親分が頭を打ちました_2

歴史if


「なんや、お伽話みたいな家やなぁ」
ロンドンの郊外にあるイギリスの家の門をくぐった時のスペインの第一声はそれだった。
「庭師さんとかいれとるん?」
「いや…ガーデニングが趣味だから。表門の方は見ての通り薔薇だけど、裏にはハーブとかも植えてるし…」
「そっかぁ…。なんやあーちゃんらしいわぁ。」
ニコニコと楽しげに周りを見回すスペイン。

一応フランスの家で自分達が国である事とか、それに付随する注意事項は伝えたものの、今ひとつ聞いているのかが不安だったので、とりあえず人名で呼ばせる事にした。

…が、アントーニョいわく
「あのヒゲが自分のこと坊ちゃん言うのなんや腹立つわぁ。親分もなんや特別な名前で呼んだろ。
そやなぁ…アーサーやからあーちゃんでええか~」
と、愛称で呼ぶことを強固に主張したので、もう諦めてそう呼ばせている。

からかわれるのが嫌で昔から知っているフランスや絶対にそういう反応を返さない日本以外の国はほぼ入れた事のないプライベートの自宅は、中も自分で刺繍をほどこしたタペストリーやクッション、パッチワークのカバーなど、ともすれば少女趣味な空間なのだが、これも今の記憶を失ったスペインにはたいそうお気に召したらしい。

「うわぁあ。あーちゃんかわええなぁ。めっちゃかわええっ」
と、グリグリ頭を撫でられた。

スペインにこんな風に無条件に笑顔を向けられるのは本当に久々だ…。
おそらく小さい頃…フランスに占領されていてフランスの家に引き取られていた頃以来だろうか…。

あの頃はよく、
「イングランドはかわええなぁ。うちの子にならへん?そしたらめっちゃ大事にしたるで」
と、抱き上げられて頭を撫でられていた。

歴史にifはないのだが…もし自分がフランスではなくスペインに引き取られていたら…南イタリアのように今でもこんな風に笑顔で頭を撫でられていたのだろうか…。

随分と長い間、自分にだけは向けられる事のなかった暖かい笑みをあふれるほど振りまかれると、そんな考えても仕方ない考えがふと脳裏をよぎる。

結局スペインがいつまでこの状態なのかはわからないが、プロイセンいわくはおそらく記憶喪失は一時的な、せいぜい1~2日くらいのもので、記憶が戻った時には記憶喪失の頃の記憶はなくなっているだろうとのことだ。

と言うことは…ある意味これは、あの幼い頃のまま…良好な関係のまま現代に至った歴史ifと言えるのかもしれない。

「あのさ……」
スペインが作ってくれた美味しい夕食を食べ終わって食後のお茶を飲んでいる時、イギリスは長年胸につかえていたものを吐き出したくて、口を開いた。

「なん?茶菓子でも作ったろか?」
ニコリと返してくる表情は優しい。

仕事以外でこうして二人きりでゆっくり話す機会もなかったし、あの嫌悪感がヒシヒシと伝わってくる相手に話して、それを嫌な思い出にしてしまうのも怖くて言えなかったが、今の…期間限定スペインになら言える気がする。
これは自己満足だ。
でも吐き出してしまいたい。

「少し…話したい事があるんだけど…いいか?」
これはいつものスペインではない。
たぶん拒絶はされないだろう。
そう思っても長年嫌悪を向けられていたのと全く同じ顔立ちを見るとひどく緊張する。

そんなイギリスの緊張に気づいてか気づかないでか、スペインは立ち上がって
「ええで。ほなソファにでも行こか~。近いほうが話しやすいやろ」
と、イギリスの手を取ってソファにうながした。

「それで?なに?」
イギリスをソファに座らせてスペインはぴったりとその横に寄り添うように座る。
何故肩に手が回っているとか、回した手で髪を撫でるのは何故だとか、もう他人との接触に慣れていないイギリスにしたら色々言いたいことはあるのだが、フランスもやたらとともすればセクハラとも言えるレベルでのスキンシップをしたがるので、ラテンの男はこういうものかもしれない…と、無視することにした。

「あの…な、今こんな事言われても憶えてねえだろうし、迷惑だってわかってんだけど…」
膝の上でぎゅっと拳を握りしめて口を開くイギリスに、スペインは小さく笑ってその拳を開かせると
「そんなに強く握りしめとったら爪あとついてまうよ。握るもん欲しかったら親分の手でも握っとき」
と、自分の片手を握らせる。

