強襲
物心ついてから初めて外に出て数日…新鮮ではあるが日々疲れているらしい。
いつのまにか眠ってしまったアーサーは肩を軽く叩く手によって起こされた。
眠い目をこすりながら外を見るとすでに薄暗い。
食事の時間には起こすと言っていたからもうそんな時間なのかとおもいきや、アントーニョの口から出たのはとんでもない言葉だった。
(…あのな…悪い奴らが近づいとるみたいやねん。
でもアーティーの事は親分が絶対に守ったるから言う事聞いたって?
親分が合図したらその上着頭から被って、椅子の間の床に伏せて大人しゅうしとってな。
そしたら親分が悪者をちゃちゃっと退治したるから。
親分がええって言うまで絶対に起き上がったらあかんで?)
小声で囁かれるとんでもない話に一気に眠気が吹っ飛んだ。
悪いやつというのはおそらく自軍の暗殺者達で…自分が彼らの事を知らなかったのと同様に彼らも自分の事を知らないだろう。
本来は戦闘禁止の中立地帯であえて行動を起こすと言うことは、おそらく目撃者を残さないために関係者以外皆殺しというのが鉄則で…その関係者以外の中には当然アーサー自身も含まれる。
前門の虎後門の狼ではないが、片や自分の正体を知らないので自分を殺すであろう自軍の暗殺者集団、片や自分の正体を知ったら殺すであろう敵軍のエース。
唯一、本当に自分の正体にアントーニョが気づいていなくて今後も気づかず勝利してくれれば助かるかもしれない。
が、アーサーが見た限り、中立地帯をいうルールを守ってアントーニョは武器を携帯していないので、武装した複数の暗殺者集団を相手に勝てるとは思えなかった。
ああ、俺も終わったな…と、絶望的な気分で思う。
それでも…あのまま基地内の自室で苦しいことも楽しいこともなく、ただただディスプレイを相手に無為に時間を過ごしていた事を考えれば、たった四日ほどだったが外の生活は楽しかった。
特に…ただ事務的に接触する基地内の人間と違って、アーサーの感情に触れようとまるで家族や友人のように接してくるアントーニョとのやりとりは楽しかったなと、今更ながら思う。
どうせ死ぬならその温かい腕の中がいいな…などとまるで子供か少女のような事を思う気持ちが無意識に両手でアントーニョのシャツをつかませた。
それに気づくとアントーニョは安心させるように笑って、ぎゅっと抱きしめてくれた。
温かい…。
しかしすぐ
(大丈夫やで。親分めっちゃ強いんや。アーティーの事はちゃんと守ったるからな?)
と、言って離れていく。
無理だ。
守れるわけがない…。
すぐそう思って、次の瞬間考えた。
自分を守ろうとしなければ、アントーニョはもしかして生きられるんじゃないだろうか…。
自分が足かせにならなければ…
どうせそばに居てくれないならいっそのこと逃げて生き延びればいいのに…と、まるで他人ごとのように思った。
勝手なのだが、自分は相手を殺そうとしているのに、自分以外が殺すくらいなら生きていた方がいいんじゃないか…などという考えが浮かぶ。
自分を殺すであろう見知らぬ暗殺者の都合と自分に楽しい思いをさせてくれたアントーニョの人生…どちらを優先させてやりたいかなんて決まってる。
しかし一人で逃げろ…そう提案してみたら、断固として拒否された。
ああ、お前はそういうやつだよな…と、接触を持ってまだ一日なのにそんなことを思った。
やがて暗殺者達がついたのかバスは止まり、アントーニョに促されてアーサーは座席の間の床につっぷし、上からアントーニョの上着をかけられる。
様子は見えないが銃声と悲鳴がひどく近い位置で聞こえた。
出来る事もなくただ頭上の阿鼻叫喚を耳にしながらふと思う。
考えてみれば…自分の正体を知らない相手から見れば自分は十分アントーニョの関係者だ。
普通に一撃で殺してもらえるのだろうか…。
死ぬ…その一点については諦めたものの、その前に拷問の末という文字がつくのは勘弁して欲しい。
『アーサー君、めでたくスパイとして敵地に赴く事になった君への餞(はなむけ)だよ。
敵に正体がバレて拷問とか受けそうになったりとかした時には、これ使いなよ。
そうしたら敵は君に手出しをしなくなると思うよ』
外に出る前、疑われないよう手術跡があった方がという事でアーサーに開胸手術を施した科学者からもらった錠剤。
それがそう言えば今懐の中にあった。
いつもにこにこしている割に平気で残酷な事もする、感情の読めない男の言う事だったが、試してみる価値はあるかもしれない。
どちらにしてもこれ以上状況が悪くなるとは思えなかった。
もしかしたら自殺用のクスリなのかもしれないな…そんな事を思いながら、アーサーはその錠剤を口の中に放り込んで、コクンとそのまま飲み干した。
できれば…アントーニョの側で死にたいな…そんな事を思いながら……。
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