アーサー初陣 - 出立の時
カリエド軍に来て1カ月の時が流れようと言う頃
「アーサー様…お気をつけて。アントーニョさんを守ってあげてくださいね…。」
晴天。
いよいよ待ちに待った初陣だった。
前日からわくわくして眠れず、それでも張り切って鎧をつけたアーサーを迎えたのはリヒテンだった。
「アントーニョさんも…良い子にしてちゃんとアーサー様のおっしゃる事聞いて下さいね。」
真面目な顔でそういうリヒテン。
(それ逆やし…)
と思いながらも、生来しっかり者なのか、家の諸々をしっかり仕切り始めたリヒテンに、アントーニョは、はい、はい、と神妙に返事をする。
大将からしてこの扱いだ。
他の屈強の男達も今では忠犬のように姫に飼いならされている。
「リヒテン様、いってきやす。」
大将のアントーニョを先頭に次々にリヒテンに頭を下げて、門をくぐっていく。
「アーサー様お怪我をなさらないで下さいね…これ…お守りです」
アーサーの手にそっと手に小さな守り袋が握らされる。
(やっぱり戦ではこういう出発前のシチュエーションも大切だよなぁ)
「ありがとう、リヒテンも留守、きをつけろよ」
一応真剣な顔をしつつも、内心はご機嫌なアーサー。
リヒテンの手を両手で握り締め、すこし雰囲気に浸ったりしている。
(ん?)
その懐に見慣れない物をみとめて、リヒテンの顔に目をやる。
「あ…これですか?」
リヒテンは懐からすっと絹布に包まれた小刀を出す。
「ギルベルト様からの賜り物です…何かあった時にはこれで身を守るように、と…」
通常は男が戦に出るという事は、残された城は手薄になる。
留守居も危険がないわけではない。
まあ…今回はここから30分ほどの場所にローマがどっかりとのさばっている状態だ。
何かある、という事もないはずではあるが。
(さすがギルベルト。やることに卒がないなぁ)
自分も何かやればよかった!と、まだまだノンキな子供のアーサーだ。
「では行ってくる!」
しばらくリヒテンとの別れを惜しんだあと、アーサーはヒラっと馬に飛び乗った。
そのまま軍団を追い越し、先頭のアントーニョとギルベルトに並ぶ。
「遅れて軍紀を乱すな。」
即、ギルベルトから叱責が飛ぶ。
「すまん。リヒテンに別れを言っていた」
いつもにもまして厳しいギルベルトの声にアーサーは首をすくめた。
「ギルベルトは言わなくて良かったのか?」
そういえば、全くリヒテンと言葉を交わしてる様子もなかったなと思い、アーサーが言うと
「言うべき事は昨日言った。出る直前にグダグダやっていると規律が乱れる」
とにべもない。
これは…かなり怒っているのか…少し不安になる。
「小刀もその時やったのか。さすがギルベルト。卒がないな」
空気を変えようと言ったのだが、空気がさらにさ~っと冷たくなってぎょっとする。
「馬鹿か?お前は…。あれがどういう物か知ってて言ってるのか?」
「あ…え~と・・・留守中に身を守る・・・」
「太刀構えた奴相手に小刀で身を守れるものか」
ギルベルトはしどろもどろになるアーサーの言葉をピシっとさえぎった。
声音の冷たさに言葉を失うアーサー。
「あれは、万が一そういう状況になった時に自分の命は自分でケリをつけろという意味のものだ」
「え?」
ギルベルトの言葉にアーサーは氷ついた。
この男はリヒテンに自害用の刀を渡してきたというのか…
「敵軍に捕まった女は死んだ方がマシな扱いを受ける。
戦場で離れる男はそういう時に殺してやる事もできねえ。
だからそういう物を用意しておいてやるもんだ。
戦は遊びじゃない。物見遊山のつもりならいますぐ帰れ!」
アーサーに一瞥もくれずギルベルトは言った。
その横顔は無表情にまっすぐ前を見据えている。
「ごめん…」
はしゃいでいた自分が恥ずかしくなった。
「アーサー…」
一気にしょぼんと肩を落としたアーサーの馬の手綱を自分の方に引き寄せて、アントーニョが少し速度を落とす。
