俺たちに明日は…ある?!参の巻_4

いくさが終わって夜も更けて


「ト~ニョ~!いるか?!」
リヒテンの部屋を出てアーサーはまっすぐアントーニョの離れに向かった。

「…何をしている?」
庭先でせっせとホウキを動かすアントーニョの姿にアーサーはポカンと口をあけた。

「いや…しばらく留守にしとったから…」
「大将自ら庭掃除すんなよ!」
どうにも手際の悪いアントーニョからホウキをひったくるアーサー。
風上の方からちゃっちゃと手際よく落ち葉をはいていく。

「ほぉ~…ずいぶん手際がええなぁ…」
ただの貴族の子供かと思えば、何をやらせても卒がない。

「考えればわかるだろうがっ!ただぼ~っとホウキ動かしてるだけで綺麗になるかっ!
風下ではいていても、風上からゴミが飛んでくるだろ!」
何事も几帳面な性格らしい。
風下の一角にきちんと落ち葉を集めて捨てる。

さっきからテロテロとホウキをかけても一向に変わらなかった庭があっという間に綺麗になった。

「トーニョ…お前なぁ…」
庭掃除を終えたアーサーはいつのまにかテラスで寛いでるアントーニョに目をやり、ピキピキと眉間に縦じわを浮かべる。

「人に庭掃除やらせて自分は何をやってるんだっ!」
「いや…でもアーサーがホウキひったくって…」
口を開きかけてあわててつぐむ。

アーサーがグイっとアントーニョの襟首をつかんで
「臭い!!水浴びて来い!着替えくらいしろよ!!!」
と、ピシっと風呂を指差した。
これは逆らわないほうが得策か…アントーニョはすごすごと風呂場に退散した。

「まったく!」
アーサーは腰に手を当て、アントーニョの部屋中の窓をが~っと開け放つ。

戦から帰って放りだした甲冑や具足などを拾ってあるべき場所に納めた。
戦に行く前にしまいこんだ布団は庭に干し、脱ぎ散らかされた着物をきちんとたたむ。
部屋はホウキをかけ、ぞうきんでからぶきをした。

「よし!」
すっきりと綺麗に整頓された部屋を見て、アーサーは厳しい顔でうなづいた。

「ほぉ…すごいやん。綺麗になっとる」
上半身裸で髪を拭き拭きでてくるアントーニョに
「服くらいきちっと着て来い!!」
と着替えを投げる。
「おお、そうやったな。」
とソロソロと着替えるアントーニョ。

「全く!俺が下についているからには、いくらトーニョの寝床とは言え、文字通り野生動物の巣穴にしておくのはごめんだ!部屋くらい綺麗にしておけ!」
ドスン!と座り込んで言うアーサー。
「そうは言うが男所帯やとなかなかなぁ…」
「自分で無理なら嫁もらえ!嫁を!!」
「そんな簡単に嫁とかなぁ…」
アーサーの言葉にため息をつくアントーニョ。
「あ、嫁のきてもないのか」
さらにトドメをさすアーサーにはぁ~っと肩を落とした。

「な~んで、そう身も蓋もないこと言うん?自分」
なさけな~い声をあげるアントーニョをスルーしてアーサーは続ける。
「そういえばこの館嫁いる奴いないよな。みんな一人身なのか?」
思い起こせば…この館にきて3ヶ月ほどになるが、リヒテン以外の女の姿を見たことがない。

「嫁さんおったら、戦以外の時までむさい顔みて暮らそうと思わんやろ。
嫁持ちは普段は郷里の自宅に住んでて戦の時だけかけつけるんや。
今回の戦でもいたやろ。普段邸内でみかけん顔がいっぱい。」
ああ、なるほど。とアーサーは納得する。

「女友達やったら、おる奴もおるなぁ…フェリちゃんとか…」
「へ~。」
確かにむさい館の面々の中にあって、可愛らしい人好きのする優しい感じの顔立ちである。

「まあ…たいていはおなごはんに縁が無いやつばっかりやけどな」
だろうなぁ、とアーサーはうなづく。
「ふ~ん、でも、トーニョと違ってギルベルトとかは良い男なのにな。」
と目の前のアントーニョをじ~っと見る。
「ギルちゃんは好んで一人身派やから。オレかてその気になれば作れるんやで?……その気にならへんだけで…」
「ああ、そうか。一生その気にならないだけだよなっ。」
と、主を主とも思っていないような容赦のない言葉を浴びせかけるアーサー。
反論すれば10倍になって返ってくるのがわかっているので、アントーニョはその言葉をスルーする。

