅子を並べて連弾もした。

ローマが用意したフェリシアーノの部屋は二人の小さな世界だった。
そこには意地悪を言う人間も怖い敵も嫌なモノはなにもない。
ただただ幸せに満ちた空間。

そんな幸せの終わりはフェリシアーノの誕生日…。

本当は二人きりで過ごしたかった。
が、軍のトップの祖父の孫である以上、内々で楽しくなどと言うことはなかなかできやしない。

結果…開かれた盛大な…なのにどこか白々しい感じのする誕生日パーティーの席上で、突然顔色を失って倒れた彼はそのまま床に伏せたまま2日後に二度と帰らぬ人になった。

彼を失う…そんなことはフェリシアーノは考えてもみなかった。
まだ幼かったフェリシアーノは彼の病の事など知らなかった。

知っていたら……いや、知っていても何が出来たのかとは未だに自問自答してしまうのだが…。

その前日はキッチンからこっそり持ちだしたワイングラスにジュースを注いでケーキの代わりにクッキーで二人きりで秘やかに誕生日パーティーの真似事をしたのだ。

「クリスマス・イブならぬバースデー・イブだな」
そう言って彼がくれたプレゼントはフェリシアーノの絵とビーズの指輪。

生まれてから一番幸せなバースデーパーティーだった。
自分は世界で一番幸せな人間だと、フェリシアーノはあの時確かにそう思ったのだ。

その翌日…そんな悲劇が待ち構えているとも知らずに……。

あの日と同じうららかな日差しが照らす中庭で血の気を失って崩れ落ちる少年の姿に、あの日の悪夢がフラッシュバックした。

両手で耳を塞いで悲鳴をあげる。
その目はすでに目の前を見ず、遠く10年前の光景を映し出していた。



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