優しい破壊者
見せられた写真はとある兵士が命がけで取ってきたものだった。
レンズ越しに写されたそれでさえも、その戦場にいた自軍の兵士の恐怖はいかばかりだっただろうと推測されるほどの恐ろしさ。
少し伸びた黒い髪を無造作に紐でしばり、底知れぬ濃い緑の瞳はまるで獲物を前にした肉食獣のソレで…浅黒い腕には血塗られた大ぶりのナイフ。
今まで戦場と言うのはあくまでディスプレイ上のデータとして存在するもので非常に平面的なものと認識していたがゆえに、現実世界で実際に起こっているであろう現場を取ったその写真は、アーサーにとって非常に衝撃的なものだった。
ましてやその恐ろしい破壊者と実際に接触しなければならないどころか、自分の手で葬らなければならないと言われた時の恐怖ときたら、言葉もでなかった。
……はずだったのだが……
「ほい。アーティーの分も買うてきたで。冷めんうちに食べや?」
自分にパンのようなモノを差し出す褐色の手。
この手が本当に血塗られたナイフを握っていた手なのだろうか。
「…ありがとう……」
と、アーサーが恐る恐るその手から食べ物を受け取ると、空いた手はくしゃくしゃとアーサーの頭をなでる。
落ち着いたエメラルド色の瞳はアーサーが周りの人間を真似てそれをかじると柔らかく笑みの形を作った。
そこにはあの凶悪なまでの殺気は微塵も感じられず、ただただ穏やかな光を帯びている。
バスが途中で立ち寄った街で休憩を取る間、バス停近くの露店を冷やかして歩こうと誘われてアーサーが了承すると、
「しんどなったらすぐ言いや?無理したらあかんよ?」
と、気遣わしげにアーサーの手を引いて、おそらく男の歩調からすればかなりゆっくり、アーサーの歩調にあわせて歩く。
強い日差しや風がアーサーに当たらないようにと細やかに立ち位置を変えながら、アーサーの興味を引きそうな店に案内していくその男は、とてもあの写真の男と同一人物には見えない。
あくまで優しく穏やかに…まるで壊れやすい宝物のように大事に大事に扱われているような気がした。
バスに戻ってもまずアーサーの体調を気遣い、自分に持たれて休むように勧める。
これは…本当に自分が殺さなければいけない、あの写真の男なのだろうか?
アーサーは混乱した頭でそんな事を考えながら軽く目をつむる。
ソッとかけられる…おそらく男の上着。
こんなに近く人の気配を感じる生活をしてこなかったのだが、人の温かさというのは存外に気持ちがいいものだ。
しかしこれが男の本質であってもなくても、おそらくこんな時間を過ごせるのは目的地であるサンルイで男が休暇を過ごして帰る時まで。
どれだけこの温かさが快適であろうと、この男を殺さなければアーサーには明日がないのだ。
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