温泉旅行殺人事件_17

嫌な予感がする…。
犯人の指示で警察を含む全ての人間が外庭に出るのを禁じられているので、コウは不安な表情で母屋から外庭に向かうユートの後ろ姿を見送った。
まあ…おそらく自分は過剰な悲観主義者なんだろう、楽観的な方向に考える事などまずないわけだし…と思ってはみるものの、嫌な感じがぬぐえない。

(やっぱり俺が行けば良かったな…)
ロビーのソファに座ってため息をつくコウ。
フロウが側にいてくれるのがせめてもの救いだ。
もう1時間たっている。
犯人にしてもユートにしてもいい加減何か言って来てもいいじゃないか、露天までだってゆっくりゆっくり行ったとしてももう着いてるだろうし一体どこまで行ってるんだと、コウは落ち着かない。
待ってるのは苦手だ。
目の前の困難を打ち砕くのは得意でも、不安を抱えて待つのは本当に苦手だと思う。

ソファに座るコウの足の間に抱え込まれる様に座って旅館側が用意してくれた軽食をつまんでいたフロウは、相変わらずそんなコウの不安を汲む事もなく、
「そう言えば…ちゃんと離れによって全部お香変えてるんですね~」
と、緊張感のない話を始めた。
「さっき他の方々が通った時に色々なお香のかおりがしました。私は私達の部屋のお香が一番好きですけどね♪」
なんで…こんな時にそんな事に頭がいくのかがわからない。
まあ…さっき立ち止まっていたのはそういう事だったのかとは納得したが。
「あ…そういえば、それで思ったんですけど…」
コウの反応がない事も気にせずフロウがとりとめのないおしゃべりを始めようとした時、フロントの電話がなった。

『どうなってるんだ?何か画策してるのか?前回身代金を受け取る前に人質を返す手配をしたからといって、今回も同じだと思わないで欲しい。おかしな真似をしたら人質の命は保障しないぞ』
和田がオンフックにした電話から流れる犯人の声。
その言葉にコウがはじかれたように立ち上がって電話にかけよった。
「どういう事だっ?!こちらは指示通り身代金を持たせて外庭に出るのを見送っただけで何もしてないぞ!」
不安で心臓がバクバクする。
まさか…ユートに何かあったのかっ?!
『こちらはもう受け渡し場所は指示した。だが、もういくらなんでも着いていても良い時間だが一向に来る気配がないぞ。連絡をいれても出ない。』
その犯人の言葉でコウの顔から血の気が引く。
『まあ…いい。刻限まであと1時間は約束通り待つ。』
そう言って犯人からの電話は切れた。

一体何が…?
周りのざわめきを他人事のように遠くに聞きながら、コウは可能性を探った。
事故…はないだろう。
真ん中の道には例の吊り橋がかかっていた崖があるが、左右の道はそういう意味では何もない。
道を外れたところで草や土、せいぜい小川で足や服を汚す程度だ。
暗くても月あかりもある。道を外れない限り迷う事もない。
ユートが大金を持って歩いている事を知った第三者に襲われた?
しかしユートがこの時間に身代金を運ぶ事を知っていたのは警察関係者と自分とフロウ、それに旅館の支配人くらいだ。
ルートは自分達ですら母屋からユートが進むのを見て初めて知ったのだ。
待ち伏せなんてできるはずがない。
わからない…一体何があったんだ?
コウは頭を抱えた。

やっぱり自分が行くべきだった!
アオイやフロウは…放置すると危ない目に遭う事もあるという認識は常に持っていたが、ユートに関してはそういう意識が薄かった。
ユートに何かあるなどと考えた事もなかったコウは後悔すると同時に動揺した。
あと1時間…。
犯人いわく1時間もあれば着く距離なら、ユートが無事なら辿り着くだろう。
もしたどりつかなかったら……

コウの不安をよそに時間は刻々と過ぎて行く。
そして…21時。
フロントの電話が鳴った。
『時間切れだ。身代金を払う意志がないものとみなす。』
とだけ言って、反論する間も与えずに電話が切れた。
青ざめる一同。
和田が即ユートに持たせた携帯に電話を入れるが当然出ない。

アオイもだが…ユートは一体…
和田は即ユートの捜索指示を出す。
自分もジッとしていられない、とは言うものの…
コウはリスのような大きな黒目がちな瞳で自分を見上げるフロウを前に悩んだ。
探しに行きたい…が、フロウから目を離すのは怖い。
かといって連れて行くわけにも…
「和田さん、姫お願いします。絶対に目を離さないで下さい」
コウは悩んだ挙げ句、それでもフロウを和田の方にやると、反論する間も与えず外へ飛び出した。

唯一の…同年代の同性の友人…親友だ。
最初の事件の早川和樹の時の様に死んでしまってから後悔はしたくない。
コウは先を行く警官達を追い越して、暗い夜道を走る。
「ユート!!どこだっ?!!!」
そして足場の悪い暗い道を走り抜けながらも、たまに立ち止まって草が踏み荒らされた跡がないか探した。

やっぱり自分が行けば良かった…と先ほどから何度も思っている事をまた思う。
物理的な事はできるもののしばしば冷静さを失って、あるいは普通に空気が読めなくてもめそうになる自分にユートはいつでも当たり前にフォローを入れてくれていた。
先陣を切って突っ込む人間ではなく、いつでも暴走する仲間に後ろでフォローを入れてくれるタイプの人間なのだ。
そんな人間を危険かもしれない場所に放り込んだ自分のミスだ。
あの時ユートがどんなに言っても、殴ってでも止めて自分が行くんだった。
かけがえのない親友…それを判断ミスで取り返しのつかない状態にしたかもしれない。
フロウがいなくなった時とはまた違った、それでもどうしようもなく大きな不安感。
「ユートっ!!どこだ~~っ!!!」

潤みかける目をシャツでぬぐって、コウはまた走り出しては止まって目を凝らす。
遠くに明りが見える…。
あそこまで行けば少し視界が良くなるか…と、コウはまた走りかけて、ハッとした。
「ユートっ!!」
草むらにぼんやりと浮かぶ人影。
コウは走りよるとユートを抱き起こし、もう条件反射で脈を確認する。
…生きてる……
安堵で力が抜けた。
気が抜けて放心していると、警察が集まって来た。

「…脈はあります…」
放心しつつもそう報告するコウの周りでは、警察が放り出されたスーツケースを回収している。
暗闇で…明りに向かって急いだ時に転倒したようだ。
意識がないというのは…打ち所が悪かったのか?!
また新たな不安がわきあがってくるコウ。
「とりあえず…旅館に…」
と、声をかける。
そしてユートは担架にのせられて母屋に運ばれた。


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