その時点でイギリスはもうパニックで言葉をなくすが、そこで、
「別に迷惑ちゃうよ?あーちゃんが言いたい事やったら、親分なんでも聞いたるから言うてみ?」
と、先をうながすスペインの言葉に我にかえって続ける。

「昔な…俺は実兄には嫌われてて矢とか射掛けられてて…フランスはいつも小馬鹿にしてきて…その…お前が初めてだったんだ。誰かが無条件に可愛がってくれたのって。
なんていうか…その時の記憶っていうか思い出っていうか…そういうのって励みになったっていうか…この世で自分を嫌う奴ばかりじゃないって随分長い間思えてて…あれから俺はお前を騙して陥れてのし上がって、今でも嫌われてんのわかってるし、いまさら俺からそんなこと言われてもすごく気分悪いだけだってわかってるんだけど、なんか一度くらい、ありがとうって言いたくて……国だから…国としては謝れないんだけど……ごめん」

おそらくこれを逃したら一生言えなかった事…でもずっと言いたかった事…。
たとえ明日に覚えていなかったとしても言えた事にホッとして、安堵と共に涙がこぼれた。

すると、あ~…堪忍な、と、スペインはイギリスの頭を引き寄せる。

「よおわからんけど、親分聞く耳もたへんかったから、ずうっと言えへんかったんやんな?
堪忍な。」
そう言うとスペインはシャクリをあげるイギリスの頭を優しく撫でた。
「しんどかったやんな。泣かんでええよ。あーちゃんは悪うないわ。親分が悪かったわ。
これから優しゅうするから堪忍したって」
チュッとつむじにくちづけを落として言うスペイン。

明日か…明後日には消えてしまうifな歴史の合間のパラレル的な存在でも、ずっと胸につかえていたものが取り払われた気がした。

堪忍な…と繰り返される柔らかい声と、頭をなでる温かい手…長年の胸のつかえもとれてホッとしたのもあって、そのまま泣き寝入りをしてしまったらしい。

翌日…おそらくスペインに運ばれたらしくベッドで目が覚めたイギリスが居間に降りた時には、すでにスペインの姿はなく、おそらく早朝に様子を見に来たフランスが置いていったらしい焼き菓子と、記憶が戻ったらしいことと泊めてもらった事の礼を告げるスペインのメモがテーブルの上に残されていた。






エピローグ


「お前さ…もしかしてあれから記憶戻って坊ちゃん虐めてたりしてないだろうね?」

世界のお兄さん以前にイギリスのお兄さんを自認するフランスが結局心配になって焼き菓子を手に朝1番のユーロスターに飛び乗って訪ねてきたイギリス宅で見たものは、居間のソファでイギリスの頭を抱えたまま寝ているスペインの姿だった。

何があったのかはわからないが、イギリスにしっかり泣いた後がみうけられたので、スペインの方を叩き起こしてみると、記憶が戻っているようだった。

その後スペインがイギリスをベッドに運んだ後、事情を聞いてみるがのらりくらりと確信を避けるスペインに焦れてフランスがそう問い詰めると、

「今回は虐めてへんよ~。」
と、とぼけた答えが返ってくる。

「今回はって…お前いつ頃記憶戻ったの?本当にお兄さん何度も言ってるけど、国策はともかくとして、プライベートでは坊ちゃんはあれで傷つきやすいお子さんなんだからねっ。
あんまりふざけた真似すると、お兄さんも本気で怒るよ?」
珍しく真剣な顔でそう言うフランスをスペインはじ~っと凝視した。

「…な、なに?」
「ん~…いや…。自分意外にイギリスの事大事にしとるやん?」
「だから?」
訝しげに眉を寄せるフランスに、スペインはニヤリと笑みを浮かべた。

「いや…それ伝わっとらんで良かったなぁと。
愛の国と情熱の国のラテン対決も面白そうやけど…。ちょおしんどいかなぁ。
まあええわ。親分一足先に本気で行かせてもらうからな。」

「え?なに?スペイン何いってんの?お前」
「わからんならええわ~」
わからないなりに慌てるフランスに、スペインはくすくす笑いながら駆け出し、
「ほな、結果出たら報告したるわ~」
と、くるりと振り向くと大きく手を降った。




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