俺たちに明日は…ある?!弐の巻_6

アーサー初陣 - 天才と呼ばれる男


戦場まではあと数時間。
夜も更けたので敵に接近する前に野営をする。

戦闘に備えて休まねば、と思うものの、緊張で眠れない。
しばらく寝床でゴロゴロしていたが、やがて諦めてギルベルトは身を起こした。

(アーサーには…言いすぎたな…)
単なる物知らずな子供相手にあそこまで辛らつに言う必要はなかったのだ。
この事が戦闘に響かねば良いが…などとまた胃が痛むような事をわざわざ考える。

今回の戦はこのところ続いていたつつきあいではなく、久々の陣取り合戦だった。
それはすなわち、ローマがしばらく休止していた領土の拡大を再開したという事であり、これからはかなり本気の真剣勝負が続く。
恐らくカリエド軍も近いうちに本拠を京から前線の城に移す事になるだろう。

つまり、これはこれから始まる本格的な戦への前哨戦のようなものということだ。
アーサーはまだその重さに気づいていない。
単純に連戦連勝の軍で剣をふるう事を楽しみにしているのだ。

確かに今回は後ろにローマが控えている。
万が一負け戦であっても、せいぜい自分やアントーニョが降格される程度の事だろう。
しかし万が一、が、取り返しのつかない事になるような戦が始まるのも遠い事ではないのだ。
アーサーは小刀の事でかなり衝撃をうけていたようだが、この先そういう自体が起こる事も充分ありうるのだ。

そうなった時に…自分は平静でいられるのだろうか…

キリ…と胃がまた痛む。
(しっかりしろ!)
ギルベルトは自分を叱咤する。
強く…冷静に。余計な事を考えるな…。
痛む胃のため丸くなりかける背を伸ばし、禅を組む。
息を整え、無心を保とうと静かに目を閉じた時、後方でガサっと音がした。

「アーサー…か」
他の者にしては影が細い上に立ち振る舞いが静かだ。振り向かないでもすぐわかった。

「ギルベルト、起きているなら少し…いいか?」
「ああ。」
アーサーにしては珍しく弱気な声音に、ギルベルトは禅を組んだまま答える。
ギルベルトの穏やかな声音に、アーサーがほっと緊張を解く気配がする。

「さっきは言い過ぎた。悪かったな。お前が色々な事を知らないのは当たり前だ。
叱責する前に普通に説明すべきだった。
オレも…久々の陣取りで少し気が回らなくなっていたらしい。…修行が足りねえな。」

しばしの沈黙の後、口を開いたのはギルベルトの方だった。
「い、いや!あれは全部俺が悪い!命のやりとりをする場で無知は罪だ!
もっと色々前もって学んでおくべきだった!」
あわてて否定するアーサー。

半分八つ当たりだったと思う。
たぶんアントーニョも言いすぎだと思っていただろう。
説明もなしに叱責されて、まず自分の無知を恥じるアーサーを見て
(生真面目なやつだな…)
と、ギルベルトは自分の事は棚に上げて思う。

アーサーはギルベルトと同じくカリエド軍においては異質な人間なのだ。
アントーニョと同様、ギルベルトもまた、それを感じていた。

「お前はいつかオレに何かあった時、オレの位置に立つ人間になるんだろう」
ただの宮中でのんびり過していた貴族の子供ではない。
アーサーの知識や太刀筋は、世の中をよく見知った者、おそらくローマ自身が手塩にかけたものだろう、とギルベルトは気づいていた。
そしてローマはこれから始まる長い日の国征伐において、そういう日がくる可能性もあるだろうと見越して、アーサーを寄越したのではないか、とギルベルトは思う。

「本気で目を凝らせば、お前にはオレに見える物が全て見えるはずだ。
オレも自分にわかる事はお前もわかっているはずだと錯覚を起こして、ついつい説明不足になるんだが…」
ギルベルトの思いもしなかった言葉に、アーサーはその場に立ち竦む。

「これから言う事をよくきけ、アーサー。
オレ達はカリエド軍の中では異質な存在だ。代わりはいない。
だからこそ…他の者よりも特に生きる時死ぬ時をわきまえなくちゃならねえ。」
ギルベルトはそこで、長くなる、まあ座れ、とアーサーにうながす。
アーサーは無言でうなづいて、その場に正座した。

「陣取り合戦のような真剣勝負では、死人を出さずにすむのは皆無と言っていい。
今回の戦はその前哨戦のようなもんだが、それでも全員無事にとはいかねえだろう。
誰が死んで誰が生きるか…それは個人の資質よりはどの位置でどういう役割を与えられたかによる所が大きい。

オレ達は自分をも含めてその全員の生死を決める事になる。
死に近い場所、死に遠い場所…オレは常に自分をその中間に置く事にしている。
そして…オレの位置まで敗北が迫ってきた時が退き時だ。
全滅近くなってからでは撤退はできねえ。

間違うな。
短期戦と違い長期的な目的がある戦では敗北が見えたら大将を無事撤退させ、再起にかけるのがオレ達の最も重要な仕事だ。
残りの軍と知識の限りをそれに費やすんだ。

軍師が死ぬとしたらそれは戦に勝つためじゃねえ。大将を逃がすためだ。
可能な限り生きて敵を食い止める策を練り、必要なら自分をもその道具に使え。
オレがいるうちはそれはオレの仕事だが…オレが死んだら次の戦からはそれはお前の仕事だ。
一番大事なのは撤退の時期だ。それをとにかく肝に命じろ。時期を見失うな」
ギルベルトから教えを受けるのは初めてだ。
アーサーは一言一句聞き逃すまいと息を詰めて聞き入る。

