リゾートエンジェル
それはもう一目惚れと言っても良かった。
最近絶好調の仕事。
それによって否応なしに階級が上がっていくと、急に言い寄ってくる多数の女達。
別にそれはそれで嫌ではないのだが、なんとなく虚しさを感じて休暇を利用して一人でこっそり来たリゾート地。
ここでは誰もエリート軍人としての自分の事を知るモノはなく、ただただのんびりと時を過ごせる。
明るい日差しに明るい色調のホテル。
連日海に繰り出して、他人に構うことなく思い切り泳いだ。
逆ナンパもしばしばされたが、そういう事は軍に帰ってからでも十分できるので、今回は丁重にお断りをして、とにかく泳ぐことと日差しを浴びることに終始する。
その日もそんな風に一日泳いだあとホテルにもどって、部屋へ帰ろうかとフロントで鍵を受け取った時だった。
なにげなくロビーを見回すと自販の前に人がいる。
14,15歳くらいだろうか…
小さな子どもではないものの、まだ大人にはなりきれていない…そんな感じの華奢な少年。
ピョンピョンと跳ねた髪は綺麗な黄金色で、透き通るような真っ白な肌をしている。
零れ落ちそうなほど大きな新緑色の瞳は迷うように色とりどりのドリンクの表示された機械に注がれていたが、何を買うかを迷っているのか、なかなかボタンを押す様子がない。
そしてしばらくそうやっていた少年は、クルリと後ろを見回したかと思うと、いきなり従業員に声をかけた。
「あの…忙しいところ申し訳ない。これはどうやって使うんだろうか?」
ポカン…とアントーニョは呆けた。
何を買うかを迷っていたわけではなく、なんと自販の使い方を知らなかったのか…。
今時そんな人間がいるのか…。
おそらく絶対に同じ事を思っているであろうホテルの従業員は、それでもプロらしく驚いた様子も見せず、少年に丁寧に自販機の使い方を教え、少年も丁寧に従業員に礼を言う。
そして…少年は人生初の自販機での買い物…カップのミルクティを買うと、とても嬉しそうな笑みを浮かべた。
ただ自販機でミルクティを買えただけ…なのに、ホワンとなんとも幸せそうに笑う。
その後少年はミルクティを片手に歩き始めたので、アントーニョもこっそりあとを追った。
こうしてついたのは中庭にあるバラ園で、少年はそこにあるベンチに座ってゆっくりと紅茶に口をつける。
視界に入らないようにこっそり廊下から見ているアントーニョには気付かずに、少年の綺麗なグリーンアイは周りの薔薇へと向けられていた。
やがて少年は紅茶のカップをテーブルに置き、薔薇へと近づいていく。
そして白い一輪の薔薇に白い手を伸ばした。
繊細な指先が愛おしげに薔薇の花弁をなで、澄んだ大きなグリーンアイで愛おしげに薔薇に微笑む。
そして…少年は淡いピンク色の柔らかそうな唇でソッとその白い花弁にくちづけた。
まるで…そこだけ空気が清浄化していて現実世界と切り離されているようだった。
天使…というものがもし本当に存在しているのなら、きっと目の前の少年がそうなんだろうとアントーニョは思った。
普通なら…アントーニョは気に入った人間がいれば声をかける。
元々容姿は整っていて大抵は良い反応が返ってきたのもあるし、人懐っこいほうだと自負している。
が、少年に声をかけるのはためらわれた。
あまりに綺麗で儚くて、万が一にでも自分の身の回りの血なまぐさいモノに巻き込むわけにはいかない…そう思う。
見ているだけでいい…そんなことを他人に思ったのは生まれて初めての事だった。
0 件のコメント :
コメントを投稿