そのかわりに、
「お前も大人になっても好んで一人身やってそうやな。」
と、逆にアーサーに話題を振った。

「ん~…でもないな。」
アーサーはそれをあっさりと否定する。
「もしギルがあのままもらわないならリヒテンを嫁にするから」
とさらに続けた。

(あ~、あっこは仲ええもんなぁ…)と二人なら似合いだろうなぁと納得する。
今でも並んでいると一対の雛人形のようだ。

「リヒちゃんと言えば一緒やなかったん?」
確か並んで帰っていったような…と思ってきくと、アーサーは即答
「ギルベルトのとこに食事持って行かせた。」
「なるほど。そうか」
納得するアントーニョ。

初陣から帰ったばかりの身で己の事よりギルベルトの、そして自分の事を気遣っていたのか…
きつい表情、きつい言葉とは裏腹に、アーサーはすごく心根が優しい、とアントーニョは思う。
そして…芯がとても強い。

「自分、本当にギルちゃんに似とるなぁ。」
しみじみと口にする。
「俺はあんなに強くはない」
アントーニョの言葉に伏目がちにつぶやくその表情もどこかギルベルトを思わせた。
そういえばフェリが二人はやたらと行動性が似ていると言っていた。

アーサーはアントーニョの部屋ですっかり寛いで、アントーニョ自身は持っているだけでほとんど目を通すことのなかった兵法書などを勝手に引っ張り出して読みふけっている。
戦から帰ってまたすぐ戦のための書を読むか…知識への貪欲さも、またギルベルトに似ているなぁと、アントーニョはその邪魔をしないようにそっと酒を片手に寝転んだ。

「アントーニョ兄ちゃん、宴の支度が整いました。」

お互いにお互いを気にすることなく、だが同じ空間でそれぞれ好きかってに過しているうち、夕刻になっていたようだ。
フェリの呼ぶ声でアントーニョは徳利から、アーサーは書から目を離した。

「あ、アーサーもこちらだったんだね~。アーサーも来てね。
オレこれからギルベルトに声かけてくるからっ。」
忙しそうなフェリに、アーサーは声をかける。

「ああ、いい。俺が呼びにいく。リヒテンもあっちに行ってると思うし。」
どうやらフェリもやることが山積みらしい。
「あ、お願いして良い?助かるよっ」
と、ほっとしたように走っていった。

「フェリはいつも忙しそうだな~。」
その後ろ姿を見送って言うアーサーに、
「あ~、そうやなぁ。元々マメな子やから、言わんでもなんでも自分でやろうとするなぁ」
と、隣でアントーニョがうなづいた。

大儀そうに起き上がって、直接母屋に向かおうとするアントーニョの服の袖をグイっとつかんで、アーサーは
「ついでだしトーニョも来い!」
と引っ張っていく。
「やれやれ…」
ため息をつきながらも引っ張っていかれるアントーニョ。

「ギルベルト~、リヒテンもいるか?!」

アーサーはつくづく玄関から入るという習慣を持たないらしい。
勝手に庭に入り、西日の差し込む縁側にドカっとあがる。

「あ…」

そこで小さく声を上げて足を止めるアーサーを不審に思って、庭にいた
アントーニョは歩を進め、バルコニーの前までくると部屋の中を覗き込んだ。

「どうした?」

というアントーニョに、シッ…と人差し指を口にあてて小声で言うリヒテン。
そこにはちんまりと座ったリヒテンの膝に頭をのせて熟睡しているらしきギルベルトの姿が…

「堪忍!」

何故か緊張して後ろを向くアントーニョ。
「大層お疲れの様子ですので、もう少しこのまま休ませて差し上げて下さいませ。」
やはり小声でいうリヒテン。
「わかった。遅れるという事を伝えておく。」
アーサーはやはり小声で答えて、庭に出る。

「トーニョ、何をしている!行くぞ!」
アーサーに声をかけられて、硬直していたアントーニョはヒョコヒョコその後を追っていった。

「やはりかなり疲労がたまってたんだな…」
夕焼けに染まる邸内を母屋に向かいつつつぶやくアーサー。
「トーニョ?どうした?」
ふと返事のないアントーニョを振り返る。
そこでアントーニョはようやく詰めていた息を吐き出した。
「ギルちゃんが寝ている顔を初めて見たわ」
「そうなのか?」
アントーニョの言葉にアーサーはちょっと興味を持って聞き返す。
「ああ。奴はいつでも起きていて鍛錬なり書を読むなり策を練るなり何かをしているんや。」
「過労死しそうだな…」
とアーサーは自分もそう思われているなどとは思いもせず、あきれた声をあげる。

「しかしリヒちゃんの膝枕とはうらやましい」
アーサーの驚きをよそに、アントーニョは別な観点から物を言っている。
「お前がやったらセクハラだな…」
アーサーは一応お約束のツッコミをいれる。
「あ~さ~ぁ~~」
そしてアントーニョもまた、お約束のように、その鋭いツッコミにいつものなさけな~い声をあげるのだった。

