親分は頭を打った事にしました_3

決行


会議終了翌日。
プロイセンの情報ではイギリスもフランスもその日は休みだ。
そしてプロイセンいわく
「あいつら休みだと大抵どっちかの家で茶飲んでんだよな。俺もたまに乱入するけど」

血管がブチ切れそうになったのは何故だろう。
しかし腹はたつが今日はその情報はありがたい。
とりあえず先にフランスの家に行って不在ならばフランスを訪ねたということでイギリスの家へ乱入だ。


「お前…ホントにやんのか?」
まあ…いいけどよ…と、苦笑するプロイセンに
「当たり前やんっ!親分はやったるでっ!」
と、無駄に気合満々のスペイン。

幸いプロイセンの予想通りイギリスとフランスはフランス邸でお茶を飲んでいて、そこに乱入。
しかし予想外だったのは、そこでイギリスが帰ろうとしたこと。

とりあえず自分達の方が出直して作戦を立てなおそうとプロイセンが小声で提案するも、ここで挫折したら二度と決行する勇気が出ない気がして、強固にその場にとどまろうとするスペインは揉みあううち、フランスの本棚に突っ込んだ。

バサバサと落ちてくる本を被りながら、あ、これチャンスやん…と思ったら、聡いプロイセンも察してくれて、見事記憶喪失作戦が始動した。


記憶喪失についてはプロイセンの援護もあり、フランスもイギリスもどうやら信じたようだ。
ただ記憶がないという事になってもイギリスの緊張っぷりはすごい。
ここまでベッタリと食い下がったことは関係が微妙になってからはなかったので普段がどうだったかというのも定かではないが、今はとにかく怯えられている気がする。

ガチガチに緊張して半分涙目でフランスに目線だけで無言で救助要請を送っているのには、その様子が無駄に可愛いだけに正直傷つかないわけではなかったが、いつかあのフランスのポジションを奪い取ってやるっと無駄に固い決意をして、気づかないふりで構い続けた。

普段だったら先々を考えてそこまで強気に出れないのだが、今は記憶喪失中だ。
何かあってもその時のことは憶えてないですませればいい。
この行動で関係が悪化したとしてもゼロクリア出来るのだから、失敗を恐れずとにかく今出来る最善を尽くせばいいのだ。

ということで、スペインは幸い夕食を食べずに帰宅するというイギリスに半ば強引についていくことにした。




こうして夕食の買物後、たどり着いたイギリス邸。
門の所には薔薇のアーチ。
それをくぐってドアにたどり着く小道も左右に薔薇薔薇薔薇。
その根元に可愛らしい陶器の動物やらキノコやらの置物が置いてある。

このところお固い感じのイギリスしか見ていなかったスペインにはもう感動なんてものじゃない。
例えるなら…鉄の扉を開いたらそこはおとぎの国でした…的な?
もしくは…むさい男物のジャージを剥ぎとったら、その下にはこの世のものとも思えないくらい愛らしい天使が隠れていましたとか?
『ああ、この子はほんまあの頃の可愛い可愛いイングランドのままなんや~』

と、もう気持ちは時間を遙か飛び越えて、はるか昔…フランスの家でスペインが訪ねるたび構って欲しそうに木の影から顔を出している小さなイングランドを欲しくて欲しくて仕方なくて追い回していたあの頃に飛んでいた。

その場で抱きしめて、邪魔なフランスが来る前にお持ち帰りしたい…と切実に思ったわけだが、イギリスも大きくなってしまったので、さすがに抵抗されたらそれを封じ込めて海をわたるのは無理がある。

とりあえず自主的についてきてくれるようになるようにするしかない。

そう決意して強引に接触するのは避けて言葉の表現のみで耐えたそのスペインのわずかしかない忍耐力は、イギリスに続いて家の中に入った瞬間、微塵も残らず砕け散った。

「うわぁあ。あーちゃんかわええなぁ。めっちゃかわええっ」

気づけばイギリス抱きしめ、その頭をグリグリ撫で回している自分がいる…。
しかしこれはしょうがない。自分は悪くない…とスペインは思った。

部屋の中は一面可愛らしい刺繍とパッチワークの世界。
今のイギリスの趣味は手芸だということは(忌々しいが)フランスから聞いていたので、これはおそらく全て自作なのだろう。

こんな可愛らしい部屋でチクチクと刺繍やパッチワークに勤しむイングランド…。
想像しただけで転がりまわりそうな可愛らしさである。

もうこのままだとやばい。
抵抗されようが罵られようが、有無を言わさずお持ち帰りを決行してしまうかもしれない…。

スペインは粉々に砕け散った自分の理性をまた拾って必死につなぎ合わせ、夕食を作りにキッチンへとこもった。


幸い料理の腕には自信がある。
夕食にとびきりの手料理の数々を並べてみせると、イギリスは緊張しながらも幸せそうに食べている。
特に甘いモノが好きなのは昔と変わってないらしく、デザートを食べている時に無意識に浮かぶ無邪気な笑みがめちゃくちゃ可愛い。

