離京
「さて…アーサーにも少し休みをやらんとな。親御さんにも別れを言いたいやろうしな」
帰る道々アントーニョは考え込む。
「慣れ親しんだ京から離れるのもつらいやろうしなぁ…」
「いや、あいつは休みなんてやっても親に会う時間あったら戦に備えて剣振ってるぞ。
そういう奴だ」
アントーニョの心配をギルベルトはあっさり否定する。
そして…直属の上司よりも、師匠の方が弟子の理解度は高かったらしく…
「本当か!そうか!京をいよいよ離れるのか!」
離京の報告を聞いても嬉しそうなアーサー。
「え?親?うるさそうだし。
どうせ縁切る切らないの話になるだけだから、会わないでもいい。」
とあっさり言う。
「それよりも…それまでトーニョも忙しいのか?
トーニョが忙しいくらいならギルベルトはもっと忙しいよな。
誰と剣の稽古しようかなぁ…」
などと別の悩みを口にする。
当たり前にトップのアントーニョより副将のギルベルトの方が忙しいものと決めつけているのもどうかと思うが、まあ事実だ。
(まあ…こっちはこんなものだろう)
ギルベルトはアーサーの相手はアントーニョに任せてリヒテンの部屋を訪ねる。
「おかえりなさいませ。
ギルベルト様の方からリヒテンの部屋をお訪ね下さるなんて、お珍しいですね」
部屋に入ると焚き染めた香の香りが広がる。
若武者のようなすっきりしたアーサーの部屋とは違い絵に描いたような貴族の娘の部屋。
そして…若武者のようなアーサーとは違い、雅な京の貴族の姫。
リヒテンにこの生活を捨てさせるのかと考えると気が重くなる。さてどうやって伝えよう。
「ギルベルト様…いかがなさいました?ご心配事でも?」
部屋に訪ねてくるなり押し黙ったギルベルトを見上げて、リヒテンは心配そうにその顔を覗き込む。
「いや…実はな…大殿の命で本拠を京から王路の城に移す事になった」
仕方なしに口を開くギルベルト。
「王路…でございますか」
「ああ、しばらく京には戻れねえ」
あえてローマの意向には逆らう事にはなる。
しかしいざリヒテンを目の前にすると、強要できない自分がいた。
「リヒテンは京に残れよ。
この館も完全に引き上げるわけじゃねえし、不安なら大殿の城に置いてもらえるよう、頼んでみるから。」
そう自分で口にしておいて、言った先から後悔の念がよぎる。
アーサーもリヒテンもどちらもすでにいるのが当たり前の自分の家族、身内のような感覚になっていた。
また元に戻るだけだ…とは思ってはみたものの、その暖かさを知ってしまった後だと、ことさら寒さがつらく感じる。
ローマの話ではないが遠征に出れば京には早々戻れない。
下手をすればもう二度と会うことができなくなるのだ。
自分は今平静な様子を保てているのだろうか…。
戦の時とはまた違った緊張がギルベルトを包む。
まだ子どものリヒテンに要らぬ心配をかけたくないと思う気持ちと、つらい心のうちを察して欲しいと思う気持ちが交差する。
そのまま立ちすくんでいたギルベルトは、不意にフワっと柔らかいものを腕の中に感じた。
柔らかくギルベルトの背に手が回される。
「リヒテンはあったけえな」
ギルベルトもそっと腕の中にちんまりと収まってしまったリヒテンの背に手を回した。
「リヒテンが同行させて頂いてはお邪魔になりますか?」
少し不安げな大きな瞳がギルベルトを捕らえた。
「いや…そういう事はねえ。」
あくまで表面上は表情が変わらないギルベルトとは対照的にリヒテンの表情はクルクル変わる。
ギルベルトの言葉に、その目に見る見る間に涙が浮かんだ。
「では…ギルベルト様がリヒテンの同行をお厭いなのでございますか?」
「そ、そんなことはないぞ!」
ギルベルトは焦りながら、しかしリヒテンの言葉にかすかな希望を見出す。
「ではどうしてトーニョさんもギルベルト様もアーサーさんも王路に行かれるのに、リヒテン一人京に残れなどと申されるのでございますか?」
「来て…くれるのか…?」
声がかすれる。
「リヒテンが京を離れられないんじゃねえかと思ったんだ。本意じゃねえ」
リヒテンの背に回す腕に少し力をこめる。
リヒテンはそのまま引き寄せられてギルベルトの胸に顔をうずめた。
その小さな頭をギルベルトはそっと撫でる。
「皆様がいらっしゃる所がリヒテンのいる場所でございますゆえ…王路でも異国でも
どこへでも連れて行ってくださいませ」
緊張が一気にとける。
「リヒテン…一緒に来てくれ」
改めて口にするギルベルトにリヒテンは小さく、はい、と答えたあと顔をあげて
「王路なら海の近くでございますゆえ、京より新鮮で美味しいお魚がたくさん手にはいります。
美味しいお膳をたくさん作りますね♪」
と、涙の残る顔ににこぉっと明るい微笑みを浮かべた。
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