母屋につくともうみんな集まって、アントーニョがくるのを今か今かと待ち構えていた。
そしてアントーニョが座につくと宴会が始まる。

館のほとんどが参加しての宴会は、この館に初めて来た日以来2度目だ。
アーサーは前回と同じくアントーニョの隣に陣取っている。

しかし今回は前回とは少し違った。
周りの男達がこぞってアーサーに酒を酌みにくるのだ。

仲間…というより完全に上に立つ者として認められたらしい。身分ではない。
強さが上下のパラメータな漢の集まりなのだ。

「いや~…初陣とは思えぬ所作、感服いたしました。」
口々に褒め称える。

「うむうむ…たいてい初陣の若造は功をあせって前に出すぎて傷を負ったり、逆に気後れして逃げ腰になったりするものでござるが…」

「ちなみに、オレは後者だったよ。」
と、アーサーの隣に控えたフェリが苦笑する。

「今でも怖いんだ、実は。でも今回はなんというか…すごい安心感だった。
アーサーの指示に従っていれば間違いないって感じで。
アーサーってギルベルトに似てるんだよね。場に流されないというか…。
戦闘中何度もそこにギルベルトがいるような錯覚に陥っちゃったよ。オレ」

「おお、それはオレもだ。」
とみんな口をそろえて言う。

当たり前だ、と杯を傾けつつ心の中でつぶやくアーサー。

ギルベルトならこういう時どうするか…それだけをひたすら考えて行動していたのだ。
人の苦労も知らないで…とアントーニョを含めて無邪気にはしゃぐ面々を見て思うが、逆にこのむさい大男達が妙に可愛く思えてもくる自分がいる。
自分が守ってやらないと…いつのまにかこの雅さのかけらもない面々に愛着のようなものがフツフツとわいてくる自分に少し驚いた。
こういう気持ちがあの重責に耐える力を与えるのかもしれない。

「仕方ねえだろ。ギルベルトがいくら完璧な策を練ったところで、肝心のトーニョが考えなしに特攻していくのだからたまったもんじゃない。フォローでもいれてやらないと、流れ矢が当たって大将がくたばったらなんの意味もないだろうが。」
あの日のギルベルトの言葉を口にすると『ギルベルト殿だ~!!』と、一斉に場がわく。
「アーサーにまでギルちゃんと同じ事を言われるとは…」
アントーニョのお約束のなさけな~い口調に、ワっと笑いが起こった。

宴もたけなわ。夜も更けて、半数以上は酔いつぶれている。

「そろそろ0時まわっちゃうね。」
相変わらずマメマメしく動き回っているフェリが柱時計に目をやって口を開いた。
「ギルベルト達来ないけど、食事、離れに運んだ方が良いのかな?」
確かに遅い。よほど熟睡してるんだろうか…

「様子見に行ってくる。」
とアーサーは立ち上がった。ふと隣のアントーニョに目をやる。
明日は確か戦勝報告にローマの城を訪ねるはずだが…飲みすぎか。

「トーニョも来い!少し歩いて酔いをさませ、明日はローマの城に行くんだろう!」
腕をグイっと引っ張って無理やり立たせる。そのまま腕をつかんで母屋を出た。

空には綺麗な月が浮かび、秋も間近な涼しい夜風が気持ち良い。

「秋風に…という風情だな」
少し酒が入って気分よく口ずさむアーサーに、アントーニョは不思議そうに聞く。

「なんや?それ」
「和歌。知らねえのか?」
「雅には縁がないんや。だから大殿が自分を遣わしてくださったんやん」
「ああ、そういえばそうだったな。」
アントーニョの言葉に今更ながら思い出した。
当初の主旨をすっかり忘れていた。

「まあ…いいんじゃないか?和歌なぞ知らんでも戦するには困らん」
アーサーは途中にある垣根にヒョイっと飛び乗った。そのまま絶妙のバランスで細い垣根の上を歩き続ける。

「牛若丸みたいやな」
アントーニョはその様子を見て笑った。

「俺が牛若ならトーニョはさながら弁慶か?」
クルっと器用に身を反転させて、アーサーも子供のような笑顔を見せる。
戦場での厳しいまなざしが嘘のようだ。

身なりこそ若武者のようだが、当たり前に和歌を口にし、ふとした瞬間に優雅な仕草を見せる。剣が強くてまっすぐで…

「悲劇の主人公にはならんといてや」
純粋すぎるがゆえに利用され、最後は実兄に攻められ命を落とした悲劇の戦の天才にその姿を重ね合わせてアントーニョは言う。

「おたがいになぁ」
おやじの感慨をアーサーはアハハと笑い飛ばした。





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