温泉旅行殺人事件_13

一番端にある現在宿泊客の泊まってない離れ。
誰もいないはずなので鍵はかかっていない。
コウは靴もぬがずに中に入って寝室の洋室に駆け込んだ。

「…ひめ…」
フラリとベッドに歩み寄るコウ。
ベッドの上にはポシェットを胸のあたりに抱えて、まるで眠り姫のようにすやすや眠っているフロウ。
「…姫っ!」
コウがフロウの上半身を起こして抱きしめる。
温かいぬくもり。
おそらく後ろから何かで眠らされて、そのままずっと眠っていたのだろう。
下手に抵抗する間もなかったのが幸いしたのかもしれない。
かすり傷一つない。
消えた時のまま薄桃色の浴衣。
「…起きろよ…姫」
静かに声をかけると、フロウはちょっと可愛らしい眉をよせた。
「…ん…もうちょっと…だ…け…」
薬がそろそろ切れて目覚めかけてるらしいが、途切れ途切れにそうつぶやいてまた眠りに落ちそうになるフロウに、コウは少し目を細めて
「…起きてくれ…姫…」
と、軽く唇を重ねた。
温かく…柔らかい感触。
コウがそうしてフロウがちゃんと生きている事をあらためて実感していると、パチリと白いフロウの瞼が開いた。
「…おはよう、姫」
感極まって少し潤みかけた目で微笑むコウをフロウは不思議そうに見上げてパチパチと二度まばたきをする。
そのままポカ~ンと硬直するフロウをコウは抱きしめた。
「どこも…痛いとか苦しいとかないか?」
「…?」
抱きしめられたままきょとんとするフロウ。
「えっと…どうしたんですか?ユートさん」
少し離れた所でたたずんでるユートを見つけて、フロウは聞いた。
本気で…ずっと寝てたらしい。
状況がホントにわかってないらしいフロウにユートは苦笑して答えた。
「えっとね…ついさっきまで魔王に拉致されてたんだよ、姫。で、今勇者が救出したところ」
「…??」

その後、母屋の取り調べ用の部屋に移動し、コウの腕の手当をする横で和田がフロウに事情を聞いたが、結論からいうとフロウは何も覚えてはいなかった。
アオイとベンチに座ってからの記憶が全くなく、気付けば目の前にコウがいたとのことだ。
おそらく…座った瞬間眠らされたらしい。

何度か行方不明になるまでの記憶を確認したあと、そちらの方の質問は諦めたらしい。
和田は
「一条さん、別件の質問なんですが…」
と切り出した。

「あなたは昨夜露天風呂に忘れ物を取りに行かれたとの事ですが…その時ご自身の忘れ物の他に何かみつけられませんでしたか?」
当日…コウにした質問だ。
その言葉にフロウは、あ~っと声をあげた。
「はいっ。時計を…これなんですけど…」
と、ポシェットから腕時計を出す。
「洗面台においてあったので忘れ物かと思ってあとでフロントに届けようと思って忘れてましたっ」
フロウの手から時計を受け取ると、和田は
「ありがとうございます。さらに確認させて頂きたいのですが…この時計はあなたが露天に入られた時にはありましたか?」
と、さらに聞く。
それに対してフロウはフルフルと首を横に振った。
「確かですか?」
とそれに再度確認をいれる和田。
それにもフロウはコックリうなづいて言う。
「はい。丁度私のポシェットのすぐ横に置いてあったので…。さすがにあればポシェット置く時に気付きます。」
「そうですか、大変参考になりました。ありがとうございます。」
和田はにっこりと笑みを浮かべてフロウに頭をさげる。

その時、警察官が一人
「失礼します」
と部屋に入って来て和田に何か耳打ちした。
和田はそれにうなづくと、その警察官は部屋を出て行く。
それを見送って和田は犯人が今度はアオイの身代金としてもう5000万、同じくルイヴィトンのスーツケースに入れて今日中に用意するよう要求して来た旨を伝えた。
それに対してコウはまた報告もかねて優香に連絡をいれる。
事情を話すと優香は当たり前にもう5000万即届けさせる事を申し出た。
コウはそれをまた和田に伝える。
全てが終わると
「お疲れでしょうし、もうお戻り頂いて結構ですよ。」
と言う和田の言葉で、丁度手当の終わったコウはフロウと一緒に部屋を出た。

「どうだった?」
部屋を出ると外で待っていたユートが聞いてくる。
「ごめんなさい…ベンチ座ってからの記憶が全然なくて…」
アオイがまだ行方不明なのは聞いているフロウが、さすがにしょぼんとうなだれた。
「いや…姫のせいじゃないし。どっちかって言うと俺のせい。姫が気にする事じゃないよ」
ユートもうなだれる。

「まあ…結局身代金を二重取りしたいってことなんじゃないか?」
コウがチラリとフロウに目をやると、フロウはうなづいて
「そのあたりは大丈夫っ。うちで責任を持って出しますので」
と、請け負った。
「ごめん…。出世払いってことで…。社会人になったら働いて返す」
と言うユートだが、それにフロウはフルフル首を横に振る。
「アオイちゃんは…私の大事なお友達ですよ?大切なのは誰が出すかじゃなくて…誰が運ぶかな気が」
「あ~、その時はまた俺が責任持ってやるから」
それに対してはコウが即請け負うが、ユートは首を横に振った。
「今度はタイムトライアルとかもないだろうし、俺がやるよ。コウ傷開いちゃったし…重いもん持たない方がいいって」
「いや、平気。優香さんにも一任されてるし…」
「でも…」
男二人が言いあう中、フロウはきっぱり
「それ決めるのって…私達じゃなくて誘拐犯なんじゃないでしょうか?」
と、彼女にしては珍しく真っ当にして鋭い意見を述べた。

「確かに…」
二人して苦笑するコウとユート。
「とりあえずさ…コウいったん部屋戻って休めば?寝れてないっしょ?昨日から。俺も部屋で寝とく」
と、運び屋論争に一段落ついたところでユートが提案した。
「そうだな…。」
コウはそう言った後に、
「ユート、どうせなら部屋来ないか?」
と誘う。
自分はフロウが戻ってきて落ち着いたが、ユートは一人だと色々嫌な想像もまわるだろうと思ったコウの言葉に、ユートは苦笑。
「いや、起きてる時は大勢の方がいいかもだけど、寝る時は一人の方がゆっくり寝れるから。気持ちだけもらっとく」
と、自分の離れに戻って行った。

しかたなしにフロウと共にコウは自分達の離れに戻る。


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