厳しい表情で部屋に駆け込んで来たコウの様子に、ユートが声をかけると、コウはうなづいた。
「アオイは一人の時に何か拾って、さらに母屋で氷川澄花と接触。で、姫が拾った時計の持ち主は氷川雅之だ。つまり…アオイを返したくなかったのは氷川澄花で姫を返したかったのは氷川雅之。」
そこまで言って、コウはさらに難しい顔で考え込んだ。
「ってことで犯人の目星はついたんだが…やばいな。そろそろアオイが拉致られて丸一日になる…。
救出急がないと…。どこに拉致られてるんだろうな……」
ドスンと座り込んで腕組みをするコウに、フロウはスリスリっとすり寄った。
そして、その肩をトントンとつつく。
「なんだ?姫」
「えっと…氷川夫妻で思い出したんですけど…さっき言おうとしたこと…」
「さっき?」
眉をよせるコウにコクコクうなづくフロウ。
「えっとね、お香の話したじゃないですか。皆さん違うお香がするって。」
その言葉にコウは
「ああ、したな。ユート待ってる時だな」
と同意する。
「ですです。あの時ね言おうとした事、私ね、コウさんの浴衣の匂いで気付いたんですけど、私が着てた浴衣って本来私達のお部屋のお香の匂いのはずなのに、なぜか氷川夫妻と同じお香の匂いがしたんですよね」
「ほんとかっ!それ!!」
コウは身を乗り出してフロウを強く抱きしめた。
「お手柄だっ!姫!」
おそらく…一緒にさらったわけだから、閉じ込められていた場所も同じ可能性が高い…。
お香の香りが強く移ってある程度広い場所と言えば…
コウは部屋をぐるりとみまわして一点に注目する。
タンスの中…。
身代金を払わないから殺したと言える状況を作ったばかりだ。
早く救出しないと殺される可能性が高い。
一刻の猶予もならない。
かといって…物的証拠があるわけでもないのに普通の高校生が家捜しなどさせてもらえる状況じゃない。
どうする……
夫妻が鍵をかけずにそろって離れをでるような状況…そんな非常事態が簡単に起きるわけが…いや、起きなければ起こせばいいのかっ。
「姫、この宿って優香さんの友人がやってるって言ってたな?」
コウはフロウを引き寄せた。
「ええ、母の幼稚舎からの友人の…秋ちゃん。」
「姫、よく聞いてくれ。一刻も早くアオイを救出しないとアオイの命が危ないんだ。で、それには母屋で非常ベルを鳴らしてもらって、離れの人間をみんな母屋に集める必要がある。
他には理由を言わずに後で誤報って事にするようその秋ちゃんに頼めないか?」
コウの説明が終わるのを待たず、フロウは自分の携帯のボタンを押している。
「こんばんは~♪秋ちゃん、非常事態なんだそうで…ちょこっと母屋で非常ベル鳴らして下さい。
お願い♪」
あまりに緊張感のない言葉…でもまあ…たぶん一条家の女達と親しい相手なのだとしたら、彼女達の言葉がしばしば絶対なわけで…。
準備する間もなくいきなり非常ベルがなった。
一瞬焦った顔をするコウだが、まあなったものはしかたない。
「ユート、姫頼む。俺は風呂入ってて服着てるとでも言っておいてくれ」
同じく一瞬戸惑っていたユートだが、やはりトラブル続きなため気を取り直すのも早い。
「オッケー。ま、コウなら一人残して来ても平気って思うのも不自然じゃないしな。行こう、姫」
言ってユートはフロウの腕を取って立ち上がった。
コウも立ち上がると一路氷川夫妻の部屋へ。
夫妻がやはり慌てて母屋へ向かうのを確認すると、ソッと中に忍び込んで一直線に目的の場所を目指した。
入って次の間の大きな押し入れのようなタンス。
チラリと下に香炉があるのを確認すると、コウは祈る様な気持ちでタンスを開ける。
そして中を見て心底ホッと息をつく。
向こうも同じみたいだ。
「時間ないから、このまま抱えてくぞ。大人しくしてろ」
