親分が頭を打った結果_2

記憶喪失-その後


「記憶…戻っちまったのか…」

いつのまにか眠ってしまったらしい。
朝起きるとイギリスはきちんと自分のベッドに寝かされていた。

スペインが運んでくれたのか…そういえば客間用意してなかったのにスペイン自身はどこで寝たんだろう…と、慌てて居間に降りていくと、そこにはもうスペインの姿はなく、おそらくフランスが作ってきたのであろう焼き菓子と、その隣に

『記憶戻ったわ。世話かけたな。おおきに。礼しにまた来るから』
と、メモ用紙にスペインの走り書き。

それを目にした瞬間、ポロリとまた涙がこぼれ落ちた。


小さい頃可愛がってもらったスペインとは、16世紀、ヘンリー8世の時代くらいから国同士の関係がゴタゴタしていて、エリザベス1世の時代、国同士が決定的に決裂して以来、険悪な仲になって現代に至っていた。

人当たりがよく子ども好きなスペインからすれば、ただ友人の所で働かされている可哀想な子どもを少しばかり可愛がってやった程度のものなのだろうが、実兄には疎まれて矢を射掛けられ、隣国には騙し討ちのように攻め取られて隷属させられていた当時のイングランドにとっては、スペインは生まれて初めて純粋な好意を向けてくれた稀有な存在だったのだ。

それはほとんど刷り込みにも似て、その後良好な関係を築く国が現れても、イギリスにとってスペインは常に特別な存在だった。

嫌われているのがわかっていてもどこか恋しい…。
10年に一度でもいい…可愛がっている子分に向けるような笑顔を自分に向けてくれたりしないだろうか…。
そんな非常に消極的な好意を持ち続けて早数百年。

それでももう嫌われるだけ嫌われているので、ありえないこと、と、諦めきっていたところに、とんでもないチャンスが降ってきた。

スペインが頭を打った結果…一時的に記憶喪失になったのだ。
もちろんイギリスとの過去の国同士の確執なども忘れている。

そうなると…だ、普段はコンプレックスでもあるこの顔がモノを言う。
根っからの子ども好きなスペインは記憶を失ってもやっぱり子ども好きならしい。
一緒にいたのがフランスやプロイセンだったこともあって、スペインの好意は一心に童顔なイギリスにむいた。

数百年ぶりに向けられる太陽のような明るく暖かな笑顔。

『イングランドはかわええなぁ…うちの子になればええのに』
とよく言ってくれた昔のように、頭をなでられる。

あまつさえ、どさくさに紛れて過去の国策について正直に告白して謝罪しても、
『しんどかったやんな。泣かんでええよ。あーちゃんは悪うないわ。親分が悪かったわ。
これから優しゅうするから堪忍したって』
と、慰めてくれるくらいだ。

もちろんずっとこのままではあちこちに支障が出るだろうし、いつかは元に戻らないと困るのだが、もう少し…せめてもう1日くらいこのままでいてくれないかなぁ…などと秘かに思っていたのだが、神様は残酷だ。

もうあの優しい時間を取り上げてしまうらしい。


なまじ1番幸せだった思い出を彷彿させるような状況だっただけに、喪失感もひとしおだ。
ああ、眠っている場合じゃなかったのに…と後悔しても後の祭りで、イギリスはヘナヘナと力なくその場に崩れ落ちた。

どうせもう一人で誰もいないのだ…子どものように泣いた所で支障は出ない。

イギリスはテーブル横の椅子にもたれかかるようにして、泣き続けた。
とっくの昔に忘れかかっていた胸の痛みがまた襲ってくる。
それでも思い切り声をあげて泣く事によってなんとなく気が紛れて、そうしているうちにやがて起きたばかりだというのにまた眠気が訪れた。
昨日から色々精神的に緊張することばかりで、思いの外疲れているのかもしれない。

どうせ今日から3日ほど強制的に休みを取らされている。
このまま眠ってしまえ…。

コテンと椅子に頬を押し付けると、木の冷たさが火照った頬に心地いい。
このまま眠ってしまったら…夢でくらいまたあの優しいスペインに会えないだろうか……

そんな事を思いながらイギリスはそのまま軽く目をつむり、ゆったりとした眠気に身を任せた。



Before <<<       >>> Next


0 件のコメント :

コメントを投稿