「とりあえず…寝る前にコウさんはお風呂かも?あちこちボロボロですし…髪の毛とかも葉っぱやクモの巣や色々ですごい事になってます。」
確かに…あちこち走り回って木登り崖登り色々やったからそうかもしれない…が…
「ん~洗面台で髪だけ洗って体はタオルで拭くからいい」
一瞬でも目を離すのが怖いくらいなのに、フロウを部屋に残して一人で風呂なんて入れるはずがない。
そう言うとフロウはきゃらきゃらと笑い声をあげる。
「そんなお風呂入ってる時間くらいでいなくなったりしませんよぉ」
本人は眠っていたから全く無自覚なわけだが…ユートが目を離したほんの5分ほどの間に拉致られてるわけで…。
さらにそれを主張するとフロウは、ん~、とちょっと首をかたむけた。
「じゃ、私も一緒に入りますね。どっちにしてもコウさん左腕濡らさない様にしないとだから、一人で頭洗うの大変そうですし…」
「姫…それ俺が無理。一応な…俺も男だから…。裸とかきわどい格好とかで一緒に風呂入られたりしたらきつい…」
もうわかってもらえるかどうか自信はないのだが、一応説得を試みるコウ。
真意がわかってるかどうかは別にして、一応どうして欲しいか…いや、正確にはどうして欲しくないか、か、は、わかってもらえたようだ。
「わかりましたっ、じゃ、私普通の地の厚い物着てなるべく濡れないようにしますね。それならもし濡れちゃっても雨にふられた程度の感覚ですむでしょう?」
結局…一度彼女がこうと言い出したら聞かない性格なのは自分が一番よくわかっている。
コウはそこがお互いのぎりぎりの譲歩ラインと判断して、それに従う事にした。
かくして…たすきがけをして備え付けの羽織を羽織った浴衣姿のフロウと一緒に風呂場へ。
自分はもちろん腰にタオルを巻いた状態でかけ湯だけして湯船に入り、頭だけ出して髪を洗ってもらう。
マッサージするように髪を洗ってくれるフロウの柔らかい手の感触はとても気持ちいい。
「たまには…こういうのも悪くないな」
と思わずつぶやくと、
「東京帰っても洗って上げます♪」
とフロウは笑みを浮かべて言った。
昨夜から今までの悪夢が嘘のようだ。
幸せが体の奥底から湧き出てくる。
髪だけ洗ってもらうと、体はもう湯船で洗ってしまって最後にシャワーを浴びて風呂をあがる。
バスタオルで体を拭いて下着をつけると、コウはちょっと迷ったが結局備え付けの浴衣を手に取った。
それを身につけるとフロウがちょっと目を丸くして、次の瞬間ふわりと笑う。
着慣れない浴衣はなんだかスースーする気がするが、それでも目の前で嬉しそうに微笑むフロウがいれば何も問題はない。
「やっぱり♪コウさん絶対に和装似合うと思ってましたっ♪」
ふわっと抱きついてくるフロウをコウが抱きとめると、フロウはちょっと首をかしげた。
「どうした?姫」
不思議に思って聞くコウから体を離すと、フロウは浴衣の置いてあった備え付けのタンスの下のスペースを覗き込み、香が炊いてあった香炉を手に取って匂いをかいだ。
「香の匂い…だったんですね。」
その一言で理解したコウは、浴衣の袖を顔に近づけて匂いをかぐ。
「ああ、そうだな。その匂いが浴衣にも移ってる。」
それからフロウは自分もタンスから着替えの浴衣を出して
「浴衣やっぱり濡れちゃいましたし、私も着替えますね♪」
と宣言するなりいきなり着替え始めたのでコウはあわてて後ろをむいた。
そこで初めてコウは玄関を始めとして、各部屋に置いてある香炉に気付く。
床の間には掛け軸や花が飾ってあるのにも、それまでは全く目がいってなかった。
「これで同じ香りになりました♪お揃い♪」
そのコウに後ろからふわりと抱きつくフロウ。
その言葉にコウはつくづく…自分は実利的な物しか目に入らない、情緒のない人間なんだと実感する。
少なくとも…香りをまとうという感覚は自分では思いつかない。
疲れた…その柔らかな香の匂いと確かに腕の中に存在する小さく温かい幸せを自覚してくると、一気に疲れが押し寄せて来た。
「…眠い…」
つぶやいたコウにフロウは
「ベッドで休んで下さいな♪」
と言うが、コウはちょっと悩んだ。
一瞬でも目を離すのが怖い…。
「目が覚めた時に…また姫がいなくなってたら今度こそ俺死ぬ…」
言ってぎゅっとフロウを抱きしめる右腕に力をいれる。
その言葉にフロウは
「心配性ですよね、コウさん」
と、言いつつ
「じゃ、添い寝してあげます♪」
と、ベッドのある洋室にコウをうながした。
徹夜…は別に珍しい事ではないのだが、本気で色々ありすぎた。
ベッドに倒れ込むように潜り込むコウ。
フロウはその右側に寄り添うように横たわって、疲れきっているコウより先にちゃっちゃと眠りにつく。
昨日からずっと眠りっぱなしだったのに、よくまだ眠れるものだとコウは感心した。
ベッドに入るまでは隣で寝られたりしたら色々気になって眠れないのではと心配だったが、おかしな気分になる気力もないほど、疲れきっているらしい。
フロウが寝るのを確認した次の瞬間には自分ももう目を開けていられない。
抱き枕のようにフロウを抱え込むと、コウはそのまま深い眠りへと落ちて行った。
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