温泉旅行殺人事件_10

二人が中に入ってくると、コウは温かいお茶をいれる。
ユートは湯のみを手にして、ようやく自分が冷えきってた事に気付いた。
「ユート君、良かったじゃないか。コウ君が意外に元気そうで」
雅之が温かい笑みをユートに向ける。
ユートはそれに笑みを返して応えた。

「心配…かけて悪かった。」
コウはユートの正面に腰を降ろす。
「でももう大丈夫そうだ。」
コウの言葉にユートは無言で不思議そうな視線を送り、それに気付いたコウが続ける。
「さっき優香さんから電話があって…誘拐犯から身代金の要求がきたそうだ。
今回の殺人事件に巻き込まれてという事なら生存の可能性はほぼないに等しいと思ってたが、身代金目的なら帰ってくる可能性はかなり高い。
たしか…戦後以降の営利誘拐のおよそ85%は無事解決してるしな。
身代金は優香さんが9時に銀行があいたらすぐ用意させるって言ってたから、ほぼ大丈夫だと思う。
これ貴仁さんには秘密らしくて、優香さんが全部俺に振るように警察に言ったっていうことだったんで、身代金とかの受け渡しは自分でさせてもらえそうだし。」

戦後の営利目的誘拐の解決率なんて情報がすぐ出てくるあたりがコウだと思いつつも、ホッと胸を撫で下ろすユート。
「コウがやるなら間違いないな…。これで事件解決か~。明日には4人揃って食事できるかね」
と言うユートの言葉に続いて、雅之が少し驚いた様子で言う。
「そんな大金即用意できる親御さんもすごいが…営利誘拐の解決率なんて言うのがスラっと出てくるコウ君もすごいな。」
「ああ…彼女ん家はお金持ちなんで。んで、こいつの親は実は警察の偉いさんだったりします。」
それにユートが説明をする。
「なるほど。でももう一人のお嬢さんは?」
と言う雅之にはコウが
「あ~…一緒に誘拐されてるなら姫返してアオイだけ残しておく意味なんてないでしょうしね。
そのくらいならせいぜいアオイの分も2倍身代金要求するくらいでしょう?
まあ…要求されたら普通にアオイの分も出すと思います、姫親。その辺りは詳しくは聞いてませんが…まあ生きている人間を連れて逃げ続ける意味はないですし、殺したらさらに罪状重くなりますから。一人返しておいて一人だけ意味無く殺す馬鹿はいないかと…」
と、淡々と説明する。
「そ…そうだよね」
あまりに慣れた様子で普通にとんでもない説明をするコウに少し雅之は引いている模様。
ユートは逆にそのコウの様子に、立ち直りかけてるな、と、ホッとした。

「ところで…」
と、こちらの話は一段落という事でコウは持ち前の探究心に火がついたのか、雅之に視線を向ける。
「奥さんがあれからまた事情聴取というのは?」
いきなりふられて少し驚きつつも雅之は説明した。

「ああ、行きのバスの中のやりとりは覚えているとは思うが…妻は殺された小澤さんと昔つきあっていた事があってね。まあ小澤さんをここに呼び出したのも妻なんだ。
でもその呼び出し方にちょっと問題があって…あの時は他の人に聞かせる事でもないんで言わなかったんだが、実は妻が小澤さんと別れる原因になった浮気というのが妻の親友と小澤さんの浮気というのはその通りなんだが、その後、その親友はここからそう遠くない崖から投身自殺しててね…。
その自殺した親友の名前を使って小澤さんを呼び出したものだから。
彼女にしてみたらほんのいたずら心だったんだ。
元々彼女はなんていうか…そういう…まあ夫の口から言うのもなんだが常識はずれたところがあってね」
その言葉にコウとユートは、本当に映みたいだな、と苦笑した。
「20年も前の事だし、今はこうして幸せに暮らしているし、その生活を崩すつもりなんて妻には全くないんだ。
ただ、妻としては、カッとなりやすい人間なんでその時親友をすごい勢いで罵って責めた事で親友が自殺してしまったと思ってて…謝罪したかったんだ、彼女に。
で、親友の自分よりも彼女が愛したであろう小澤さんにも花を手向けてあげて欲しいと呼び出そうと思ったわけなんだが…例の悪い癖が出て…。
妻的には本当に過去の事でもそんな呼び出し方したんで、警察の方でもね…色々と疑われたわけで…。」
本気で困ったものだよ…と、ため息をつく雅之に、悪いと思いつつ内心おかしく思うコウとユート。
本当に…いつか映もそんな事やらかしそうだ。

そんな話をしながらちらりと時計に目をやるともう7時半だ。
仲居さんが食事を運んでくるので悠人も雅之も自室の離れに戻って行く。
コウは並べられた料理を見て小さくため息。さすがに食欲はない。
それでもこれから身代金の受け渡しがあるわけだろうから…昨日胃の中の物を全て吐いているし、絶食はよろしくないだろう。
コウは自分の荷物の中からバランス栄養食品の類いや各種ビタミンのタブレットを取り出すと、無造作に胃に流し込む。

そして少し希望が見えて来たところでいつもより遅い基礎鍛錬をしていると、9時半、警察がコウを呼びに来た。





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