ユートは眩しさに腕で明りをさえぎった。
「ユートっ!!気がついたか…」
明りと自分を遮るようにできる影。
聞き慣れた声がそう言って、大きなため息。
「…コウ?」
いぶかしげに目を細めるユートにコウは
「平気か?どこか痛んだりとかはないか?」
と心配そうに言うと、顔をのぞきこむ。
何してるんだ、自分…と一瞬考え込むユート。
そして…思い出したっ。
「コウっ!受け渡しはっ?!!」
ガバっと起き上がってコウの腕をつかむユートに、コウは無言。
「俺……失敗…した?」
呆然とつぶやくユート。
「暗闇で足を取られて転倒したあと、そのまま意識失ったっぽい…。お前…部屋帰っても寝てなかったんだって?雅之さんが心配して聞いて来て…責任感じてた…」
確かに…寝不足だったかもしれない…でも…こんな状況で寝てしまうのは…
言葉もなく青くなるユート。
「身代金は転倒したお前の近くにあった。手つかずだった…。」
「まじ…か…」
ユートは頭を抱えた。
「それでっ?!次の受け渡しはっ?!」
自分の腕をつかんだまま揺さぶるユートに言葉がないコウの代わりに、和田が答える。
「22時の時点で犯人から身代金を払う気がない認定の電話が入りました。が、まだ遺体が見つかったわけではありませんし、気が変わって再度の身代金の要求があるかもしれません。警察としても全力をあげて解決に向けて動いてます。」
ありえない…自分のせいだ…。さらわれたのも自分のせいなら、戻れなくなったのも…。
茫然自失のユート。
コウは少し身をかがめてそのユートに視線を合わせる。
「アオイは絶対に助ける。」
ユートの腕をつかんでコウが言う。
無理だ…とユートは思う。
身代金を払う意志がないと見なされたのだ…。
当たり前だ。
2時間…普通に歩けば30分の距離を2時間かけてたどりつかなければそう思われても仕方がない。
コウみたいに妨害があったわけじゃない。
犯人は辿り着かせる気満々で、思い切り時間の余裕を持たせたのだ。
それを自分は……
「…無理だ…」
虚ろな目で言うユートにコウはきっぱり言い切った。
「無理じゃないっ!遺体確認するまでは絶対に無理じゃない!助けよう!諦めるなっユート!」
「無理だろっ!普通に考えてっ!」
ユートはコウの手を振り払って叫ぶが、コウはそのユートの声を上回る大きさで叫ぶ。
「俺は諦めないっ!絶対に諦めないから、お前も諦めるなっ!!」
「とりあえず…二人ともご飯。お腹すいてると余計に悲観的になるんですよぉ。
お部屋にもって帰って良いそうなんで、お部屋でゆっくり食べましょう♪」
怒鳴りあう男二人とは対照的に、相変わらずぽわわ~んとした口調で言ってフロウが食事を指差す。
一瞬…あまりにこの空気に似合わないそのお気楽なフロウの様子に呆然とする男二人。
「たぶん…大丈夫だ…。アオイに何かあるなら…いくら姫だってあれはない…と思う」
「…うん…そんな気が…してきた…」
そう…100の理屈よりも確かな勘。一条家の女はそれを持っている。
あの落ち着きっぷりは…その超能力並みの勘の良さでアオイの無事を確信しているのかもしれない。
幽霊の類いを一切信じないユートですら…そのフロウのありえない確かさな勘は信じざるを得ない。
そして…男二人、大人しくお姫様の言う通り食事を離れに運び込む。
3人で食事…。
「もう、やる気足りませんよねっ」
食事を摂りながらフロウが唐突に言った。
「すまん…」
「ごめんっ」
それに即謝る男二人に、フロウはきょとんと首をかしげた。
サラっと艶やかな髪が肩を流れる。
「誘拐犯の事…ですよ?」
不思議そうに言うフロウに不思議そうな顔をする二人。
「やる気の…問題なの?」
彼女が不思議ちゃんなのはいつもの事で…それでも突っ込みを入れずにはいられないユートに、フロウは真顔で首を縦にふった。
「だって…身代金欲しければ取りにくればいいじゃないですか…ユートさん寝てたわけですし…。」
ズッキ~ン!とくる事を言われて胸を押さえてため息をつくユート。
普段ならそこでさすがにフォローが入るわけだが…コウは無言。
「わざわざ2回にわけるくらい欲しいなら、少しくらい自分も頑張らないとですよぉ!
欲しくないとしか思えませんよっ?!」
ぷぅっと頬を膨らませるフロウに、それまで無言で考え込んでいたコウは
「…そう…だよな。」
と、まだ何か考え込みながらうなづいた。
「コウ?」
何か真剣に考え込んでいる親友にユートが問いかけると、コウは何か思いついた様にもう一度、
「そうだよなっ!」
と、今度ははっきりと口にした。
「どう考えてもおかしくないか?!」
箸を放り出してコウはユートに詰め寄る。
「お、おかしいって??」
その勢いにちょっと戸惑うユート。
「考えてみろっ。2回も受け取りにくるなんて危ない橋渡んないでも、1億欲しければ最初に二人で1億って言えばいいわけだろ?