コウは猿ぐつわをされて手足をぐるぐる巻きにされたアオイを肩にかかえあげるとタンスを閉め、一気に離れの外を目指した。
コウはそのまま自分達の離れへ戻ると、急いでアオイの猿ぐつわを外して手足を解放し、
「とりあえず説明は後だ、押し入れにでもかくれてろ。」
と、アオイに指示をして、服を脱ぎながら風呂場に駆け込む。
そして頭からシャワーをかぶるとバスタオルで軽く水気だけ取り、浴衣を身にまとい、部屋を飛び出した。
母屋にはすでに全員が集まっていて、旅館の人間が謝罪している。
コウはそこにタオルで髪を拭きながら走って来て
「ユート、なんだったんだ?」
とちょっと離れた所から声をかけた。
「ああ、誤報だって。つかなに?コウ浴衣なんか着ないって言ってなかったっけ?」
振り向いて一瞬コウに注目、そしてからかうように言うユート。
役者だなぁ…と心底感心するコウ。
「仕方ないだろっ、即服でなかったんだから。これが一番早かった。戻ったら着替える」
と、自分もその会話にあわせて口を尖らせてみる。
その二人の会話に周りから笑いが広がった。
「災難だったね、コウ君。」
「あら、でも浴衣似合うわよっ。良い機会だからそのまま着てたらいいじゃない」
と笑顔の氷川夫妻。
この夫妻があの誘拐犯で…おそらく殺人犯なのか…。
好意を持っていただけに複雑な気分になるユートとコウ。
しかしもちろんそれを表面にはだすことなく、
「いえ、動きにくいから。即着替えます。パジャマも持参してるし」
と苦笑いでそれに返す。
それからコウはユートがしっかり護衛しているフロウにかけよって、
「護衛サンキュー。かわるから」
と、フロウをぎゅ~っと抱き寄せた。
「まあ…何もなくて良かった。」
と言うと、コウはフロウの髪に顔をうずめる。
『姫…アオイみつかったんだが…いったん誰にもわからないように秋ちゃんにアオイ保護して隠しておいてもらえないか?』
コウはそうフロウの耳元で他にわからないようにささやいた。
「大丈夫ですよ~」
そのささやきに対して答えるフロウの言葉。
他にも聞こえる大きさだが、コウのささやきが聞こえない周りには”何もなくて良かった”に対する返答に聞こえる。
「さっさと避難させるか避難遅れても着替えるまで待たせて自分の側で護衛するか究極の選択だったよな。」
ユートがちょっと苦笑して言うと、
「あんな事あったあとだと心配ですもんね、やっぱり」
と、それに対して澄花がうなづいた。
「あ、コウさん、ちょっと待って下さい。どうせ今日も眠れないでしょうし、軽食お願いしてきますね」
周りがそれぞれ戻りかける中、フロウがちょっとコウから体を離して、謝罪をしていた綺麗に着物を着こなした女性にかけよって何かを話している。
おそらくフロウが言っていた”秋ちゃん”なのだろう。
「ま、そういう面については気が利くよな、姫。普段は不思議ちゃんだけど。」
ユートが視線はしっかりフロウから放さずにコウに話しかけると、コウもやっぱりフロウの姿を視線でしっかり追いながら
「不思議ちゃん言うなっ、失礼なっ!ただ少しばかり…やんごとないだけだっ」
と答えて、さらに周りの笑いを誘った.
「お願いしてきました♪戻りましょう。」
フロウが戻ってくる。
交渉成立らしい。
「とりあえず…まだ風呂途中できたから、ユート姫の護衛頼む。」
戻りつつ言うコウに、ユートは少し苦笑。
「気…使わないでいいよ…」
と、まだショック冷めやらない演出をしてみせる。
コウはそれに肩をすくめて
「別に…ホントにまだ体洗ってないし…」
と、同じく演技で少し視線をそらせてみせた。
「ま、そういう事にしておきましょ」
と、ユートは最終的に了承の意志を示してみせ、3人揃ってコウ達の離れに戻る。
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