それはフロウと出会うまでの一人ぼっちの生活を思い出させる。
気が狂いそうな静寂。
気が狂いそうな孤独感。
いっその事気が狂ってしまえたらどんなにか楽な事だろう…。
コウは暗い部屋の畳の上で膝を抱えてうずくまっている。
さっきまであの温かいぬくもりがあった部屋…。
ここで…自分が浴衣を着るかどうかで軽くもめて…自分のシャツに小さな手をかけるフロウ。
小さな…温かい手…。
もし本当にあれが最後だったなら…浴衣くらい着てやれば良かった、したいことなんでも全部させて、願い事も全部聞いてやるんだった。
涙が頬を伝う。
何もする気がおきない…でも何もしないでいると嫌な想像がくるくる回る。
何度も吐き気がしてトイレに駆け込むが、全て吐いてしまったあとは胃液しかでない。
それでも収まる事のない吐き気。
怖い…つらい…死にたい…。
それでも…かなり確率は低いとは思うものの、生きてる可能性が0ではないと思うと死を選ぶ事すらできない。
携帯が鳴る…チラリと目をやる。ユートからだ…。
どうしても出る気がしない。
そのまま携帯を布団の中に放り込んだ。
いったんは鳴り止む携帯。
だが、再度鳴る。
もういい、電源を切ってしまえ、と、布団の中から携帯を取り出して切ろうとして、ふとかかって来た相手を見ると…優香だ…。
そうだ…当然こんな事になれば親にも連絡が行く。
責任をもって預かってきたのにこのざまだ。
出るのが怖い気もするが、もういっその事思い切り罵られたい気もする。
というか…ここで逃げるのはあまりに卑怯だ。
コウは通話ボタンを押した。
「はい。頼光です…」
と出ると、フロウによく似た、こんな状況にあり得ないほどぽわわ~んとした声がきこえてくる。
「もしもし?頼光君?大丈夫?」
「大丈夫じゃないのは俺じゃないですから。今回の事は…申し訳ありません。本当に…お詫びのしようもないです。姫に何かあったら俺も死にます…」
ここで泣くのは卑怯だと思うものの何故だか涙が止まらない。
そんなコウの言葉に電話の向こうでは優香がため息をついた。
「どう考えても…大丈夫じゃないのは優波より頼光君の方よ?なんかホントに死にそうな声だしてるわよっ。
うちの家系の女ってね、あり得ないほど幸運だから、優波はたぶん大丈夫っ。
とりあえず今警察から連絡あってね、身代金用意してくれってことだったからポケットマネーで振り込むから、あと宜しくね♪タカさんに言ったらまた怒られちゃうし~♪」
「ちょ…ちょっと待って下さい…今回の事貴仁さんに言ってないんですかっ?!というか…身代金て?」
混乱するコウに優香はあっさり言った。
「えっとね、タカさんはお休み取る時は携帯から何から持たない人なのっ。出ないと仕事入っちゃうでしょ~。だから連絡は全部私の携帯なのよ。あとなんだっけ、あ、そそ、身代金ね。今朝3時頃に宿に連絡入ったらしいわよ?5000万をルイヴィトンのスーツケースに入れて用意しろって。銀行開く9時には代理人に届けさせるから。警察の方には今後何かあったら頼光君まで宜しくって言ってあるから、よろしくね♪あんまり私の方に頻繁に色々言われるとタカさんにばれちゃうしっ。」
この人は…いったい…。コウは軽く目眩を覚えた。
危機感という文字が辞書にないんだろうか…。
それでも妙に確信ありげな優香の言葉に、少し吐き気が収まって来た。
とりあえず…今回の殺人事件関連じゃなくて身代金目的なら充分無事返される可能性はある。
幸運家系というのも今までのフロウを見ていると激しく同意だ。
そう思い始めると、なんとか呼吸も楽になってくる。
そして少し落ち着いてようやく周りが見える様になってくると、コウはふと窓のあたりからする小さな声に気がついて、そちらへと足を向けた。
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