「ごめんください」
と声がかかった。
「は~い♪」
その声に止める間もなくフロウが転がり出て行く。
「秋ちゃん♪今回はありがと~♪」
ドアを開けて軽食の盆らしき物を持った先ほどの女将らしい女性が中に入ってくると、フロウはその女性に抱きついた。
「優波ちゃん、どんどん姫に似てくるわねぇ」
まとわりつくフロウごと部屋に入って来た秋は盆から布巾を取った。
「はい、これに着替えてね。」
と、盆の中身…従業員用の着物をアオイに渡す。
なるほど、それなら離れをうろついていても目立たないか、と、コウは感心しつつ、気転のきく秋に少しホッとする。
「今回はありがとうございます。色々ご迷惑をおかけして申し訳ありません。」
アオイが着替えに寝室の方へ消えるのを見送って、コウがまずそう挨拶して頭をさげると、秋はそこでコウに注目。次の瞬間プ~っと吹き出した。
「嘘ぉ~!雰囲気だけじゃなくて中身もそっくり?!」
それまでのしっとり落ち着いてた雰囲気の秋の豹変ぶりにポカ~ンとするコウ。
秋はそんなコウを前に思い切り笑い転げると、やがて笑いすぎて出た涙を着物の袖口でふきつつ言った。
「ほんっきでエンドレス家系なのね、姫ん家。優波ちゃんも姫そっくりで…姫は姫で姫のお母さんにそっくりで…。おまけにその連れ合いも代々そっくりって本気でありえないわっ。」
まだケラケラ笑いながら言う秋に、コウは、ああ…と天井を仰ぎ見た。
「なんだか…それよく言われるんですが…。俺はあそこまで人格者じゃありません。」
「いやいや、貴仁さんの若かりし頃にそっくりよ、碓井君。あの人も頭良くて顔良くてスポーツ万能なのにくそ真面目で…。姫と結婚してからくらいじゃないかな、あたりが柔らかくなってきたのって。」
そうなのか…となんとなく納得すると同時に、優香と本当に親しい間柄の人間らしい事にとりあえず気が楽になる。
これなら安心してアオイを託せそうだ。
「えと…とりあえずあまり時間がないので簡単に事情を説明させて頂きます。
アオイは実は今回の小澤さんの殺人事件の犯人にとって都合の悪い物を見てしまったらしいんですが、本人を含めてそれが何かいまだわからない状況なので、犯人が捕まらない限り非常に危険な状態なんです。
誘拐犯のメドはついていて、おそらくそれは小澤さんの事件の犯人と同一なんですが、今の時点で証拠がないので安全のためアオイを隠したいんですけど、俺達といるとバレるので。」
「なるほどねぇ。ま、お預かりしましょ。他ならぬ優波ちゃんのお願いだしね。」
秋は言ってウィンクをする。
こうして従業員に扮したアオイを連れて秋が母屋へと戻って行って残される二人。
「秋ちゃんは母にとって…私にとってのアオイちゃんみたいな感じの人で、私が赤ちゃんの頃から知ってる人なんですよ~」
トポトポとお茶を入れながら言うフロウ。
「で、ここは秋ちゃんが継いだ秋ちゃんのホテルグループの経営する宿の一つで…最近できたものなんですけど、もうちょっと離れた所にもう一件普通の旅館があってそこにはよく来てましたよ。今そっちは秋ちゃんの旦那様が切り盛りしてますけどね、その人は私達でいうとユートさんみたいな感じかな。」
フロウの入れたお茶をすすりながら、エンドレスなのは夫婦だけじゃなく…友人関係もなのか…と、感心するコウ。
まあ…相手が自分達にとってのアオイとユートなら本当に心配はない。
これなら安心して事件の捜査に打ち込めるな、と、頭を切り替えて事件に気持ちを向け始めた。
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