温泉旅行殺人事件_15

目が覚めたのは鳴り響く内線でだ。
疲れきっていたせいか、コウにしては長く寝ていたらしい。
14時にベッドに入って時計に目をやるともう18時だった。
起きてまずしたのは、腕の中のフロウの確認。
気持ちよさそうに腕の中で眠っているその寝顔は可愛くて、胸が高鳴る。
急いででないとならない内線で起きたのは、そういう意味では幸いだった。
すぐ注意がそちらにむけられる。

「はい、碓井です」
内線を取ると
「お休み中でしたか?申し訳ありません」
と和田の声。
これでもう事件関係決定だな、と、コウの頭は切り替わって行く。
「いえ、何か進展がありましたか?」
完全に目も覚めて情報を収集する体勢のできたコウが聞くと、和田が
「はい、犯人から身代金の受け渡しについての連絡が入りましたので、母屋までご足労願えますか?」
と言うので、コウは電話を切り、洋服に着替えてフロウを起こした。

母屋に行くと各宿泊客が母屋の広間目指して集まっている。
殺人事件があったので、従業員でも暗くなってから離れのあたりを何度も料理を運ぶためにうろつくのは色々な意味でよろしくないということで、宿泊客は夕飯は母屋の広間で取る様になっているためだ。
OL3人組、老夫婦、氷川夫妻がそれぞれ並んですれ違った時、フロウがふいに立ち止まって首をかしげる。
「どうした?姫」
コウは遠ざかる3組の宿泊客とフロウを交互に見て、フロウに声をかけた。
コウの声は考え込むフロウには届いてないらしい。
そのまま無言で首をひねるフロウに
「姫?」
と、コウが声をかけて少しかがんでその顔を覗き込むと、フロウは初めて気がついたらしい。
「いえ、なんでもないです~。行きましょう。」
と、いつものぽわわ~んとした口調で言って、コウの腕を取った。


フロウが身代金と引き換えに無事に戻った…そして新たな身代金の要求。
まあ…それでアオイも無事戻るんだろうな…と、ユートは自分達の離れに戻るコウとフロウを見送って自分も自分達の離れに戻ると、ベッドに身を投げ出した。
そして、ホントに…”凶”だったな、と内心苦笑いを浮かべる。
せっかくのお泊まりだというのにホントについてない。まあ…半分以上は自分のせいなのだが…。

毎年この時期には花火があがって、娯楽の少ない田舎だけに、この日だけは近隣の住民達もこっそり花火見物のために敷地内に入って来てしまうのも恒例で、今までは実害もなかったので黙認されていたというのは、あとで従業員から聞いた。
おそらく今年はその中に不埒な輩がいて、この高級旅館に泊まっているのが丸わかりの旅館が用意している浴衣を着た少女達が二人、無防備にいるのに目をつけて誘拐にいたった、そんなところだろう。

離れの方には母屋を通らなければ行けないし、母屋を通るにはフロントの前を横切る必要がある。
フロントに人がいない時には母屋から離れのあるエリアに行くドアは閉められていて、各離れの鍵と一緒に渡されるカードキーがないとドアは開かない。
ゆえに外庭に部外者が入って来ても離れの方には入れないため心配ないということだ。
ちなみにカードキーは各離れ1枚で、ユート達の場合はそれぞれ男が持っている。
だから露天へ続く外庭と離れのある内庭では安全度が全く違うのだ。
その辺を考慮して内庭から母屋まで普通にアオイ一人に鍵を返しに行かせていたコウを見て、その違いを理解していなくて外庭で女の子を二人だけで放置した自分の甘さが完全に今回の騒ぎの原因だとユートは深く反省する。

とりあえず…アオイが戻ったら何をしよう…と、ユートはうつらうつらしながら思いを巡らせる。
フロウと同じく寝かされたままで怖い思いとかしてないといいなぁと、次に思う。
今日中に身代金の用意をという話だったなら、早ければ今晩には帰ってくるのではないだろうか…。
(落ち着いたら…まずコウにもう一度ちゃんと謝って…優香さんにも謝罪して…あとは……)
謝って謝って謝って…と考えているうちに眠りかけたが、その時内線がなる。

『あ、ユート君かい?わかるかな?氷川です』
相変わらず穏やかな声。
『今身代金と交換に人質の子が返されたって旅館の人に聞いてね、おめでとうだけ言いたくて…』
わざわざそれでかけてくれたのか、とは思うものの、手放しでは喜べない状況なわけで…。
そのままベッドに寝転びながらだと眠ってしまいそうなので、ユートは身を起こして苦笑した。
「一応…姫だけなんですけどね。犯人が二人同時に連れて来れなかったらしくて…というかもう一人分身代金が欲しかったのか…」
ユートの言葉に雅之が電話の向こうで
『どういうことかな?』
と不思議そうな声できく。
「あ~実は…」
ユートは事の顛末を雅之に説明した。

『なるほど…そういうわけだったのか。』
「はい。だからまだ完全に終わったわけじゃないんですよね…」
『でも…まあ身代金を渡せば無事に戻って来る事はわかったんだ、もうすぐだね』
「ええ、たぶん今日中にはなんとかなるんじゃないかと期待してるんですけど」
話しているうちに少し目が冴えて来て、それからしばし雑談。
『じゃあ疲れてるところに悪かったね。ゆっくり休んでね』
「はい、ありがとうございます」
電話を切ってユートはチラリと時計を確認した。
3時半…少し寝ておくか…。
寝転んでからはもう早い。コウ同様前日は徹夜なこともあって、ユートも即眠りに落ちる。

ユートが目を覚ましたのも和田からの内線でだった。
コウと違うのは…
「犯人が身代金の受け渡しに近藤さんを指名しています」
という一言。
今度は自分なのか、と、少し驚くと共に、怪我人のコウにまた無理をさせずにすむ事にホッとする。
前回は犯人も身代金を二重取りをするために、身代金を受け渡すのと同時に無理難題なタイムトライアルをしかけてきたわけだが、今回はもう受け渡すだけのはずだ。
それだけなら怪我人のコウに重いスーツケースを運ばせるよりも自分が運んだ方がいい。
それについての説明をするからという和田にすぐ行く事を伝え、ユートは動きやすい服装に着替えた。
テーブルの上にはおそらく時間的に食事がとれないユートを旅館側が気遣ってくれたのだろう。
カプセル状のサプリメントと空腹を抑える系のグミ。
ユートはそれを急いで口に放り込むと部屋を出て母屋へと向かった。


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