天使な悪魔_3章_1

お兄さん登場


「う~ん…フラン、自分一回死んどこうか?」
爽やかな笑顔で…でもポキポキと指を鳴らすアントーニョにアーサーはどう反応していいかわからない。

いや、アントーニョもアーサーに反応を求めているわけではないのは確かだが……。

彼の視線の先には一人の青年。
ギルベルトやアントーニョよりはいくらか年上に見えるが、単にその顎に生やしている髭のせいなのかもしれない。



アーサーが意識を取り戻した時には一面小鳥模様の部屋…もとい、車の中にいて、そのまま有無を言わせずアントーニョの宿舎へと連行された。

いわく…優秀な軍人であるアントーニョは敵軍から目をつけられていて、先刻のバスの強襲はその敵軍の手の者で…さらに言うなら2人ほどに逃げられてしまい、アーサーはアントーニョの身内として認識されてしまっているであろうため、一人でいると危険だというのだ。

いや、だからといってそんな自軍の内部に普通に正体の知れない人間を当たり前に招き入れていいのかとか、色々言いたいことはあるわけだが…まずツッコミを入れたいのは、とりあえずと案内されたアントーニョの部屋にある不思議な小屋だ。

上級将校に分類されるアントーニョの私的なエリアは広い。
その中でも特に広いらしいリビングの一角にそれは置いてあった。

可愛らしいお菓子の家を模した小屋。
よくある子どものキッズハウスのようだ。
通常の物よりは大きい。
2m×2mくらいはあるだろうか…。

何のために?と首をかしげるアーサーと、アーサーに被害が及ばないようにとさりげなくアーサーを居間の片隅のソファにうながしてお茶を淹れるフェリシアーノ。

「あれはアントーニョ兄ちゃんとフランシス兄ちゃんのおかえりの挨拶みたいなものだから気にしないでね。」
と、疑問は疑問としてアントーニョの様子がおかしいのを心配するアーサーを余所に、自分もアーサーの隣に座ってお茶を飲みながらニコニコと言う。

「う…でも殴り合いが始まりそうな雰囲気なんだが…」
「危なくなったらギルが身を呈して止めてくれるから大丈夫♪ね?」
とにこやかに言うフェリシアーノに
「トーニョのパンチまともに食らうと俺様もやばいんだけど…」
と顔をひきつらせるギルベルト。

「ギルが身を呈して止めてくれるから…ね?」

再度そう言うフェリシアーノの、“ね?”という語尾に若干さきほどより力が入っている気がするのは気のせいだろうか……。

「お…おうっ。任せとけ。」
ギルベルトは顔をさらに引きつらせて、とぼとぼといざとなったら仲裁に入れる位置にと歩を進めた。




「俺はアーティーのために色々準備しといてって言うたと思うねんけど?」
ぶおぉぉ~と黒いオーラをまき散らしながら怖い笑みを浮かべるアントーニョに、フランシスは首をぶんぶん横に振る。

「いや、だってねっ、お兄さんのとこに来たギルちゃんのメールは、
『トーニョがまた天使拾ったから準備しとけ』だったのよ?
今までお兄さんが覚えてる限りでは猫、うさぎ、小鳥、リス、アライグマまでで、人間はさすがになかったじゃないっ!
その後の追伸も
『ちなみに…14、5歳の子どもくらいの大きさだから』だったのよ?
本当に14、5歳の子どもだと思わないじゃないっ!
今度は子馬あたりかな~って思ったのも仕方ないでしょっ!!」

「仕方ないやないわっ!このドアホっ!!」
「アホはないでしょっ、アホはっ!お兄さんだって忙しい中一生懸命準備したのよっ!」
「一生懸命でこれかいっ!そんな残念な脳みそならいったんシェイクしたった方がええんとちゃうかっ?!」
「や~め~て~!!!」

そう…アントーニョが愛玩対象を拾うのは初めてではない。
そして…大抵の場合は出先で見つけて弱っているソレをギルベルトが手当や治療をし、連れて帰るまでにフランシスが飼うために必要な物品を揃えるというのは、もうほとんどお約束だったのだ。

今回も当たり前に何か動物を拾ったのかと思った…というか、普通に人間を拾ってくるなどとは思ってもみないじゃないか。
それならそれで“子どもくらいの大きさだから”じゃなく、ずばり“子どもだから”と言って欲しい。

そもそも…アントーニョはとにかくとして、ギルベルトまで当たり前に気にしてないのだが、そんなに簡単に宿舎とは言っても軍の内部に身元が不確かな人間を入れて問題がないと思っているのだろうか…。

伊達に長年つるんでいるわけではない。
準備の方向が間違っていた事だけでなく、そのあたりのフランシスの疑念もなんとなく肌で感じ取っているのだろう…アントーニョは不機嫌だ。

しかし逃げるフランシスの襟首をアントーニョが掴んだ時、さらに振り上げたもう片方の手をギルベルトが掴んだ。

「おい…やめとけ、トーニョ。
お前、俺様の言った事聞いてなかったわけじゃねえよな?
いきなり暴力沙汰なんて見せて、お前の大事な天使ちゃんが発作でも起こしたらどうすんだ。」

その言葉にピタっと動きを止めるアントーニョ。

そこで恐る恐る自分の襟首を掴むアントーニョの手を外して、フランシスはギルベルトに視線で問いかけた。

「あ~、今回の天使ちゃんは重度の心臓病患者なんだ。
心身ともにストレスやショック与えんなよ?
元ホワイトアースの入院患者で、兄貴と同じ病気だ。
…術後すぐくらいだから、あと2年が勝負だからな。」

珍しくも複雑な表情のギルベルト。

「あ…ああ…そうなんだ。気をつけるね…」
少し伏し目がちに告げる彼に、フランシスは気まずそうにそう返答する。

なるほど、アントーニョじゃあるまいしギルベルトがそんなに考えなしに内部に身元が不確かな者を入れるはずがなかった。

おそらく…亡くなった実兄と同じ病気ということで、若干思い入れのようなモノもあるのだろう。
そう言えばフェリシアーノも随分と親身になっている気がするが、そのせいだったのか…。

「じゃあとりあえず早急にゆっくり休めるベッド入れないとね。
部屋はトーニョの寝室の隣の空き部屋使っていいね?」

そうと分かってしまえばなんのかんの言ってもフランシスは元々世話好きでマメな男だ。
即頭を切り替えて、必要な物品をリストアップしていく。

「あ~、頼むわ。いくらかかってもかまへんから、俺の口座から落としといて」
と、言うアントーニョに

「了解了解。任せといて。」
と、軽く請け負うと、メールで次々注文をしていった。

「やっぱさ…元気にしてあげたいよね…」

本人のためというよりは、助けられなかったギルベルトの実兄クラウスのように死なせたくないというギルベルトとフェリシアーノ、二人の気持ちを汲んでやりたい。

こうして他とは若干違う理由からであったにしても、もう一人、フランシスという協力者が加わった。

実はスパイである天使様をスパイから守る…そんなおかしな目的のために……。



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