快適?!スパイ生活
こうしてアーサーの敵軍での生活は始まった。
アントーニョの寝室の隣に用意されたアーサーの私室はそれまでの自軍での部屋とは違い、随分ファンシーな感じの部屋だ。
毛足の長い絨毯に動物スリッパ。
ベッドはふかふか、ベッドカバーのキルトも可愛らしく、なんとティディベアまでいる。
ベッドで過ごすことも多いだろうとの気遣いなのか、ベッドから手を伸ばせば取れる位置にある棚には様々な本。
若干年齢を間違われているような…子どもっぽさの残る部屋だが、敵軍の人間としては申し訳ないくらい快適だ。
食事は宿舎の外に出れば基地内にもショッピングセンターやレストランなどがあるらしいが、今はまだ安静にと言われて、アントーニョが暇な時はアントーニョが室内のキッチンで作るし、忙しい時はフランシスやフェリシアーノが作って持ってきてくれる。
外の人間というのは普通に料理ができるものらしい…というか、料理というのは普通にできて当たり前なのか…と、一度アントーニョがいない時にこっそりつくってみたのだが、何故か黒い物体が出来上がった。
ついでにキッチンが真っ黒になった。
フランシスはその無残に変貌を遂げた元素材とキッチンの惨状を見て泣いて、アントーニョは色々がそんなまるで危険な実験に失敗したかのような状態になってなおアーサー自身が無事だった事に安堵して泣いた。
そして…これは二人揃ってお願いされた。
二度と料理をしようとしないでくれ…と。
甚だ不本意ではあったのだが、家主の希望では仕方ない。
アーサーは仕方なく了承した。
(ま…まあ、別にここの家政婦をするためにいるわけじゃないからいいんだっ!)
と、秘かに傷ついたプライドを慰めながらも、じゃあここで何をすればいいんだ?と自問自答してみる。
なし崩し的に連れてこられてなし崩し的に生活しているわけだが、自分は本来敵方の人間だ。
1年以内にアントーニョを排除しなければリストラで路頭に迷うのだ。
そう、すっかり初心を忘れていた。
とは言うものの…相手は自分は武装していない状態で多数の武装した敵を倒せてしまうようなつわものだ。
正攻法で行って勝てるわけがない……。
とりあえず…弱点を探るところから始めるか…。
アーサーはそう決意した。
そして…快適スパイ生活にすっかり慣れつつあるのだった。
アーサーの敵軍滞在記
俺はこんな奴ら相手に苦戦してたのか…それが正直な感想だった。
一応身分は偽造しているものの、数日前に会ったばかりの軍とは無関係な人間を基地内の宿舎という極々プライベートな空間に立ち入らせるどころか暮らさせる事にこれまで会った4人のうち3人は全く疑問を抱いていないようだった。
残る一人、フランシスもなんだかギルベルトに説得されてしまったらしく、反対することはなく、日々実は敵軍の人間であるアーサーの世話に明け暮れている。
軍がホワイトアースの入院患者だったというアーサーの設定を裏付けるために選んだ病気はどうやら彼らのうちの一人、ギルベルトの実兄の死亡原因と一緒らしく、バレるのではないかとひどく焦ったが、全くバレる気配がないどころか、かえって気を使われる。
これで軍では屈指の名医らしいから、本当に大丈夫なのか?と少し心配になった。
先日料理に少しだけ失敗してからというものの料理は危ないからとさせてもらえないが、それ以外の生活は比較的自由だ。
自室のPCで何でも好きな物を買っていいと言われてカードを渡されているし、これといって仕事をさせられるわけでもない。
ゆえに日々刺繍や編み物などをして過ごしている。
というか…アントーニョ、日中自分が仕事でいない間もアーサーは家にいるのだからせめて自室には鍵をかけておけ…と切実に思う。
下手するとPCもつけっぱなしのまま出かけるなっ。
軍の方がパスつけてても意味が無い。
機密を引き出されたらどうするんだ。
本当に試されているんじゃないかと思う。
そのくらい危機感がない。
むしろそのへんの兵の方がよほど考えているんじゃないだろうか…。
たまには日に当たった方がいいとフェリシアーノに連れだされて一緒に基地内の庭を散歩していた時だった。
たまたま休んだカフェで耳に入ってきた雑談。
「カリエド中佐…今度は人間拾ってきたんだって?」
笑って話している相手はおそらく軍の兵士で…
「あ~、今回は人間なのか~。じゃあいつもみたいに死なれて1ヶ月再起不能もないか~。」
と話しかけられた方も苦笑している。
アントーニョが色々拾ってきては溺愛するのはどうやら有名らしい。
エリート軍人らしからぬそんな馬鹿馬鹿しいくらい情の深いところが軍の中で好かれている要因の一つであるようだ。
「あ~でもさ…」
思わずこっそり吹き出しかけたアーサーの耳に再び入ってきたのは、少し笑みを消した一人の兵の声。
「人間てことは…無条件に愛玩されてくれるわけじゃないんだろ?
身分や金目当てって事だってあるし、最悪敵のスパイとかさ、そんな可能性だってあるわけだから…」
まさに今の自分の状況と合致するその意見にアーサーはさすがに青くなった。
「まああの人のことだから暗殺とかなら簡単に殺られたりしないだろうけど、軍にスパイ引き込んじゃったりしてたら、いくらローマ大将のお気に入りでも責任問題だよなぁ…」
ミルクティを持つ手が震えた。
アントーニョ達が当たり前に気にしていなかったので、誰も自分に疑いを持っていないと当たり前に思っていたが、普通に考えれば疑って当たり前である。
初めて外に出てわけも分からずなし崩し的に順調に相手に接触できていたので、敵の懐に潜入している危険についてあまりに想像をしていなかった。
もし自分の身分がバレたら……ズキンと胸が痛んだ。
アントーニョやギルベルト…フランシスに、今隣で微笑んでいるフェリシアーノもどんな視線を自分に向けるのだろう?
周りの音が遠くに聞こえる。
まるで空気が押し寄せてくるような圧迫感と息苦しさに思わずぎゅっと目をつむると、視界が白くなって吐き気がした。
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