二人を同時に返すのが無理なら別に同時に返さないでも別々に返せばいいわけだしな。
考えてみれば、なんだか色々がおかしい気がして来た…」
「そう言われてみれば…」
勢い込んで言うコウにユートもそんな気がしてくる。
そうだ…二人さらったなら返すなら二人とも返すはずだし、返さないなら二人とも返さないはずだ。
(…よく考えるんだ…何かひっかかる…)
コウは腕組みをして考え込んだ。
最初の受け渡しの時…犯人は元々フロウしか返す気がなかった。それは確かだ。
一人しか返す気がないなら何故条件をクリアしたら二人とも返すと言ったのか…。
さらに言うなら、一人しか返せないなら何故見るからにお金持ちのお嬢様のフロウを返してアオイを残したんだろうか…。
本当にもう一度金が欲しいなら、確実に金をだせそうな親を持っていそうなフロウを残さないと意味が無い。
犯人は…アオイを返したくなかった…あるいはフロウを返したかった…いや、両方なのか?
最初の受け渡しの時に条件をだしたのはフェイクだ。
犯人はアオイを返す気がないのを隠したかった。
だがそれなら物理的に返せない様に殺してしまえばいいだけなのに何故隠す必要があったのか…
それはおそらく…フロウを返す事によって犯人が他にそれと知られる事なく恩恵を受ける事を隠すため。
普通にアオイだけ殺してフロウだけ返せば、”犯人がフロウを返さなければならなかった理由がある”のを悟られる可能性が高かった。
アオイは”犯人が返しては困る何か”を知っていて、フロウは”犯人が返さないと困る何か”を知っているのか…。
今…こんな新たな犯罪を犯してまで隠さないと困る事と言えば…小澤の殺害…。
”犯人がフロウを返さないと困る何か”については…なんとなく検討はつく。
和田が何度も聞いて来たあの忘れ物の件だろう。
まあ一番考えられるパターンとしては、あれが犯人のアリバイになる、あるいは逆に誰かに罪をなすりつけるための証拠になるということ。
まあ…見つかった場所が露天ということは前者である可能性が高い。
ということは…あれの持ち主が犯人だということか…。
アオイの場合はなんだ?
こちらは検討もつかない。
まあアオイをさらうということは、アオイだけが見ていた何かという事で…
「ユート、きいていいか?」
ずっと腕組みをしたまま考え込んでいたコウが突然顔を上げたのに少し驚いて、それでもユートは
「なに?」
と聞く。
「ん、アオイの事なんだが…俺が知ってる限りでアオイが一人になったのは露天の鍵を返し忘れて母屋に返しに行った時くらいなんだが…他にはあるか?」
コウがそんな事を聞く真意はわからないものの、ユートはとりあえず当日に思いを馳せる。
「う…ん…ない。かな?」
天井をにらみつけながら考え込んだユートが最終的にそう答えると、コウは
「悪い、俺ちょっと母屋で聞きたい事あるから。姫頼むな」
と立ち上がった。
「ちょ、待った!コウ!」
あわてて引き止めるユートをコウは
「なんだ?」
と見下ろす。
まっすぐ自分を見下ろす視線からちょっと視線をそらすと、ユートは言いにくそうにつぶやいた。
「あの…さ、俺の事信用していいん?今回姫が誘拐されたのもアオイが帰ってこれなくなったのも俺のポカなわけで…」
「なんだ、そんなことか」
目を合わせられずにいるユートにやっぱりまっすぐな視線を向けてコウは笑顔を見せた。
「ユートは…経験の蓄積で学んで行く奴だから。
一度経験した失敗は二度とにしないって事は俺も知ってる。
今回はもう注意しないといけないような失敗は全部したし、そしたらお前ほど安心して姫任せられる奴はいないからな。」
意外なコウの信頼の仕方に、ユートはちょっと目頭が熱くなった。
「うん…任せろ。」
「ああ、任せたっ。じゃ、行ってくるっ!」
こんな状況でこんな自分に世界で一番…自分の命よりも大事な宝を任せてくれるのか…。
本気で…欠片もなくなっていた自信がまたコウの言葉で戻ってくる。
ユートはなんだか泣きたいような笑いたいような不思議な気分で走り出すコウの背中を見送った。
ユートにフロウを任せて離れを出たコウは内庭の…アオイが鍵を返しに行く時に分かれたポイントで時計をチェックし、それから自分にしてはちょっとゆっくり目に母屋へ向かって、フロントで時間を計る。
そしてフロントにいる番頭に声をかけた。
「すみません…」
「はい、なんでございましょうか?」
初老の番頭はコウに愛想の良い笑顔を向ける。
「一昨日の事なんですが…俺達と一緒だった佐々木葵という女子高生がこちらに露天風呂の鍵を返しにきたと思うんですが、その時何か変わった様子はありませんでしたか?」
「ああ…今誘拐されていらっしゃるお嬢さんですね。いえ、あの時は鍵を返しにいらして…ああ、鍵を返して一旦は帰られたんですが、もう一度戻っていらっしゃいましたね。そういえば」
それだっ!
「えと…戻った理由はわかりますか?」
コウが聞くと番頭は考え込む様に眉をひそめる。
「いえ、私はそれからすぐ所用が入りまして席を外しましたので…」
「その時に誰かロビーにいませんでしたか?」
「あ~氷川様のご主人が露天にいらっしゃってる間、奥様がラウンジでお茶を飲みながら待っていらっしゃいましたね。」
「他には誰も?」
「…と思います。」
「ありがとうございました」
コウは番頭に礼を言って考え込む。
これで二つの事がわかった。
アオイはたぶんここで氷川澄花と接触している。
そして…フロウ達のあとに露天に行ったのは氷川雅之。
つまり…アオイを返したくない理由には氷川澄花が、フロウを返したい理由には氷川雅之がかかわっている!
コウは急いでユート達が待つ離れに戻った。
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