あの頃はイギリスはフランスの支配下にあったからお菓子一つやるのにもフランスの許可が必要だったが、今は好きなだけ与えてやれる。

一通り食事を終えて、食後のお茶を飲んでいる最中に、初めてくらいイギリスから
「あのさ…」
と話しかけられた時には、これはもう餌付けしようと思って
「なん?茶菓子でも作ったろか?」
と、上機嫌で答えた。

しかし続く言葉は
「少し…話したい事があるんだけど…いいか?」
で、いよいよ来るか…とスペインも少し緊張する。

食事から続く和やかな空気が壊れるのは惜しいし、寛いで幸せそうな顔から一変、自分に対する非難にこわばる顔を見なければならないのか…と思うとさすがにキツイ。

しかし今回はそれが目的なのだ。

「ええで。ほなソファにでも行こか~。近いほうが話しやすいやろ」
スペインは内心の緊張を押し隠してなんでもないようにそうイギリスをソファにうながして、隣同士に座る。

正面から非難する顔をみるよりは、体温だけでも感じながら、そこまで全身で拒絶をされているのではないのだと自分を慰めつつ話を聞きたかった。

ああ、でも本格的な非難が始まって触れにくくなる前に…今のうちに…と、スキンシップをしておくことにする。

プロイセンがよくしていたのがずっと羨ましかった、自分よりも一回り細い肩に腕を回し、これは子供の頃から変わらない、見た目に反して柔らかい黄金の髪の手触りを味わう。

「あの…な、今こんな事言われても憶えてねえだろうし、迷惑だってわかってんだけど…」
とオズオズと始めるイギリスが何を言おうとしているのかはあえて聴覚に集中せずに意識的に考えないようにして、視覚的なモノを追っていく。

髪と同じ色の長いまつ毛…綺麗やなぁ…
瞬きするたびその下のグリーンの瞳にうつりこんで、まるで新緑の合間から零れ落ちる木漏れ日みたいや。
もう大人のくせになんでこんな柔らかくてまだ丸みの残る可愛らしい頬してるんやろ…
言い難い事言う時、ちっちゃな口元モゴモゴさせる癖、変わらへんなぁ…。

そんな事を考えながら、ふと視線を落とすとそこにはこの部屋を包む数々の可愛らしい作品を創りだした繊細な手。
ぎゅっと強く握りこんでいるのに気づき、心配になった。

「そんなに強く握りしめとったら爪あとついてまうよ。握るもん欲しかったら親分の手でも握っとき」

この綺麗な手を傷つけるくらいなら、どうせもうゴツゴツと傷の一つや二つ増えても変わらない自分の手に爪痕がつく方がいい…と、その手を開かせて自分の手を握らせると、腕の中のイギリスが身を固くする。

ああ、手ぇ握ったくらいでそんな初心なお姫さんみたいな反応したらあかんやん。
親分攫ってしまいたくなるやん。

このまま沈黙が続いたら、強引な行動に出てしまうかもしれない…それでまた傷つけて距離ができてしまうくらいなら、あえて頭を冷やす意味でも非難の言葉を吐いてもらった方がいいかもしれない。

そんな思いで、スペインは
「別に迷惑ちゃうよ?あーちゃんが言いたい事やったら、親分なんでも聞いたるから言うてみ?」
と、ある種覚悟をして先を促してみる。

しかし次にイギリスの口から出てきた言葉は、あまりに意外なものだった。

「昔な…俺は実兄には嫌われてて矢とか射掛けられてて…フランスはいつも小馬鹿にしてきて…その…お前が初めてだったんだ。誰かが無条件に可愛がってくれたのって。
なんていうか…その時の記憶っていうか思い出っていうか…そういうのって励みになったっていうか…この世で自分を嫌う奴ばかりじゃないって随分長い間思えてて…あれから俺はお前を騙して陥れてのし上がって、今でも嫌われてんのわかってるし、いまさら俺からそんなこと言われてもすごく気分悪いだけだってわかっ てるんだけど、なんか一度くらい、ありがとうって言いたくて……国だから…国としては謝れないんだけど……ごめん」

意外すぎて息が止まるかと思った。
まじか…と、これまで追求せずに距離を保った自分の愚かさ加減に呆れ返る。

今すぐそれを訂正したいのは山々なのだが、一応記憶喪失中だからという事で語っているのに実は騙していましたなんて事がバレたら、悲観主義者のイギリスのことだ、二度と心を許してもらえない。

今はとりあえずあくまで記憶喪失の人間として
「よおわからんけど、親分聞く耳もたへんかったから、ずうっと言えへんかったんやんな?
堪忍な。しんどかったやんな。
泣かんでええよ。あーちゃんは悪うないわ。親分が悪かったわ。
これから優しゅうするから堪忍したって」
と、言っておいて、またいったん時間を置いて、記憶が戻ったと言うことにして改めて優しく誤解を解いていくしかない。





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