旅路
「これ…かじるのか?」
バスが途中の街で休憩を取っている間、アントーニョはバス停近くの屋台で昼食にとハンバーガーを買ってきた。
それをアーサーにも渡してやると、アーサーは同じようにハンバーガーをかじっている周りをキョロキョロと物珍しげに見回して、それからハンバーガーに目を落とした。
ああ、やっぱり初めてか…とアントーニョはニンマリとする。
物心ついた頃には入院生活だったというアーサーが、ずっと病室のベッドの上から見ていたであろう外の楽しさを色々教えてやりたい。
「そうやで~。そのままガブっといき?」
と言って自分もかじってみせると、アーサーはそれを両手で持って、かぷっと小さな口でかじってみせた。
一瞬、元々丸い目がさらにまん丸くなり、次に笑みの形を作る。
「美味いな。」
と、嬉しそうに笑った。
こんな当たり前の日常にいちいち感動して楽しげにするのが可愛い。
もっと色々と楽しいことを教えてやりたい。
「食べたら少し外歩こか。」
そう誘ってみると、興味を引かれてはいるものの、少し不安といった感じの表情をする。
アーサーにとってはきっと全てが初めてで知らない事だらけだ。
今朝、バスに乗った時もそうだが、健康面でもまだ万全でなくて不安があるのだろう。
「安心し。親分がついとるから。体調悪なっても連れて帰ったるよ。」
と、頭をなでるとコクンとうなづく。
こうして食が驚くほど細く半分やっと食べたアーサーのハンバーガーの残りをアントーニョが食べると、体調に気遣いながらもアーサーを伴ってバスを降りた。
「…すごい……店も人もいっぱいだな…」
圧倒されたように目をみはるアーサー。
「ホテルでもビーチは人いっぱいやったやろ?」
と、アントーニョがいうと、アーサーは
「…窓越しには見てたんだけど…実際に行ってはないから。」
と、少し伏し目がちに言った。
ああ、確かに一人で体調を崩したら旅先でもあるし困るのだろう。
この流れなら言ってもおかしくはないかもしれないと、アントーニョは提案してみることにした。
「なあ、アーティーはサンルイではどのホテル泊まるん?
こうして知り合ったのも何かの縁やし、一緒に観光せえへん?」
アントーニョの言葉にアーサーはピタっと足を止め、目を丸くしてアントーニョを見上げた。
「いや、アーティーかて知り合いおったら安心して観光できるやろ?」
思いのほか驚かれた事で少し慌ててそう付け足すと、アーサーはまたうつむく。
「俺…居ない方があちこちいけるだろ?」
やんわりとしたお断りにも取れるが、そう言う表情を見ると少し悲しげにも見える。
だからこれはおそらく自分に対する気遣いなのだろうとアントーニョは判断して、さらに言い募った。
「親分も一人でおるのも飽きてもうたしな。
どうせならアーティーと一緒に回ったほうが楽しいと思うんや。
あかん?」
「…だめじゃない…けど……」
少し身を屈めて顔を覗きこむと、アーサーの白い頬が真っ赤に染まった。
澄んだ大きなペリドットの瞳が羞恥に揺れている。
なんやぁ~!!!この子可愛え~~!!!
アントーニョは叫びだしたいのを必死に堪えた。
人慣れない様子がなんとも可愛らしくどうしようもなく庇護欲をそそる。
「じゃ、決まりなっ。で?どこ泊まっとるん?
これからでも一緒のとこ取れるようなら親分宿取りなおすし、取れへんようやったら迎えに行ったるわ」
と、勢い込んで言うが、アーサーが告げたホテル名はなんとアントーニョと同じホテルだった。
「なんや~。同じとこやんっ。縁があるんかもしれんなぁ~」
とアントーニョが嬉しくなって言うと、アーサーは相変わらずうつむいたまま無言で赤くなった。
アントーニョの天使様は随分と恥ずかしがり屋らしい。
こうして露天を冷やかしながらしばらく歩いた二人は時間になってバスに戻る。
「大丈夫か?疲れへんかった?」
座席についたアーサーに聞くと、
「いや、色々珍しくてにぎやかで楽しかった。」
と、少しはにかんだような笑みを浮かべた。
それでも初めての外、初めての人ごみで少し疲れたのだろう、若干顔色が良くない。
「これからしばらくはまたノンストップやし、食事の時間くらいになったら起こしたるから、少し休み。」
と、アントーニョは半ば強引にアーサーの身体を引き寄せて自分にもたれかからせると、パサリと自分の上着をその身体を包み込むようにかけた。
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