温泉旅行殺人事件_9

コール音5回で、かけた電話は留守電に切り替わった。
事情聴取が終わって戻った一人きりの離れ。
和室2部屋に洋室1部屋のそこは、一人きりだと妙に広い。
ユートはとりあえず落ち着こうとお茶を一杯入れて口に含んだ。
そのまま湯のみを手に思考の海に沈み込む。

これで3回目の殺人事件。
そのうちアオイがさらわれたのは今回をあわせて2件。
すごい確率だ。
あまりに非常識な殺人事件遭遇率に、あまりに非常識な誘拐回数。
もう現実味がなさすぎる。
探偵ものか何かの漫画の主人公並みのありえなさだ。
まあ…大抵そういう漫画では主人公の本当の周りは死なないわけで…なんとなく今回も死なない気がする。
この非常事態にそんな事を考えてしまっている自分が一番ありえないとは思うのだが…。
目の前に見えない、ありえない事態というのをどうもユートは感覚的に現実として実感できない質らしい。
そんな中でユートにとっての唯一の”現実”は、目の前にあるコウの孤独と憔悴なわけで…。

露天風呂で女性陣を待っている間、あんな話をしたあとで、この事態。
ぶっちゃけ…殺人事件のまっただ中に放り込まれようとコウが正常に機能してる分には何にも心配は要らないというのがユートの経験上からの判断。
日々事件の話や危機管理についての注意を子守唄に、護身術や武術を積み重ねて育ってきたような男だ。
今まで遭遇した2件の殺人事件は彼のおかげで解決したといっても過言ではない。
しかし、ありえないほど高い知能と身体能力…それが形成されるのと引き換えに培われたのは、これもありえないほど深い孤独感。
それを包み癒してきたのは彼女のフロウで…コウにとって唯一無二の心の支えだった。
それが彼の唯一にして致命的な弱点とも言える。
それが今失われるかもしれないという状態で…コウは一気に憔悴している。

(自殺なんか…してないよな…)
と、怖くなって電話してみたわけではあるが…でない。
ここに来る原因となったのも、フロウが行方不明になった時にコウがフロウの側を離れる原因を作ったのも、そして、あれほど側を絶対に離れるなと言われていたにも関わらず側を離れてフロウを行方不明にしたのも全部ユート自身だ。
単に自分からの電話だから出ないという可能性もあるわけだが…万が一の事があって出ないとしたら…

ユートは上着を羽織って離れを出た。
そのまままっすぐコウの離れへ。
一瞬ドアをノックしかけて、すぐその手を下ろした。
コウは…自分に会いたくはないだろう。

ユートは小さく息を吐き出して、窓の側にまわって、窓から中を覗き込んだ。
その時
「何してるんだい?」
といきなり後ろから声が降って来てユートは飛び上がった。
「うあっ!」
と悲鳴をあげかけて、あわてて口を手で押さえる。
「あ…氷川さん…」
振り向くと、澄花の夫、氷川雅之が立っている。
「ここは…お友達の離れ?声かけないのかい?」
やっぱり少ししゃがれた小さな声。
にっこりと穏やかに言う様子は、コウが言った通りどことなくヨイチを彷彿とさせてユートに安心感をもたらす。
「いえ…実は…」
ユートはコウがフロウがいなくなってひどく憔悴している事、電話をしても出ないので心配になったこと、今回二人が行方不明になった原因が自分の行動にあるためコウが自分に会いたくないであろうと思うが、それでも心配なので窓から様子を見ようと思った事などを説明した。

全てを説明し終わると、雅之は
「座ろっか」
と、窓の下あたりに腰を降ろし、ユートにもうながした。
ユートはそれに従って同じく窓の下あたりに腰を降ろす。
「仲いいんだね。君とコウ…君?親友なのかな?」
雅之の言葉に悠人はうなづいた。
「ユート君も彼女さん行方不明中なんだろ?それでもまず自分の非を認めてそれときちんと向かい合って、その上で親友の心配できるって君は芯が強くて優しい子だな。勉強できたりスポーツできたりとか言うより、それはずっとすごい事だと思う。」
そういう評価の仕方…コウと一緒だな…と、ユートは少し悲しくなった。
もう…向こうは自分を友人とは思ってないかも知れない…。
ユートは最近初めてくらい人前で泣いた。

「冷えるから…」
膝を抱えて泣くユートに雅之が自分が着ていた羽織をかけてくれる。
「すみません、大丈夫です」
それを制しようとして、顔を上げたユートは雅之の胸元に光るペンダントにきがついた。
チェーンに通してある指輪。サイズ的には男物のようだから雅之のだろう。
結婚指輪なんだろうか…。
この年代だと指輪をするのが恥ずかしかったりするんだろうか?
そう言えば…と、それでまたユートは思い出す。
4人で持っていたお揃いの四葉のクローバーの押し花の入ったロケットをチェーンに通したペンダント…。
拾ったロケットは結局どちらのなんだろうか…。
アオイのかもしれないなら自分が欲しいが…フロウのだったらコウにやらないと…。
前回の4人組の一人が亡くなった事が発端で起こった殺人事件で、コウと共に事件の解決に奔走した藤が四葉のクローバーなんて葉が一枚かけたら幸せなんてなくなってしまうんだと言っていたのをユートは思い出して、また悲しくなってうつむいた。


その時…ガラっと頭の上で窓が開く。
「ユート…お前そんなとこで何してるんだ?いくらなんでも風邪引くぞ。入れよ。」
若干元気はないが、いつもの…呆れたコウの声だ。
「えっと…そちらは?ご夫婦でいらしてた…」
コウは次に氷川に目を向ける。
「氷川雅之です。妻があれからまた事情聴取に呼ばれてね、一人でいても気になって眠れなかったんで外の空気吸ってたら君を心配して様子みにきてた悠人君に会って…」
「そうでしたか。碓井頼光です。よろしければ氷川さんもどうぞ。俺も眠れない組なので」
と、コウは氷川にもそう声をかける。
「そうか。申し訳ない。お言葉に甘えさせてもらうよ」
と氷川は入り口の方へと悠人をうながした



Before <<<       >>> Next


0 件のコメント :

コメントを投稿