「今回お前が立つ位置は、大将の護衛。死から2番目に遠い場所だ。
ただし何より重要で忍耐が必要で…一番つらい場所だ。
お前の一番の仕事は、大将に危険が迫った時、何を捨てても血路を切り開き、大将を無事安全な場所に運ぶことだ。
そのためにはあえて味方の屍を踏みつけていく事も厭うな。
トーニョにもたぶん恨まれるだろうが、騙してでもぶちのめしてでも安全な場所に逃がせ。
余計なものを見るな。目的以外の事を考えるな。気を強く持て。」
アーサーは無言でうなづく。

「そして…いざ敗戦、撤退となったら、常に大将につきそい、二人きりになったら少しでも多くの敵を少しでも長く自分にひきつけろ。
お前のその剣筋を見る能力はきっとその時にこそ大きな力になる。
そして…酷なことをいうようだが…」
と不意にギルベルトがその秀麗な顔をしかめた。

「腕の一本、足の一本なくなろうと、血反吐を吐こうと、絶対に大将をおいて死ぬな。
命の限り大将が撤退する手助けをするんだ。」
そこでギルベルトは息を吐いて座禅をといた。

「まあ…こんな外道な事も考えねばなんねえ輩だ、軍師なんてのは…」
アーサーの方に体をむけ、自嘲まじりにつぶやく。

戦の重さ、凄惨さをギルベルトの話から感じ取りながらも、アーサーはそんな重責を常に背負いながら、毅然としているギルベルトはすごい、と思った。
自分はそこまで情に流されずに色々決断できるのだろうか…

「あ、あと二つ言い忘れてたか…」
そんな事を考えていると、ギルベルトが再び口を開いた。
「もし自分が軍師の位置に立ったなら、不安を表に出すなよ。
策をたてた本人すら不安になる策なんざ、誰も怖くて実行できねえからな。
やせ我慢でも良いから自信満々に進言して、実行する段階で思い切り苦しんでおけ。」
ギルベルトの言い草に思わずアーサーは笑った。

「天才と言われる連戦連勝の男でも策に自信がない時なんてあるのか?」
アーサーの問いに、ギルベルトは
「何を言ってんだ。」
と肩をすくめる。
「いくら後ろで控えておけと言っても、肝心の御旗の大将が先陣切って特攻するんだぞ?
策自体が完璧に練れてたとしても流れ矢でも当たって死んだら終わりだ。
戦の前は胃が痛んで眠れねえよ」
「なるほどっ」
さらに噴出すアーサー。

「まあ、あれだ。今回は俺がトーニョを守ってやる。大船に乗ったつもりでいろ」
請け負うアーサーに、ギルベルトは
「そう願いたいものだな。調子に乗って自分も夢中で特攻するなよ」
と軽く釘をさす。

「まあどちらにしても…策はあくまで机上での予測にすぎねえからな。
実際は大勢の人間が動く以上、色々予測のつかない事態も起こる。
不安は常に感じておいて間違いは無い。
自信満々で疑いを持たんでいると、いざ事故が起こった時に気持ちの準備が出来ずに対処が遅れる」
なるほど。

「あと、最後の一つだ」
ギルベルトは続けた。

「オレが死んでお前がカリエド軍の軍師になったら、早めに後継者を育てておけ。
保険がある、という気楽さもあるが…」
そこでいったん切って、少し表情を柔らかくする。
「本音や内情を話せる奴がいると、少し気が楽になる。今知った」

自分は少しはギルベルトの役にたっているのだろうか…
ギルベルトの言葉にアーサーの顔が少しほころぶ。

天才軍師と呼ばれる男。
みんなギルベルトがいれば勝利を疑わない。
本人もそうなのかと思えば、心中は不安、自嘲、悔恨、重圧、色々な感情がうずまいているらしい。

しかし、強い完璧な人間だと信じてた頃よりも、弱さを押し込め強くあろうとするそのギルベルトの姿勢に、アーサーは尊敬の念をさらに強くした。

「兵法などはどうせ一通りローマから教わっているのだろうから省いたが、軍師の心得と今現在のお前の立ち位置はやはり一応説明しておくべきだろうと思った。
長く引き止めて悪かったな。明日は本番だ。お前も早く休んでおけ」
そう言い置いて、ギルベルトも横になる。

「…眠れないんじゃないのか?」
自分を休ませるための方便か、と思ってアーサーが聞くと、背を向けて横になったギルベルトは
「いや、おかげで胃痛が治まったようだ」
と背をむけたまま答えた。

「そっか」
アーサーは足取り軽く立ち上がる。

「アーサー」
そのまま自分の陣に戻ろうとするアーサーにギルベルトが声をかけた。
「ん?」
アーサーが立ち止まって振り返る。

「わからねえ事があったら聞け。答えられる範囲で答えてやる」
と、ギルベルトは軽く手をふった。
「ああ、そうする!」
応えるアーサーの声は明るい。

(ローマ…戦は綺麗なものでも楽しいものでもなかったぞ)
アーサーは心の中で語りかける。

(でも…夢や志は素晴らしいものだ。それを間近で見てまた共有できる、それは素晴らしい経験だ)
アントーニョが好きだ。
ギルベルトも、フェリシアーノも他のカリエド軍の面々もみんな好きだ。

アーサーは思う。
願わくば…少しでも長くこの素晴らしい男達と夢を共有できますように…少しでも長く…
床の中でそんな事を考えながら、いつのまにか意識を手放すアーサー。
静かなその寝息を包み込みながら夜はふけていった。



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