「アオイは旅館の秋ちゃんにかくまってもらうから、それまでここから出るな。部屋にいないと気付いたら氷川夫妻が様子見にくる可能性がある。」
外に聞こえるほどではなく、タンスの中のアオイと部屋にいるユートにだけ聞こえるくらいの絶妙な大きさの声でコウは言った。
「詳細と状況はアオイにはかくまってもらってから携帯で話す。ユートと姫にもあとで。とりあえず何で拉致られたのかわかるまではアオイが救出されてここにいるって知られるのはまずい。とにかくアオイがいないふりで秋さんからの連絡待つぞ」
コウの言葉はもっともだ。しかし…
コウの後ろにアオイがいるのだ、無事を確認して抱きしめたい…。
ユートはその強い衝動をじっとこらえて膝の上で拳をにぎりしめる。
フロウはそんなユートにお茶をいれた。
「少し…お茶でも飲んで一息入れて下さい。」
唇を噛み締めて俯くユートをいたわるように、柔らかな笑みと一緒にフロウが手渡してくる湯のみを、ユートは黙って受け取った。
じれったい気持ちと…それ以上に安堵がわきあがってきて、ユートの目から落ちたしずくがぽつりと湯のみにおちる。
そのとき…
「こんばんは」
と声がする。
「来たな…。丁度いい、ユート、お前が出ろ。上手くやれ」
コウが油断のない視線を玄関の方へ送り、ユートをうながした。
「おっけぃ」
ユートが湯のみをおいて立ち上がり、部屋を出ると玄関に降りる。
「こんばんは、どうしたんですか?」
涙をぬぐって開けたドアの向こうには雅之が立っていた。
「いや…今日の事聞いてたんで心配になってね…。」
言って雅之は少し赤くなっているユートの目をみつめる。
「コウ君といるの…今日はつらくないかい?妻とも話したんだが、もしユート君が一人なのがつらいとかコウ君がユート君を一人にするのが心配とかなら、僕たちの部屋にこないか?」
思いがけない申し出にユートはちょっと驚いて考え込んだ。
「えと…でもそこまでは…」
反射的に答えると、雅之は
「妻も…つらい経験してるからね。他人事とは思えないらしくて。ホント僕らには全然遠慮する事はないし、良かったらぜひ。」
とさらにすすめてくる。
心底心配しているようなその素振りに、真相知らなければほだされそうだなとユートは思った。
目的はアオイが部屋から消えたのでこちらに探りをいれたいのだろう。
それなら…
「ホントに申し訳ないです…。コウが悪いわけじゃない…。アオイが誘拐されたのも返してもらえなくなったのも全部俺のせいで…それでも姫だけでも返してもらえたのはコウの活躍でだからしかたないんですけど…そうですね、俺やっぱり今はつらいのかも。お言葉に甘えていいですか?」
逆にこちらから探ってやる、と、ユートはその誘いにのることにした。
「ちょっと…コウにことわってきますね。」
と、言っていったん部屋に戻ってコウに事情を話す。
「だめだっ!断って来いっ!」
当然…コウが快く送り出すはずはない。
「大丈夫だって。氷川夫妻の離れに行くのはもう知れ渡ってるんだから返さないってことないだろうし。
俺をどうこうする理由もないでしょ?それより少しでも情報集めた方がいい。それにさ、俺が行く事でアオイが移動する間、氷川夫妻の目をそらせるし。」
ユートが自分が行った方が良い理由を列挙すると、コウは黙り込んだ。
「心配しないで。今度こそ上手くやるから」
そう言って玄関に向かいかけるユートを追い越して、コウも玄関に出た。
「こんばんは」
と、雅之に声をかけると、コウはお辞儀をする。
「ああ、こんばんは。コウ君も今回は大変だったね」
雅之がいうのに
「ご心配おかけしてます」
とさらに頭をさげると、コウは軽くユートの肩に手をおいた。
「ユートお願いします。でも…本当に申し訳ないんですが、こいつも今日は一回行方不明になりかけたし、俺が心配なんで…絶対に一人にしないで帰る時もここまで送ってもらえませんか?俺ちょっと限界で寝てるかも知れないんですけど、必ず起きて引き取りたいので、できればこちらに戻る前に電話頂けるとありがたいです。」
コウの言葉にユートは
「コウ~、子供じゃないんだから…」
と苦笑するが、雅之は笑顔で
「もっともな心配だね。大丈夫、僕が責任持って送ってくるから、君もゆっくり休んでね」
とうなづく。
これで…ユートが自分達と分かれてからいなくなったという言い訳はできないし、ユートに手出しはできないだろう。
「じゃあそういうことで。お預かりします」
と言って雅之はユートと共に自分の離れへとむかった。
5分ほどでユートから雅之の部屋の電話で今着いたという連絡がはいる。
それを了承して切ると、コウは部屋のカーテンを閉めた。
「夫妻は揃って部屋なのは確認できたから出ていいぞ、アオイ。」
と、タンスの中のアオイに声をかけると
「ホント、どうなってるの?」
と涙目なアオイがタンスの中からころがるように出て来た。
「詳細は後でな。簡単にだけ説明する。」
時間がないのでコウは早口に始める。
「昨日この宿で殺人事件が起こった。殺されたのは一人で来てた中年男小澤。
で、アオイ一人で露天の鍵返しにいった時お前ペンダント拾って氷川澄花に見られたか渡すかしただろ。
それがどういう風に関わってるかわからんが殺人事件の立証に関わるものらしい。
で、お前誘拐されて今救出したわけなんだけど、全部状況証拠だけだから相手を拘束できないし、お前を救出するために非合法な手段で氷川夫妻の離れに入ってるんで、それバレるとこちらの行動制限される可能性もあるんでまずい。
でもって、お前がみたものがどう殺人に関わってくるものなのかわからないうちは、またお前が狙われる可能性も出てくる。でも警察は不確かな情報だけじゃ動かないかもしれない。
という事でな、ここ優香さんの友達の旅館だからそのコネでこっそりお前を旅館の方でかくまってもらって、その間に殺人事件の方調べてみることにした。以上」
なんで…また殺人事件なんかに巻き込まれてるんだろう…。
コウの話を聞いて惚けるアオイ。
去年の夏から数えてこれで3回目?ありえない。
ああ、そのうち2回ターゲットになって拉致られてるんだ…それで生きてるのもすごい…
と、アオイはさらにユートが以前思ったのと全く同じ事を思う。
「とりあえず…詳しい事はまたメールででも送る。危険だからな、絶対に暴走せず大人しくかくまわれててくれ。」
と、コウはそう言いつつ、いつも暴走するアオイを一人で預けるのは不安だが仕方ないとため息をついた。
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