そしてギルベルトから距離を取った。
アーサーとアントーニョを残してギルベルトは先頭を切っていく。
「ギルちゃんも新人入るときはいつもにもましてピリピリするから気にせんとき。
自分が決めた配属で死なせたないんよ。やっぱり。
特に若い者の初陣は緊張しすぎや逆に緊張不足で予想外の事故も多いしな」
アーサーを引き寄せて頭をポンポンと叩く。
「いや…今回は俺が悪い…」
大人のつもりが子供のようにはしゃいでギルベルトを怒らせ、さらにアントーニョに子供のようになぐさめられるのは惨めだった。
しかしその惨めさ以上に、意味もわからずリヒテンに対するギルベルトの配慮を卒がないなどと称した自分の無神経さが恥ずかしかった。
可哀相なくらい肩を落として落ち込んでいるアーサーを見て、
(ギルちゃんもあそこまで言わんでも…どれだけ落ち込むかわかるくせに)
とアントーニョは一人心の中でつぶやく。
自分の間違いに気づいた時、アーサーはそれを誤魔化さない。
悪いと認め、自分で自分を責める真面目な性格である事をアントーニョは今まで行動を共にする中で感じていた。
未熟さにおいても、気づいた瞬間にひたすら努力して努力して努力する。
そのある種まっすぐすぎる生真面目さ、それは同時に旧友ギルベルトの性格でもある。
アントーニョは自分はいい加減な人間だと思う。
酒が好きで人も好きで女も好きで…体がなまらない程度に鍛錬して、特に困らない程度の事なら、なあなあですます事もままある。
でもそれで充分困らず楽しく暮らしていけるのだ。
自分のそういう部分が自分の周りにもそれほど負担になっているとも思わない。
ギルベルトやアーサーが何故そこまで自分で自分を追い詰めるのか、アントーニョには理解できなかった。
だが、そういう自分にはない生真面目さには敬意も好意も感じている。
いい加減な自分だから、いい加減に見限る人間が出てきてもしかたがない…
常にそんな割り切りがアントーニョにはあったが、そんな自分でもギルベルトだけは最後の最後まで裏切らない。
そういう確信もあった。
そしてその盟友にどこか似たアーサーだからこそ、特に目をかけてしまっているのを自分でも薄々感じている。
ギルベルトは自分よりもはるかに賢く強い男だ。
自分の手など必要とはしていないだろうと思うと同時に、その友にどこか似たこの子供には一人で全て抱え込まないでも良いのだと、何かあれば手助けしてやりたいと思っているのだという事を教えてやりたかった。
「まあなぁ…オレのようにいい加減な大人に色々言われたないやろうからこれ以上は言わへんけど…あまりに気が沈むようなら野営の時に酒でも持って俺んとこおいで。
晩酌のつきあいくらいはしてやるわ。」
まだ若いのに他人に頼る習慣をあまり持たぬように見えるアーサーの事だ。
頼れと言っても素直に頼らないだろう。
せめて気晴らしでも…と思いアントーニョはアーサーに耳打ちする。
すると
「戦の前だと言うのに、お前は馬鹿か?!少しは自重しろ!大人のくせに!」
アーサーに即叱られた。
(やれやれ…せやけど、なんとか調子が戻ってきたな)
と、密かにほっとするアントーニョ。
「…変に気を使わせた。…悪い…」
その時、普段の元気な声からは想像もできないような、小さな小さな声でボソボソっとアーサーがつぶやいた。
「へ?今なんて?」
あまりの意外な言葉にポカ~ンとするアントーニョ。
「言えるかっ!馬鹿やろう!!」
いきなりアントーニョの馬の横腹を蹴っ飛ばし、自分はさっさと前へ走っていくアーサー。
「意地っ張りめ!」
バランスを崩して落ちかけるのを、なんとか体制を立て直し、アントーニョは軽く笑ってその後ろ姿を追いかけた。
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